海岸戦の砦に鳴く春。
見上げれば、まだ星が煌めく夜の空に東から朝の薄明かりが滲む午前五時。
朝霧がゆっくり流れる誰もいない川沿いの道を、音楽を流して霞を切り裂く一台の自転車。
何を入れるかサイドバッグに夢を膨らませ、海を目指してペダルを回す。
闇夜の舞台を照らすスポットライトは幻想の演者を探し、向かう所に光が纏う。
海を見たい気持ちと夜の帳を抜けたい気持ちがペダルの回転を速くする。
まだ届く筈の無い潮の香りに想いを馳せて、鼻から勢い良く吸い込んでみた空気には道草の青臭い茂みが混じり、これじゃないぞと吐き出した。
これは海への道中にある、危険を探る為の探知行動である。
夜明け前の侵攻には、闇夜の空軍から奇襲攻撃される事を忘れてはいけない。
昼間なら避けられた五月蝿い羽虫共も、夜のライトは唐突に現れた火の如くに虫けら共を引き寄せる。
飛んで目に入る痛い虫。
夜はスナイパー同様に黄色いサングラスで目をカバー。
吸い込む空気にも羽虫が混じる。
肺に向かえば咳き込み咽るが、口に残れば吐き出すも、少し残るは蛋白源。
気持ち悪ければボトルでうがい。
水分補給に勿体ないから少しの水でサバイバル。
時に大物現れ、鼻の穴に黄金が入り、鋭利な角で腹に飛び込む特攻隊の兜に鍬の人気者。
しかし、真の闇の帝王はそんな人気者の姿を真似てやってくる。
同じ様な羽の広げ方で飛んで来る闇の帝王は、腹黒く雌の風貌で柔らかに舞っている。
大抵は恰も論者が撒いた餌や生ゴミや犬糞を餌場にしていて、川沿いに現れる時は決まってコンポスト家や工場が近くにある。
実に怖ろしいのはソレと気付いた後の残された距離だ。
反射的に何でも避けるのが正解と研ぎ澄まされて行く反射神経だが、ほぼゼロ距離からの回避行動は自分でもどう避けているのか良く解らない程の習得感。
恐らくは闇の帝王側も避けているのだろう。
それ程までに私は鍛えたのだ。
しかし、闇の帝王と肩を並べる昼夜の飛行隊はデカイ羽音を立ててやって来る。
コイツは根っからの戦闘ヘリだUH−1Jさながらにちょっとやそっとじゃ追い払えない。
覚悟を決めたらペダルを漕いで急速進行。
「ぬぉおおおおっ!」
明け方の叫び声が歓喜となるには被害確認が必須条件である。
戦闘ヘリがサイレントモードで腹や背に張り付き隠れ忍んでいるやも知れぬ恐ろしさ故。
そう、油断をすれば犬の糞。
敵は上だけに非ず、下にも居る。
下は殆どが動かぬ爆弾の地雷源だ。
しかし、時にその敵将の作戦に対し、無情さと非常識を感じてならない。
何と卑劣で愚劣な無法地帯が存在するのかと、叫びを上げる。
「いぃぃぃやあああああだぁぁぁぁ……」
明け方の叫び声は悲鳴から嗚咽に変わる。
夜の空が朝の空に東から攻め立てられて勝ち星を下げれば、闇の空軍達の奇襲攻撃は終わりを告げる。
残っているのは地雷だけ。
そんな甘い考えでは辿り着けないのが早朝の川岸侵攻だ。
それは、地雷を埋めずに爆弾を投下している御犬様信仰の傭兵達が右往左往と縦横無尽に走り回る見廻組の時間である。
訓練された犬が勝鬨を掲げ、此処を我が領土とする。とばかりに放水始め。
我が訓練された君主たる御犬様の為にと重ねて謎の散水で更に領土を拡げる様は、さながらひれ伏す民衆への乱射の如くに虐殺の様相を呈している。
訓練犬を携えた傭兵からの難を逃れると、陽も出ぬ内から家から出て来た老兵が大量に現れる。
策に秀でた老兵は朝日の反射も巧みに使い一筋縄では通れない。
あっちにこっちにと進路を塞ぎジグザグ作戦で敵兵からの挨拶とばかりにコチラを向いて後進していた。
中には魔法を習得したのか杖を使い突然上から振りかぶり耳スレスレにあくびに惚ける。
次なる相手はと市街地に入れば学徒出陣。
未熟さ故か、老兵とは異なる拙攻か、ジグザグ作戦も揃わず大群で勝手気ままに攻めて来る。
市街戦は危険と進路を変え、一旦戦地を離脱し補給地を探す。
公園の蛇口で顔を目を口をと濯ぎ、迷彩柄に成らぬ様に紫外線対策を行じた後は、ベンチでサイドバッグからレーションとも思しきカレーパンを取り出し口にすると、辛さで身体に熱が戻り一気に緊張から開放された。
周囲を警戒し見廻すと季節の物か地の物か、見慣れぬ景色に心が弾む。
想いを馳せる潮の香りを確認しようと、鼻から勢い良く吸い込んでみるが鼻が鈍る。
季節の花粉と道中の攻撃に戦地で舞った砂埃で鼻の中がもどかしい。
周りを気にして人の居ぬ間に勢い良く鼻から息を吹き出すと、次の瞬間、潮の香りが鼻孔を突いた。
まだ目に届かない海への招待状に心が踊り、身体を反らし伸ばし休みも程々にサドルに跨がっていた。
唐突に町に訪れた静けさに長閑な風景が広がる川沿いの一本道に戻り、ペダルを回していると潮風が身体に纏わりついてくる。
もう見えても良いのに見えない海は、この道が海岸に真っ直ぐ向かっているのか町は広がる地平線。
店が呼び込む町を抜けると、海がゴールと叫ぶ様に波の音が道中の疲れをかき消した。
サイドバッグから取り出した最後のレーションあんパンを持ち、砂浜で一口食べるとスグに消えた。
「噓、でしょ……こんなのって」
上空からの偵察でコチラの侵攻作戦の情報を得ていたのかもしれない。
海岸にはとんでもない空艇団がまっていた。
地元の特産品以外にも、帰還する為この町での補給を余儀なくされサイドバッグに詰めていく。
この海岸に辿り着いた他の猛者共も罠に気付かず攻撃を受け、逃げ惑う者と呆然とし立ち尽くしている者。
それは、後に追随する者の為に世に伝えるべき負け戦……
しかし、海岸戦でスナイパーの如くに幾人達からのハントを愉しむ空挺団の姿に、私はある事に気が付いた。
きっとアレは町ぐるみで組織化し、良く訓練された鳶という職なのだと。
――PIIIIIHYORORORORO――