混乱
いったい、何度それを繰り返したのか。割っては目が覚めて、それが夢だと気付かされた。途中からはほぼ恐慌状態で、目が覚めてはアロマライトを引っ掴み、力任せに、床に向かって叩きつけた。そして―――――ついに割っても、目が覚めなくなった。やっと現実に帰ってこれた、と安堵したのを覚えている。だがそれは、つかの間の安息だった。
結論から言おう。私の考えは甘かった。
久しぶりに、はっきりと現実だと分かる日常を過ごした。いつもの日常が、あんなにも楽しく感じられたのは―――――いつ以来だろうか。そんなことをつらつらと考えながら、その日は眠りについた。そして。
朝起きて、ご飯に味噌汁の朝食を食べ、学校へ行ったかと思えば、自分の部屋の勉強机に座って宿題をしていて、かと思っていたら、教室で退屈な授業を受けている、と思った瞬間、いつもの通学路を、学校へ向かって歩いていると認識して、あたりを見回すと、いつの間にか家族全員で夕食を囲っていて、そのはずなのに、放課後にエンと話していて、気付けば授業を受けていた。
何の脈絡も、つながりもなく、フィルムをめちゃくちゃな順番につなぎ合わせたような。アロマライトを壊したことで、その効果にも綻びが生じたのだということが、容易に想像できる。以前より、一層渾沌とした状態。
「はぁ……」
夢なのか、現実なのかはともかくとして、今は昼休み。どうすればこの状況から抜け出せるか思案し、しかし、何の方策も浮かばない。机にうつぶせて溜息をついた。前の席では、何時かと同じよう、にエンが本を読んでいる。
「また、退屈……ではないか」
ちら、と一瞥しただけで悟ったらしい。本に視線を戻して、夢見でも悪いのか、と聞いてくる。……正解だ。緩慢な動作で頷くと、本を閉じて、改めて私に向きなおった。
「アロマライトの効果ね。大方、非日常を望んだんでしょう?」
がば、と体を起こし、エンの顔を見つめる。エンがアロマライトのことを知っている、ということは、今は……。
「あのアロマライトは、使いさえしなければ長くても一週間ぐらいで効果は切れるらしいから」
「……そうなの?」
ではアロマライトを壊した今、この現象は一時的なもので、そのうち収まるのだろうか。
「ただ、アロマライトを壊すと暴走して、何時まで経っても中途半端に効果が続くみたいね」
だから早まって壊さないように。と言われて絶句した。では。私のしたことは。
「……まさか壊した?」
私の反応を不審に思ったのか、そう尋ねてきたエンに、頷くこともせず、すがるように視線を向けた。彼女にはそれで充分だったらしい。眉根が寄せられ、しばし沈黙する。少し考え込んでいるらしい。
「もう一度店に行くしかないか。あまり何度も行くべきではないけど」
やがてそう呟かれた言葉を、最後まで聞かずに、私は教室を飛び出した。後ろからエンの声で「章!」と呼ばれたが、振り返ることさえしなかった。
数時間後、以前もらったメモを手に、私は駅前に立った。同じようにしてこの場所に立ったのが、ずいぶん昔のような気がする。その時のことを思い返しながら、私は歩き始めた。まずは県道へ出なければならない。