夢と現
「眠い……」
数日経った昼休み。いつかのように、机に突っ伏してつぶやく。あの日から、いつもと同じ日常を送る夢を見る。毎晩だ。一日過ごしてベッドに入れば、また同じように、夢の中で一日を過ごす。おかげでちっとも寝た気がしない。夢と現実の区別も怪しい。とりあえず、今は現実のはずだ。
「退屈、じゃないの?」
前の席で本を読んでいたエンが、本から顔を上げもせずに訊いてくる。そう言われるほど、私はいつも退屈と言っていただろうか。……言っていたな。一日に最低十回くらい。
「言ってられないくらい眠い」
そう言った直後に、欠伸が出た。
「その言ってられない、というのは退屈だけど、眠すぎて言う余裕がない、という意味? それとも眠気のおかげで、もう退屈ではない、という意味?」
……特に深く考えているわけでもなく、何気なく言った言葉を、ここまで深読みしてくるのはエンくらいのものだろう。出会ったばかりのころは、この性格にずいぶん戸惑ったものだが、今はだいぶ慣れた。
「……どっちかって言うと、前の方。退屈なのは変わんない」
答えながら、ふと疑問に思う。―――――エンと初めて会ったのは、何時、何処で、だったっけ?
「そう。眠気の原因は?」
そういいながら、本のページをめくるエン。はっきり言って、人の話を聞く態度ではないが、これは、話したくないことならば、無理に話さなくてもいい、という無言の合図だ。実際、ここで私が悩みでも話しだせば、彼女は真剣に聞いてくれるだろう。もっとも、今回は別に悩みなどではない。日常の夢を見続けるのは、確かに少し変だと思うが、寝た気がしないのと、夢と現実の区別をつけにくい、ということ以外に害はない。その区別にしても、今のところ付いているし、そのうち、この夢も見なくなるだろうと思っていた。だから。大したことはないと思ったし、別に構わないと思って、何気なく話した。
「大したことない。ただ毎日夢見るだけ」
「どんな?」
聞き流すかと思っていたのに、意外にも、ここでエンが本から顔をあげて、私を見たから少し焦った。真剣に話を聞く姿勢になっている。本当に、大した話ではないのに。
「あ、いや、大したことないよ、ほんと。ただ夢の中でも退屈な日常送ってるだけ」
大したことない、ということと、退屈、ということを、ことさら強調して言うと、それを信用したのか、再び視線を本に戻した。
「いつから?」
それでも話題は終わっていなかったらしい。いつもなら、このあたりで切り上げるはずなのに、珍しい、と思いながら、特に聞かれて困るようなことでもないので、答える。
「店に行った日から」
あの店を私に紹介したのはエンだし、あれから一週間もたっていないから、それで通じると思った。だが。
「店? 何の?」
そう訊き返された。だがその時点での私は、彼女の性格からして、いつものことだろうと思った。彼女が分かっていても訊くのは、より正確な意志疎通のため。暗に説明が足りない、と言っているだけだ。
「エンが紹介してくれたとこ」
いつもならば。この程度の捕捉で十分のはずだった。
「……私が? 何時?」
珍しくエンに表情が浮かぶ。眉根を寄せるのは、困惑のそれ。そこで、はじめて私はおかしいと思った。分かって訊いているなら、こんな顔はしない。
「何時って……。ほら、ついこの間の、休みの日のちょっと前に。……私が退屈、って言ってたら、メモ渡してくれて……」
ふと、小さな不安が芽生えた。何に対してかは分らない。あっという間に大きくなってこようとするそれから、目をそらそうと言葉を紡ぐ。しかし、それには明らかに綻んでいた。
「私の記憶にはないけど?」
頭から一気に血の気が引いた。エンは嘘や冗談を言わない。そして、記憶力が良い。少なくとも、私よりは。彼女が覚えていない、ということは、そんな事実はなかった、ということになる。しかし、私は確かに彼女から、あの店を紹介された。メモを渡され、注意事項を、彼女の口から聞いた。そして、今朝起きた時、あの店で購入したアロマライトは、確かにベッド横の、棚の上にあった。明らかな矛盾。ということは。
「夢でも見たんじゃない?」
……違う。今が夢だ。