日常
翌日。いつも通りに学校へ行き、退屈な授業の間の、休み時間。他愛もない話をしていると、店の話になった。
「“お店”どうだった?」
いつも通りの無表情で聞いてくるエン。よく考えれば、私は彼女の、無表情以外の顔を見たことがほとんどない。顔は整っているのだから、笑えばずっと奇麗になるだろうに、と思う。もっとも、いつも無表情だからといって、感情に乏しいというわけではない。むしろ、エンはこう見えて情に篤いことを、私は知っている。そうでなければ―――――……なんだったっけ? ふと思い浮かんだことは、はっきりと形になる前に消えてしまった。視界の端を横切っていったものが何だったのか、確かめようとして振り向いたら、すでにいなくなっていたような。……なんだろう。とんでもないことを忘れているような気がする。
「章?」
いつまでたっても黙ったままの私を、不審に思ったらしいエンに、顔の前で掌をひらひらとやられて、我に返った。
「あ、お店? 面白かったよ」
焦って答える。普通ならここで「どうかした?」と訊いてきそうなものだが、エンはただ「そう」と返してきただけだった。
「何を買ったの?」
「アロマライト」
今度は普通に答えたのだが、何故だろう。前にも同じような会話をしたような気がする。最近、本当にデジャ・ヴュが多い。あの店に行く時は、特に多かった。これまでは不思議に思うくらいのものだったが、ここまで多いと気になってくる。
「アロマライト……。蝶の?」
驚いてエンの顔を見る。私にあの店を紹介したのはエンだ。あの店にどんな商品があるのか、知っていてもおかしくはないが、アロマライトはあれの他にも有った。
「なんで知ってるの?」
「知ってるわけじゃない」
私の質問に、やはり無表情なまま、しれっと返してくるエン。
「じゃあさっきのは……。」
「推測。あの店に置いてあるアロマライトは、そんなに数がない。その中で、章の趣味嗜好、その他を考慮した結果」
淡々と語るエン。納得……したような、しないような。何故知ってるのか、と聞かれて、分かりはしたが、知っていたわけではないから、知らないと答えたのだろう。そうだった。彼女はこういう性格だ。訊き方を間違えるとこうなる。
「夢は見た?」
唐突な話題変換。彼女はとんでもないマイペースでもある。さっきまでの話題にこだわる理由もないので、私もその質問に答える。
「見るには見たけど、別に大したものじゃないよ。なんで?」
「そのアロマライト、買った時に何か聞いたでしょう?」
ああ、そういえば。確かに買ったときはあり得ると思ったが、昨日見たのは、夢にしては少し変だったが、普通と言えば、普通の夢だった。今は、ただのアロマライトだと思っている。
「使ってから寝ると、見たい夢が見れるってやつ? ただの言い伝えみたいなものじゃないの?」
実際、見たい夢は見れなかった。私が望んだ夢は、非日常。見た夢は、いつもの日常。
「……本当に大した夢じゃなかった?」
「うん」
事実だ。あっさりと頷いた私に対して、エンは少し考え込んでいたようだが、やがて納得したのか「そう」とだけ言って、店の話題は終わった。
それからは、本当になんということはない会話で。休み時間が終わって、再び授業。昼休み、私の退屈コールに呆れ果てたエンに、小言を言われた。家に帰り、風呂に入った後、宿題をしようとしたが、問題を見ただけでやる気を失い、翌朝エンに写させてもらうことにした。ベッドに寝転がって、ごろごろしながら漫画を読み、面倒だと思いつつも、家族全員で夕食をとる。早々と部屋に戻り、ぼーっとテレビを眺めて過ごす。そして昨日のうたた寝を教訓に、アロマライトをベッド横の棚に移動させ、ベッドにもぐりこんでからスイッチを入れた。そして昨日と同じく、眺めているうちに寝入ってしまった。