矛盾
これまでの経緯を店長さんに話すと、僅かに目を伏せて考え込んでしまった。しばらくして目を見開き、改めて私に向きなおった。―――――その時、一瞬目が金色に見えた気がしたのだが、なぜかそれにデジャ・ヴュを覚えた。
「アロマライト―――――『胡蝶の夢』は壊してしまったのですね?」
質問は確認。しかし同時に気になったのは。
「『胡蝶の夢』?」
「商品名のようなものです。現実と区別がつかないほど、精巧な夢を見せることから来ています」
では、最初に夢を見た時に思ったことは、似ているというよりも、まさしくその通りだったわけか。そう考えて、ふと違和感を覚えた。「胡蝶の夢」という故事を、私はどこで知ったのだろう。私はもともと本を読む方ではない。たまに読んでも、娯楽作品しか読まない。中国の故事など、読むはずはない。
「もっとも、いくら精巧でもあくまで夢。矛盾はどうしても生じますが」
考え込んでいる所に聞こえてきたこの言葉が、妙に気になった。
「……どんな矛盾ですか?」
「そうですね……。夢の中で、現実には知らない場所に行ったとき、これまでの経験や知識、記憶から、その場所を、無意識に作り上げてしまうことなどがありますね。他には……そうね、章さんは高校生?」
……夢の中の矛盾の例をあげるのに、何故私のことを聞くのだろう。疑問に思ったがとりあえず「はい」と答える。
「今何年生?」
ごく普通に答えようと口を開いて―――――しかし、そこから声は出なかった。―――――分らなかったからだ。
「……こんな矛盾です」
店長の声が遠い。まさか。まさか、まさかまさか。思い出せ、思い出せ、毎日学校に行っていたはずだ。朝起きて、朝食を食べて、学校へ行って、授業を受けていたはずだ。退屈だ退屈だと言いながらも、毎日過ごしていたはずだ。その教室は、何年の、何組の教室だった? 思い出せ。そうだ、田舎で、毎年毎年人口が減る一方で、私たちが入学した年から、それまで一学年五クラスあったのが、四クラスになった。そして、そう、一年の時は二組だった。二年の時に、理系と文系に分かれて、化学と数学がとにかく苦手だった私は、文系を選択して、三組になった。三年はほとんどがそのまま持ちあがりで、そのまま三組になった。ああそうだ、だから私は今三年のはずだ。はずなのに、一度再生の始まった記憶は止まらない。進路を決める時に、親と衝突した。私は田舎の退屈な暮らしに辟易していたから、少しでも遠くの、尚且つ大きい都市にある大学に行きたかった。しかし両親は、地元の大学に行かせたがった。結局、私は両親を説得することができず、地元の大学を受験したが、やる気のなかった私は、当然のごとく受験に失敗し、滑り止めのはずの大学も、ひとつ残らず落ちてしまった。翌年また受験するために、田舎で一年もくすぶるのが嫌だった私は、ある日父と大喧嘩をした挙句に―――――何故。何故高校生のはずの私に、こんな記憶があるのだろう。―――――いや、違う。夢だった。最初から。