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胡蝶の夢  作者: 木の枝
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再来店

 ……息が上がる。民家と民家の間の、細い路地。左右ともに、手入れの悪い生垣で、枝をかき分けなければ前へと進めない。すでに何度も通ったが、やはり通りにくい。だがそれもこれで最後だ。これを通り抜ければ、あの森に出るはず。目の前には両側の生垣から張り出して絡み合い、視界をふさいでいる枝。これをかき分ければ、この路地を抜ける。息を整え、目の前の枝に手を添える。思いっきりかき分けて、前に一歩踏み出した。薄暗い所から、急に明るい所へ出た眩しさに、目をつぶる。もう一度目を開くと―――――そこはただの住宅街だった。目の前にあるのは、ただの塀。後ろを振り向いても、私が出てきた、枝に覆われて、傍目には道かどうかも良くわからないような路地が見えるだけだ。


「……な、んで……?」


 何故これでたどり着けない? 前はちゃんと行けたはず。まさか、どこかで間違えた? いや、道を間違えるには、このメモは精確すぎる。しかし、ならばなぜたどり着けない? ……もう一度だ。もう一度やってみよう。私は駅へ向かって走った。


 そして、その結果は同じで。今度こそ、と再度やり直して、それでも駄目で。もう一度、もう一度、と何度繰り返してもやはり駄目で。ついには、疲れ果てて、あの路地を出てすぐの所に座り込んだ。日はもうとっくに落ちて、一気に気温が下がってきた。汗が冷えて寒さに身を縮こまらせるが、それ以上動く気力は最早なかった。


 ふ、と。つい最近まで、しょっちゅうと言って良いほどあったのに、この事態に陥ってから、それどころではなくなって忘れていた、あの感覚に襲われた。―――――デジャ・ヴュ。前にもこんなことがあった?


 脳裏でゆっくりと再生される、霞みだらけではっきりしない映像。こうして蹲って、地面ばかりを見ていた私の視界に、靴をはいた誰かの脚が一揃い入って来て、つま先を私に向け、止まる。その映像が、現実と重なった。違うのは、靴の種類。映像の中の足は、こげ茶の革のパンプス。目の前の足は、私の高校で指定されている、黒のローファー。一気に意識を現実に引き戻されて、足の主をゆっくりと見上げた。


「……エン。」


 無表情のまま私を見下ろすエン。しばらくそのままで見つめ合っていると、再びデジャ・ヴュに襲われて、戸惑う。それに気付いたかのように、彼女が口を開いた。


「どこかで見た光景ね」


 それが同意を求めての発言なのかは、分らない。ただ、私もこんなことがあったような気がしているのは、確かだ。ただ、それが何時、何処でのことなのかは、思い出せない。彼女は返事を期待していなかったのか、その会話を続けず、代わりに、彼女は私の腕を掴んで引き起こした。


「店に行くには、一度通った道は使えない。……人の話は最後まで聞くこと」


 淡々とそう言いながら。そう言えば、呼び止められたというのに、完全に無視して飛び出して来てしまっていた。


「……ごめん」


 思わず謝ると、仕方ない、とでも言いたげな溜息をつかれた。そして、何を思ったのか、おもむろに私を後ろ向かせ、目をつぶるように言ってきた。


「私にできるのはここまで。早く帰ってくるように」


 言われたとおりに目をつぶると、その言葉と共に、背中を軽く押された。「どういう意味」と問う間もなく、前によろけて二、三歩踏み出す。なんとか踏みとどまると、聞こえてきたのは強い風と、葉擦れの音。覚えのある音に目を開けば―――――目の前にあるのは、あの店のドアだった。


 しばらく茫然とドアの前に立ち尽くす。後ろを振り返ると、私の背中を押したはずのエンはいない。ただ、草原が暗闇の中で、店からの明かりに僅か照らされて、揺れるだけだ。もう一度ドアに向きなおり、「OPEN」の札がかかっているドアを押し開ける。カウベルが音を立て、「いらっしゃいませ」と声のした方を見て、驚いた。その声はカウンターで微笑んでいる女性の物。その女性は、前にこの店の手伝いだと言っていた少女によく似ていて、大人になったその子が声をかけてきたのかと思ってしまった。それくらい似ている。違いと言えば髪型くらいだ。あの子が肩よりやや長い程度だったのに対し、この女性は、腰くらいまである髪を高い位置で結いあげて、右横の髪だけを一房胸元に垂らしている。


「どうかなさいましたか?」


 立ち尽くしていたところに声を掛けられて、我に返った。そう言えば、あの子は母親が店長をしていると言っていた。だとすれば、この女性はあの子の母親で、この店の店長なのだろう。分かってしまえば驚くようなことではない。驚いたことに対する気恥かしさで視線を合わせられず、口籠ってしまった。話さなければならないこと、聞かなければならないことがあるのに、この一幕でなんとなくタイミングを逸してしまった。そうなると気まずさを感じてしまって、なかなか口を開けられない。女性―――――店長さんはそれを察したらしい。「お茶でも飲んで、ゆっくりしてください。」と言ってくれたので、お言葉に甘えることにした。


 前に来た時は気付かなかったが、カウンターの前には椅子が置いてあったので、それに座った。普段からこうやって、客とお茶を飲んだりしているのかもしれない。カウンターの向こうには、茶器の置いてあるらしい棚があるし、飲みたいものを聞かれたことからしてもそうだろう。私の前にカップを置く時の仕草も、手慣れたものだった。入れてもらった紅茶―――――良くわからないので、適当なものを入れてもらった―――――を一口飲むと、どこかほっとした。エンと会う前に走り回ってかいた汗が冷えて、体は思ったよりも強張っていたらしい。気分も落ち着いた。これならちゃんと話せそうだ。


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