序
ここでの生活は安楽だけどとても退屈で。だからどんなものでも良い、刺激が欲しかった。
「暇」
「章、またそれ?」
机に伏せてつぶやいた私に隣席のエンが呆れ顔で応えた。ここ最近のいつものやり取り。
「だって暇なものは暇だし。暇。暇、暇、暇暇暇。退屈」
これもいつものこと。
「五月蝿い」
これも。飽きる位に繰り返していること。
「エンはそう思わないの?」
繰り返しに飽きていたから。いつもなら不満げに黙るところでそう尋ねた。……因みにエンはあだ名だ。本名を音読みしただけ。
「……退屈なんて贅沢な悩みね」
無表情にエンが言う。なんとなく悪いことをしたような気がして謝ると、「なんで謝るの?」と無表情なまま訊き返され、口ごもった。確かに今の会話の中に私が謝らなければならないような発言はない。それでも……なぜか私は悪いことを言ってしまったような気がした。どう言うべきか分らず、黙っていると、目の前に四つ折りにされた紙片をつきだされ、反射的に受け取ってしまった。
「何、これ?」
「メモ」
……何のメモなのかが訊きたかったんだけど。無表情にどこか噛み合わない答えを返してきたエンに、急激な脱力感に襲われる。……もともとエンは無表情な時のほうが多いんだった……。なんで今日に限ってあんな気になったのだろう。
「……そうじゃなくて……」
「道順。“お店”の。ほんとはこういうのあまり良くないんだけど」
何のメモ、と聞く前に答えをくれたエンに、さっきのずれた答えは絶対わざとだ、と思ったが、そんなことよりも。
「良くないって何が? まさか危ない店、だとか」
こちらが気になった。エンに限ってないとは思うが。
「……まさか。少し変わってるだけ」
答えるまでの微妙な間が少し気になった。エンの瞳を覗いてみても、色素の薄い赤っぽい光彩には何の感情の色も見えない。
「どんな風に?」
エンの性格はよく知っている。嘘はつかないが、本当のことも言わないことがままあるので、彼女の言葉を表面だけ受け止めると、とんでもない勘違いをすることになりかねない。しかも、質問の仕方が悪いと本当に知りたい答えが返ってこない。先ほどの会話が良い例だ。
「まずは行き方。条件が三つ。必ず一人で行くこと。必ず徒歩で行くこと。変だと思っても絶対にメモの通りに行くこと」
確かにそれは変わっているかもしれない。しかし。
「何かそれ、前に聞いたことがあるような……」
「何時、何処で?」
「……分んない。気のせいかな?」
デジャ・ヴュだろうか。ここ最近、やけに多いし、これもその一つかも知れない。