第1話
四月某日の昼休み。
早々にパンを食べ終えた俺、宮ヶ崎水門の机には、なぜか弁当がある。そしてその弁当を挟んで向こう側。
──見知らぬ美少女が立っていた。
艶のある黒髪は長く、その整った顔立ちは美しい。陶器のような白い肌は制服の紺と相まって一層白く、膝丈のプリーツスカートの下は、ハイソックス。
そして何よりも特筆すべきは、胸元の盛り上がり。
その美少女の名は……誰だっけ。あっ初対面でした。
「これを……」
名も知らぬ美少女は、机の上に布で包まれた、弁当と推測出来るものを置いた。
「なんだ、これ」
「見て分からないの?」
「分からないから聞いてる」
「──お弁当よ」
その瞬間、クラスの男子たちが騒ぎ出した。
「も、本宮、咲耶さんが……」
「な、なんであんな奴に……」
「あの人、去年のミス東高だろ?」
「ああ、一年生だったのに、ぶっちぎりの得票数だったらしい」
「さすが東高のクールビューティ」
ん?
んん?
よし、状況を整理しよう。
ぼっちの俺のところに、去年のミス東高であるところの美少女が……なぜ弁当を?
うん、全然整理できない。
分かったことといえば、同じ学年ということくらいだ。
「……人違いじゃないのか」
「あなた、宮ヶ崎くん、よね」
合ってる。
てことは、どういうことだ。
まさしく謎が謎を呼ぶ展開。いや俺は呼んでませんよ。めんどいし。
「とにかく、お弁当は届けたわ」
「いや、意味が分からない」
「お弁当の意味くらい、自分で辞書を引けるでしょう」
「……弁当の意味は解ってるんだけどなぁ」
初対面であれだけど、こいつ良い性格してるわ。一応学年では上位一割には入るくらいの点数は取ってるんだよ、これでも。
「あら、では何が分からないの?」
「あんたが、俺に弁当を持ってきた意味」
見知らぬ美少女あらため本宮咲耶は、長い黒髪を翻して、つま先を教室の出口に向ける。
そして、無表情で振り返る。
「──仕事よ」
うん。ますます分からない。
見知らぬ少女が去った教室の空気は、未だ得体の知れない緊迫感に包まれていた。
「──おい」
「ぐえっ!?」
突然、後ろからチョークスリーパーをかけられた。本気ではないのは判るけど、結構苦しいよ、これ。
「今のはどういうことだね宮ヶ崎水門くん。あとビックリして落としたナポリタンドック、弁償しろ」
耳元で囁くこの声は、クラスもとい、この高校で唯一の話し相手、門沢だ。
こいつは奇特な男で、何の因果か一年の時から人見知りの俺に話しかけてくれる。いわば、俺と世間を繋ぐ門だ。
しかし、おとなしい門沢が肉体的行動に出るとは、美少女の弁当には極めて危険な呪いがかかっているようだ。
てか、そろそろマジで苦しい。軽くタップすると、門沢はホールドを解いて向かいの席に座って、置かれた弁当を観察し始めた。
「すげぇ……これが大宮さんの手作り弁当かよ」
「手作りかどうかは分からんだろ。母親が作ったかも知れないし、冷凍食品の詰め合わせかも知れん」
「夢が無いなぁ、水門くんは」
そして、弁当を挟んで対峙すること数秒。再び門沢が口を開いた。
「で、食べないの?」
「いらん、こんな素性の分からん弁当」
「おい、あの大宮さんの手作りだぞ? これ以上ない素性じゃないかよ」
どの大宮だよ……って、ツンケンした、冷たい目で俺を見下した、あのフリーザー女でしたね。
「んじゃ、お前にやる」
「い、いいのかよ……」
ナポリタンドックを食べ損ねた門沢は、面喰らった顔をしていた。
「知らん。てか俺はこんな物をもらう謂れが……おい聞けよ」
いつの間にか門沢は、弁当の包みを解いていた。
「おお……」
目の前の弁当の色鮮やかさに、思わず声が漏れる。
緑はピーマンの肉詰めとブロッコリー。黄色は玉子焼き。赤はプチトマト。
そして、みんな大好き茶色は、唐揚げだ。
「じゃ、じゃあ……いただきます」
「よし、食え」
じろりと俺を一瞥した門沢は手を合わせて、箸を取る。まずは、玉子焼きから行くのか。
「う、美味え」
門沢の顔がふにゃりと崩れる。本当に美味しいようだ。しかし、俺にとっては得体の知れない頂き物だ。手をつける気にはなれない。
「──ん? んん?」
唐揚げを頬張った瞬間、門沢がフリーズした。
「どした」
「いや、この唐揚げだけ、あんまり美味くない」
「そうか、でも残さず食えよ」
「あったりまえだろ。美少女の手作りだぞ!」
誰が作ったかなんて、味には関係と思うのだが。
それから五分後。弁当箱は空になった。
「ふう、食った食った」
「おう、毒見役ご苦労」
「ひでぇ」
門沢は満足げだ。弁当も無駄にならなかったし、良きかな良きかな。
──しかし、何故こんな事になったのか。
まずはその謎を解かねば。
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