どんぐり池 2
朝のしごとを終えたりすくんは、灰色のお客さまのとなりに座って池をながめました。
りすくんは、どんぐり池をぐるりとかこむ緑が、森のなかで一番きれいだと思っているのです。
森の緑は深緑で、しっとりと包み込むような緑ですが、池のほとりの緑はおひさまの光を浴びて、明るく輝いています。
それに、青い空が池の上にぽっかりと見えるのも、いいものです。
寝転がれば、青空に緑の葉っぱがゆれるようすが見えますし、鏡のような池をのぞき込めば、小さな魚がキラリと鱗を光らせて、まるで空を泳いでいくようです。
だからお客さまがこないときには、りすくんは小屋の前に座って、景色を眺めて過ごします。
池の中をのぞきこんだりすくんは、ポケットの中のどんぐりをひとつ取り出しました。りすくんはポケットのいっぱい付いたチョッキをきているのですが、そのポケットの中にはお客さまのためのどんぐりが詰まっているのです。
りすくんはとりだしたどんぐりを、ぽいっと池に投げ入れました。
ポチャ。
かすかな音を立てて、どんぐりが池に落ちていきます。と同時に、わっかがいくえにも広がって、池に小さなゆらぎを作りました。
どんぐり池はものすごく透きとおった池ですから、落ちていくどんぐりがよくみえました。りすくんが見ている先でどんぐりは、池の底の、金色の砂の中に吸い込まれて、見えなくなってしまいました。
「願いごとかあ」
りすくんはつぶやきました。
どんぐり池の番人なんかをしていますが、りすくんは今まで一度も願いごとをしたことがないのです。
だって、かなえてほしいと思うような願い事が思いつかないのです。
それはそれで幸せなことかもしれませんが、りすくんはちょっぴり願いごとをしていく仲間やお客さまがうらやましいなと思うのでした。
「願い……ごと?」
寝ていると思った、灰色のお客さまの声が聞こえて、りすくんはびっくり。おもわず「うわぁ!」と、叫んでしまいました。
「あ、ごめんごめん。驚かせるつもりはなかったんだ!」
「あ! 驚いちゃってごめんなさい!」
二人どうじにあやまります。
「いやいや、オレの方こそ、急に声をかけたから……」
「いえいえ、ボクの方こそ、驚きすぎでしたね!」
また、二人の声がかさなりました。
「ぷっ」
「ふふっ」
そして、二人どうじに笑ってしまいました。
「これ、りすくんがかけてくれたのかい?」
灰色のお客さまは、枯れ葉の毛布を持ち上げて言いました。
「あ、はい」
りすくんは、ちょっと恥ずかしくて、うつむきがちに答えます。
「そうかい。あったかかったよ。こんなによく眠れたのは、久しぶりだなあ」
そう言って灰色のお客さまは、大きく伸びをしました。
「はい、どうぞ」
りすくんはお客さまにどんぐりを差し出しました。
「え? どんぐり? オレにくれるのかい?」
お客さまは首をひねりながらりすくんにたずねます。
「ええ? お客さまは、どんぐり池にお願いごとをするために来たんじゃないんですか?」
「……いや」
そう答えながらも、お客さまはりすくんの手からどんぐりを受け取りました。
「なあんだあ! ボクてっきりお客さまだと思ってました!」
そこでりすくんは、この池が「どんぐりを投げ入れながら願い事をすると叶う」といううわさの池なのだということ、自分がこの池の番人をしているのだということを、灰色さんに語って聞かせました。
「ふうん、じゃあ、オレはもうお客さんじゃないんだから、りすくんもそのかしこまったしゃべりかたはやめにしないか?」
りすくんは、それもそうだと思いました。
「うん! そうだね。ところで、君のことはなんて呼んだらいいかな?」
りすくんは灰色さんに聞きました。
何しろりすくんは灰色さんみたいな動物を見たことがなかったのです。
この池にはいろいろな動物がやってきます。
ときどき、このあたりでは見たことのないような動物がやってくることだってあります。
「あんた……オレのことを知らないのかい?」
灰色さんは、いいました。
そう聞かれると、知らないことがもうしわけないような気がしましたが、いくら考えてみても、今まで見たことのない動物のようです。
「うん。ボク、知らないよ」
「そうか」
灰色さんはしばらく考えた後で、ポツリといいました。
「……グレイ」
「グレイ?」
「そうだ、オレのことは、グレイと呼んでくれるかい?」
「うんわかったよ! グレイだね?」
変な名前だなあ。
そう思ったものの、りすさんは灰色さんのことを、グレイと呼ぶことにしました。