オンボロ橋 3
「ああ、オレはりすくんに出会ってしあわせだったよ」
りすくんはグレイの言葉にびっくりして、口をぽかんと開けたました。しばらくしたら、なんだかはずかしくなってきます。
だって、出会ってしあわせだったなんて、そんな言葉を言われたのははじめてですから。
うれしいようなくすぐったいような気持ちになりかけたのですが、ゆうべのドングリ池でのできごとを思い出すと、りすくんはやっぱりうつむいてしまいました。
そして、グレイにもゆうべおきたことを話して聞かせました。
「みんなひどいよ。グレイとお話したこともないくせに」
りすくんの声を聞きながら、グレイは自分の飲んでいたカップを洗います。
りすくんもあわててすっかりぬるくなってしまった紅茶をのどに流し込みました。
「オレはもう逆さ虹の森にはいかないつもりだったから、そんなことしなくても、よかったのになあ」
「ええ? どうして!?」
「いや、オレがいたら、みんな怖い思いをするだろう?」
「だってだって、グレイは何も悪いことしてないよ?」
「今はな。でもやっぱり、オオカミたちが昔してしまったことは、取り消せないのかもしれないなあ」
グレイはりすくんから空になったカップを受け取ります。
「さあ、りすくんも、遅くならないうちに逆さ虹の森へ帰るんだ。暗くなると、オンボロ橋はあぶないからさ」
グレイの笑顔をみていたら、りすくんのむねのなかには、もう二度とグレイと会えないのではないかという不安が広がっていきました。
だから思わず言ってしまったのです。
「ボクが、オオカミ山に住めばいいんじゃないの? そうしたらグレイとこれからも一緒にいられるんじゃないの?」
カップを洗っていた手を止めてグレイはふりかえりました。そして静かに首を振りました。
「ダメだよりすくん。キミがここに住むようになったら、こんどはきっと、森の仲間と会えなくなっちまうだろう」
「そんなの、みんなが悪いんだよ。ボク、ゆるさないんだからね」
りすくんは本気なのに、グレイはぷはっと笑いました。
「たしかにみんなはりすくんに対して悪いことをしたかもしれない。けどりすくんはみんなのことが嫌いなのかい?」
りすくんは森の仲間たちのことを思い出してみました。
ちょっと乱暴者だけど、いがいと親切なアライグマくん。
いつもお腹を減らしている、へびくん。
やさしいキツネさん。
大きいのに、りすくんよりもずうっと怖がりなくまさん。
いつも忙しく飛びまわって、みんなにいろんな情報をはこんでくれる、コマドリさん。
「……好きだよ」
りすくんの答えに、グレイはうなずきました。
「それが答えだよりすくん。オレは意地をはって、ひとりぼっちのオオカミになっちまったが、りすくんにはそんなふうになってほしくないんだ。さあ、送っていくよ」
グレイは家のドアを開けました。
りすくんは悲しい気持ちでグレイの後に続きます。
胸の中がもやもやとしました。
森のみんなも好きだけど、グレイのことも好きなのです。
こんなことって、あるでしょうか?
どっちのことも好きなのに、どっちかだけを選ばなくてはいけないなんて。
なのに、その気持をうまくグレイに伝えることができません。トボトボと歩いていくうちに、もう二匹はオンボロ橋の前についてしまいました。
このまま別れるなんてイヤだ。
きっとみんなをせっとくしてみせるから、それまで待っていてね。そうりすくんがグレイに伝えようとしたときでした。
ピュルリリリリリリリ ピュルリリリリリリリリリ ヒヒヒヒヒヒヒ
お空の高いところから、コマドリさんの叫び声が聞こえてきました。
「コマドリさん?」
りすくんは空を見上げました。
「ピュルリリリリリリリ! 誰か! 助けて! 誰か! 助けて! ピュルリリリリリリ!」
りすくんとグレイは思わず顔を見合わせました。
「なにか、大変なことがおきたのかもしれないな」
「コマドリさーん! コマドリさーん! なにがあったの!?」
空に向かって呼びかけると、何も見えなかった青い空に小さな黒い点が見えました。それから、その点は、どんどん大きくなって、オンボロ橋の手すりの弦の上に飛び下りました。
「りすくん! よかったわ。助けて! みんなが大変なのよ」
コマドリさんはよほどあわてているのでしょう。グレイがすぐそばにいることにも気がつかないみたいです。
「どうしたんだ?」
とグレイが声をかけたとたんに「きゃあ!」といって、綱の上からとびあがりました。
「待って! コマドリさん。グレイはだいじょうぶだよ。ぜったい乱暴なんかしないよ!」
コマドリさんはパタパタと空中を飛びまわりながら、りすくんとグレイをみくらべます。
「わかったわ! ついて来てちょうだい!」
コマドリさんは高いところから二匹の目の前へと降りてきました。
「根っこ広場よ」
コマドリさんは先に飛んでいきます。
「りすくん、背中に乗るんだ! しっかりつかまって」
りすくんが背中に乗ると、グレイは走り出しました。その速いことといったら、しっかり捕まっていなければ、後ろに転げ落ちそうなほどでした。
先を行くコマドリさんに追いつくと「案内してくれ」とグレイは声をかけます。
コマドリさんはついてきたグレイにちょっとビクッとしましたが「こっちよ!」と答えたとたんに、スピードを上げて、根っこ広場へ一直線に向かっていきました。