オンボロ橋 2
グレイはりすくんを、集落のいちばん奥にある、いっけんの家へと連れて行きました。
炉には火が入り、しゅんしゅんとお湯がわいていました。窓辺には赤い色をした小さな花が飾られています。
「ここは?」
「オレのうちさ」
グレイは、りすくんのために温かい紅茶を入れてくれました。そえられたスプーンの上には良い香りのするジャムがのっています。
「このジャムは、グレイが作ったの?」
「ああ、林の中の木いちごとはちみつで作ったんだが、ちょっと甘すぎたから、紅茶に入れて楽しんでいるのさ」
りすくんは、ジャムののったスプーンで紅茶の中を軽くかきまぜてから、ひとくち飲みました。
「おいしい!」
思わず笑顔になります。
グレイはりすくんの笑顔に「そうか、よかった」とうなずくと、自分もひとくち紅茶をすすりました。
「この山には、グレイしか住んでいないの?」
りすくんがたずねると、グレイは何かを思い出すように上を向いて、パチパチと目をしばたかせました。
「むかしむかしさ……」
グレイは、記憶をたどるように、ゆっくりと話しはじめました。
むかしむかしさ、この山のオオカミも、逆さ虹の森の動物たちとなかよくやっていたのさ。
だけど、あるとき、とんでもない乱暴者の親子が、リーダーになっちまったんだよ。
その親子がまた、とんでもなく強いやつだったもんだから、だれも逆らえなかったのさ。
それでオレたちはあっちこっちで悪さして、このあたりでは乱暴者とよばれて、みんなに嫌われちまったんだよ。
オレが生まれた時にはもう、逆さ虹の森にオオカミは入れなくなっちまってた。
むかしはオンボロ橋をわたって、他の動物たちとも楽しくやっていたっていう話を聞いた時に、オレはうらやましくてしかたがなかったよ。
どうしてオレたち、こんなに嫌われもんになっちまったんだろうってね。
ずいぶん長い間乱暴者の親子がオオカミのリーダーを務めていたが、オヤジの方は先に病気にかかって死んで、子どものほうも、数年前にがけから落ちて、死んじまったのさ。
で、オレたちオオカミは次のリーダーを決めることにした。
リーダーに名乗りを上げたのは二匹のオオカミだ。
一匹は、この山を出てあたらしいすみかを探そうと言った。
もう一匹は、まわりの動物たちにあやまって、またむかしのように仲良くしようじゃないかと言った。
「そ……それで、もしかして、あたらしいすみかを?」
りすくんは紅茶の入ったカップを手でにぎりしめながら、ドキドキしてグレイにたずねました。
「まあまあ、あわてんなよ」
グレイは苦笑いを浮かべています。
「オオカミのリーダーはさ、強いやつがなるという決まりなんだ。だから二匹は、けっとうをすることになったんだ」
りすくんは紅茶を飲むのも忘れて、みをのりだしてグレイのお話に聞きいっています。
「それで、新しいすみかをさがそうと言ったヤツが勝った。だからみんな、そのリーダーについて、この山を出て行っちまったのさ」
「じゃあ、グレイは、どうして残ったの?」
りすくんに見つめられながら、グレイは少しぬるくなった紅茶をひとくちゆっくりと飲みました。
「負けたオオカミがオレだったからさ」
りすくんは二度三度、うなずきました。
「そうだったんだね。それで、グレイはボクとお友達になるために、逆さ虹の森へとやってきたんだね?」
「まあ、そうだな。はじめのうちはなかなか決心がつかなくて、オオカミ山で一人で暮らしてたんだ。まあ、一人も悪くはなかったんだけどさ。ある日、ああ、りすくんと最初に会った前の日に、思い切ってオンボロ橋に足をかけてみたんだよ。そうしたら、渡れるじゃないか。びっくりしたよ」
「それまでは、渡れなかったの?」
「ああ、いつから渡れるようになったのかはわからないが、オレが昔渡ろうとしたときは、無理だったよ。あの橋にはドングリ池の願い事がかかっていたからな。群れの奴らも、リーダーの親子も、あの橋を渡ろうとしたんだが、なぜかあの橋の前に行くと、足が出なくなっちまうんだ」
「なのに、なんでグレイは渡れたんだろうねえ?」
「さあな。だがオレはあの橋をわたって、ドングリ池に行ったのさ。もう夕方で、だれもいなかった。小さな小屋を見つけて、そのままそこでオレはねちまったのさ」
「そして、次の朝、ボクと出会ったんだね」
りすくんがにっこりとすると、グレイもとがった大きな口をわずかにゆがませました。くちびるのあいだから、大きな牙がのぞきましたが、りすくんはちっとも怖くなんかないのでした。