夢の学園生活
テーテレッテー、テーレレー!
テーテレッテー、テーレレーレーレー!
「晴海、着信鳴ってるぞ?」
突如流れるインディ・ジョーンズの着メロに、晴海は走りながらパカッと携帯を開く。
「はい、インディ娘です」
『おう、俺様だ!』
電話の主は『タイガーシャーク』こと、サバイバル部の部長、ムラサメ大将である。
『おめぇからの依頼どおり、放送室は制圧したぜぇ!』
電話口の向こう側で、ヒャッハー、イイイヤッハー! と世紀末的な雄叫びが聞こえてくる。
『後は、あの白黒チビ共を待ち伏せすりゃいいんだな?』
「ありがとう、隊長さん!」
携帯から漏れ出てくるダミ声と話の内容から、電話の相手を知ったクラウドは。
「なんだ? ムラサメに連絡してたのか?」
「うん、向こうが策を使うなら、こっちも隊長さんたちと連係して、挟み撃ちにしようかと思って」
『礼には及ばねぇよ。どうしてもお礼がしてぇってんなら、ぱふぱふしてもらいてぇとこだが、おめぇさんにそれを望むのは酷ってもんだからなぁ』
「むーっ、このセクハラ大将、にわかヨーチューバー! 覚えてなさいよ!」
『がっはっは、悪口も階級が上がっちまったか。そんじゃな』
用件が済んだので、ムラサメからあっさりと電話を切られる。
晴海は自分のささやかな胸を見て、走りながらため息をつき、クラウドに並んで問いかける。
「……ねえ、蔵人くん。さっき雪姫が、実は蔵人くんの事を好きだったって聞いてどう思った?」
「どうって?」
「例えば、もったいなかったなーとか……」
「うん、確かにもったいなかったな」
ごまかしたり隠したりしてもしょうがないので、クラウドは正直にぶっちゃける。
それを聞いて、ガクッと肩を落とす晴海。
「うー……、やっぱりそうなのね。あたし、そのうち蔵人くんに捨てられちゃうのかな……」
だが、クラウドは、落ち込む晴海にこうも続ける。
「だけど、オレは今の幸せを手放すような事は絶対にしないし、世界一可愛い女の子が側にいるのに、わざわざ他に目移りはしねーよ」
「蔵人くん……。それ、信じていいの? 信じるよ?」
「めんどくせーなあ。だいたい、お前は自分が可愛いって自覚が無さすぎるんだよ。お前はオレの自慢の彼女なんだから、もっと自信を持って欲しいぞ」
「うん……」
どうしてこの人は、そんなうれしはずかしい事をしれっと言えるようになったのかなあと、顔からプシュウと湯気を上げて、うつむきながら走る晴海。
またしても、2人だけの甘々空間が展開される。
だが、廊下の曲がり角にさしかかると、床にぶちまけられたワックスを踏んでしまい。
『うわっ!』
2人はツルツル滑って、仲良くドガガッと壁に激突した。
「ぶはははは、罠カード発動!」
「ラブコメに持ち込もうとしても、そうはさせないぞー」
「いてててて……、くそっ! やっぱりお前らの仕業か!」
「この絶妙なタイミング……。ブラザーズくんたち、敵に回したらホントに容赦ないね……」
「そして、モンスターカード召喚!」
『わーっはっはっ!』
ブラザーズの掛け声一発、廊下の窓から競泳パンツ及び、まわし姿の男たちがなだれ込んで来た!
「ラブのコメ消滅宇宙大連合、四天王の三番手! 『白雪姫ファンクラブ会長』こと、高塩とアクアリーグだ!」
彼らは『白雪姫ファンクラブ』、またの名を『アクアリーグ』!
上沢高校No.1美少女の白鳥雪姫を白雪姫と崇め、ただ遠目から愛でるだけのむさ苦しい集団である。
シャキキーン! と、戦隊ヒーローのようなポージングを決める水泳部、水球部、男子シンクロ部、相撲部の男たち。
筋肉と脂肪の共演で、7月の陽気と相まって非常に暑苦しい。
「決まりましたね、波平さ~ん!」
「バッカモーン! 下の名前で呼ぶなーっ!」
「お……、お前らも、ブラザーズの傘下に入ってたのか?」
「いつの間に?」
「彼らは白雪姫と交友関係があるからな。我々は忠誠を誓う代わりに、報酬として彼女の情報(健全なもの)や、画像データ(健全なもの)を提供して頂いている」
『こいつら……』
ただでさえ面倒くさい奴らの登場なのに、さらにブラザーズは燃料を投下する。
「そういえば、あいつはお前らのアイドル白雪姫に、おっ……痴漢行為を働いた疑いがあるぞー」
『なんだと!』
それを聞いた、白雪姫ファンクラブは、カタカタカタと震えながらクラウドを見る。
「神聖なる白雪姫に痴漢行為だと……?」
「人の手の及ばない、神々が与えたまいし奇跡の存在に、手をかけるなんて……」
「我々は、遠くから見てるだけでも幸せだってのに、この男が……?」
「おっ……って、もしや……」
黒いオーラを撒き散らしながら、ジリジリとにじりよるアクアリーグ。
「待て、誤解だ! お前らは奴らの口車に乗せられてるだけだ!」
「あいつは、白雪姫にあんなことや、こんなことをしたかも知れないぞー」
『ぶっ殺す!』
一斉にクラウドに襲いかかる、アクアリーグ!
だが、怒りの刃がクラウドに届く前に、全員ワックスで滑って転びまくる。
『うわー、なんだこれは!』
『今日はぬるぬる相撲の日か!?』
つるすてーん、ぬるすてーん、と全く前に進めずにもがきまくる男たち。
「これは思わぬ事態だなー」
「くそっ、役立たずどもが。ターンエンドだ!」
ほぼ自分たちのせいなのに、悪し様にアクアリーグを罵るブラザーズ。
「策士、策に溺れるとはまさにこの事だね」
晴海のセリフを、耳ざとく聞き付けた高塩は。
「何を言う! 水泳部が溺れたりする訳が無いだろう!」
「波平さん、それはことわざで比喩表現で~す」
「バッカモーン! 下の名前で呼ぶなー!」
モメているアクアリーグをスルーし、なんとかぬるぬる地獄を脱出したクラウドと晴海は、再び逃げるブラザーズを追いかける。
すると、ガラガラガラッ! と、教室の引き戸が開き、弥生時代の貫頭衣を身に纏い、勾玉を首にかけ、埴輪を持った男たちが飛び出て来た!
「あ、こいつら!?」
「考古研!?」
その中の小物臭あふれるくせに、なぜかリーダー的な存在の黒髪の男が名乗りを上げる。
「我はラブのコメ消滅宇宙大連合、四天王の四番バッター! そして、白雪姫ファンクラブの第二の矢! 『白雪姫さまの一の下僕』こと、考古学研究部長……」
「ちょっと、待って待って!」
「なんだ? せっかく、我が気持ち良く名乗りを上げているのに?」
「情報が多すぎて、全然頭に入って来ないよ!」
「やたら数字が多いしな!」
「それに、いつの間に玲華さんから雪姫に乗り換えたの?」
「節操のねー奴らだなっ!」
「おのれ、バカにしおって……、皆の者!」
怒りにうち震える、考古研の部長が号令をかけると、全員オロビタミンCをグビッとあおる。
男たちの筋肉が脈打ち、貫頭衣を突き破って、全裸のマッチョボディが現れた!
「えっ!? これって……」
「こいつら、まだ洗脳が解けて無かったのか?」
「ふはははは、これは洗脳ではない! 我々はあの時の経験から、栄養ドリンクを飲めば、いつでもあの身体になれるように自己暗示をかけているのだっ!」
『何だってー!?』
野獣のような男たちに詰め寄られ、2人に絶対絶命のピンチが訪れる。
その時。
「こらーっ! 学校で全裸になってるのは誰だー!」
『あっ……、生徒指導の先生……』
考古研の男たちは生徒指導の先生に耳を引っ張られ、あえなく職員室へ連れていかれた。
「よっしゃー! 後はあいつらだけだ!」
四天王を全て退けたクラウドと晴海は、おしりをペンペンしながら逃げるブラザーズを追う。
そして、走りながらもなぜかニコニコしている晴海。
「晴海、ずいぶん楽しそうだな?」
「うん。あたし、この学校に入って良かった。色んな人がいて、みんな個性的で面白い♪」
「うーん? だいたいこんなもんじゃないのか?」
「それは、蔵人くんの感覚がおかしいよ」
「そうなのか?」
今まで変人あつかいされて、人と接する機会が少なかった晴海と、変人に囲まれて判断基準がマヒしているクラウドの意見は平行線をたどる。
そして、晴海はあることに気づく。
「あれ? ブラザーズくんたち、放送室には向かってないのかな」
「ん? そういえばそうだな……」
「どっちかっていうと、屋上に向かっているような……」
「屋上に放送機材ってあったっけ……?」
そして、2人は恐ろしい事に気付く。
『校庭放送用の拡声機!!』
「ヤバい、あいつら校内だけじゃなくて、外に放送しようとしてる!」
「まずいじゃない! あんなものが大音量で校外に流れたとしたら……」
「オレのスキャンダルが上沢高校だけじゃなく、周辺住民にも轟き渡ってしまう!」
このままでは『雨森砲』が炸裂し、クラウドは暗黒の学校生活はおろか、恥ずかしくて上沢市に住む事すら出来なくなってしまう。
「えー、どうしよう! あたし、蔵人くんと離れ離れになるのはやだよ!」
「オレだって! どうにかして、あいつらを食い止めるぞ!」
「うん!」
クラウドと晴海は、決意も新たにスピードを上げて、白と黒の悪魔の背中に肉薄する。
もう少しで追いつこうとした、その時。
またしても、刺客がカットインする!
「ラブのコメ消滅宇宙大連合の、四天王その五! 『愛の伝導士』こと、ラブラブ恋占い部部長、小春日和!」
『誰!?』
夏服姿で、目元の泣きボクロが印象的な、色っぽい感じの黒髪の美人が現れた。だが、彼女にまったく見覚えがないクラウドたちは。
「いや、本当に誰なの?」
「四天王その五って、もう四天王じゃねーだろ!」
「あー、メイクをしていないから、そう言われるのも致し方ないですね。えーと、ほら、あの、ゴールデンウィークに文化会系クラブ棟で会った……」
クラウドは、あせあせしながら落ち着きなく説明をする、女性の胸を凝視する。
夏服のシャツを透かした胸の形から、おっぱいソムリエが女性の正体を見抜く。
「あ! オカルト部のオカルト姉さん!」
「良かった。やっと、思い出してくれましたね」
「って、蔵人くん、どこ見て思い出してんの!」
オカルト姉さんと呼ばれるその女性は、事件の際にカリスマ教の情報を教えてくれた、オカルト部にいたオカルト女である。
オカルト部のままでは、部員1名で同好会に格下げになる恐れがあったため、ラブラブ恋占い部に路線を変更したところ、入部者が殺到したとの事ではあるが。
「その、元オカルト女が何でこんなところにいるのよ!」
以前、クラウドが誘惑された事があるので、警戒しながら問いただす晴海。
「いえ、少し恋占いをさせて貰おうと思いまして」
『?』
オカルト女は胸元からワラ人形を取り出すと、クラウド達の目の前で、なんじゃらーかんじゃらーと呪文を唱えながら踊り出す。
なんだか、呪われそうですごく嫌だったが。
「ハイ、こんなん出ました! えーと、お2人の相性は……抜群の120%! 高校卒業とともに結婚し、一男一女をもうけ、冒険家族として世界に名を馳せることになるでしょう」
『えーっ!』
やたらとリアリティーあふれる占い結果に、晴海は照れてれしながら。
「高校卒業とともに結婚だって……、ホントかな?」
「うーん……。なんか、すっげえ具体的だな」
晴海から上目遣いで見つめられ、クラウドもまんざらではない様子。
「このお姉さん、実はいい人みたいだね」
「ま、オレは知ってたけどな!」
以前、おっぱいに顔を埋めさせていただいた事があるクラウドは、力強く答える。
「で、オカルト姉さんは、なんでこんな所にいたんでしたっけ?」
「私は『雨森湯』の常連で、雨森さんたちからあなた達の足止めをして欲しいと頼まれまして、銭湯の回数券(6枚つづり)を貰ったんですよ。あら?」
ふと、オカルト女が見ると、クラウドと晴海の姿はそこになく。
「くそっ! ただの時間稼ぎじゃねーかよっ!」
「ひどいよ! 占い信じちゃったじゃないの、バカバカーっ!」
彼方に走り去りながら、遠くから吠える2人にオカルト女は。
「あの2人、いつの間にか素敵なカップルさんになってましたね。このワラ人形占い、けっこう当たるんですよ?」
彼らを見送りながら、ちょっぴりうらやましそうに呟いた。
*
ドバン! とドアを開け放ち、クラウドと晴海は校舎の屋上に躍り出る。
そこには、腕組みをして待ち構えている雨森ブラザーズの姿があった。
「待ってたぞ!」
「てーか、遅い! 外は暑すぎて汗ダラダラになったぞー!」
「それは、お前らの勝手だろ!」
季節は夏真っ盛り、照りつける太陽の下でいよいよ最終決戦の火ぶたが切られようとしている。
「晴海は日陰で休んでてくれ」
「蔵人くん、1人で大丈夫?」
「ああ、ここまで来たらもう策はねえ。後は力勝負で決着をつけるだけだ」
『そのとおり!』
ブラザーズの北斗は、手の中のボイスレコーダーを見せつける。
「オレらに勝つことができたら、こいつはお前にくれてやろう」
「正々堂々、タイマン勝負だ!」
「へえ、そうかい。で、1対1ならどっちと戦うん……」
「爆魔龍神脚!」
「天殺龍神拳!」
舌の根も乾かぬ内に、2人がかりで先制攻撃を仕掛けてくる雨森ブラザーズ。
「ちょっと待て待て! お前ら、さっき『タイマン勝負』って言ったよな!? 正々堂々って言葉は何だったんだ!?」
「半人前のオレらは、2人で1人!」
「正々堂々と卑怯な事をするのが、雨森ブラザーズだ!」
「それ、威張って言うことか!?」
「お前強いんだから、ちょっとはハンデをよこせ!」
「レトロゲーマーなめんなよ!」
なぜかエラそうに言いながら襲ってくる2人を、中華ナベであしらうクラウド。
息もつかせぬ雨森ブラザーズの連続連係攻撃を、避ける、逃げる、かわす!
真剣勝負のはずなのに、なぜか息の合った殺陣を見せられているような、それでいてじゃれ合っているような3人を見て、ホントに仲がいいんだなあと思う晴海。
「あたし、この学校に入って本当に良かった。インディ・ジョーンズや映画のマネじゃない、あたしだけのあたしの冒険。ノーテンキ冒険隊の仲間たちと、たくさんの友達。あたしが欲しいものがいっぺんに手に入っちゃったし、なんてったって……」
オレらにも女を紹介しろー!
お前ら、白鳥さん狙いじゃねーのかよ!
あの娘はつかみどころが無さすぎて、オレらの手には負えないんだよ!
じゃあ、なんで宣戦布告なんかをしやがった!
そりゃ、お前を盛大にいじるために決まってるだろー!
あああああっ! お前ら、本当にめんどくせーっ!
抜けるような青空の下、やいやい言いながら2人を相手取って立ち回るクラウドを晴海は見つめ。
「大好きな人と、また会うことができたもんね♪」




