星の護り人
闇に包まれる樹海の中を白衣の男、霧崎は気を失っている山瀬を背負い、必死で逃げる。
だが、その前に一体の影が立ち塞がる。
「今さら、何処へ行くつもりだ?」
慌てて後ろへ引き返す霧崎。だが、影はその前方へ回り込み、乱暴な蹴りで突き飛ばす。
「その女に用がある、置いていって貰おうか」
「たのむ! 見逃してくれ!」
ドガッ!
影の正体、氷室雹河は霧崎の顔を掠める様に、木に前蹴りを叩きつけた。
「ひっ!」
「てめえの事情なんぞ知るか。ボクはそいつに用があると言ってるだろうが」
見苦しい程に怯える霧崎。さらに追い詰めようとする雹河。
突如、夜空に空間が歪んだような穴が開き、黄色のフードを纏った1人の少年が、ヒラリと空中から登場した。
「ようやく、見つけました。探しましたよ」
「何だ……? てめえも、カリスマ教か?」
何の前触れもなく現れた少年に驚愕するも、斜に構えた態度は崩さず、雹河は男に問いかける。
「あなたは……、氷室雹河くん……ですか。どうやら僕の仲間がお世話になったようですね」
少年の言葉には皮肉の意はこもっておらず、ただ感謝の気持ちのみが感じられる。
雹河は少年に、不純物のないダイヤモンドのような、純粋で透明な輝きを感じた。
「別にボクは何もしてないさ、ただ刃向かう奴をぶちのめしただけだ。てめえはいったい何者だ?」
「僕は、カリスマ教の総帥です」
「何だと……?」
「名乗るような名前は持ち合わせていませんが、今の世界に破壊をもたらす『災害』と呼ばれています」
「はっ、教祖様じきじきに仲間を助けに来るとは、意外に人道的な所があるじゃないか」
揶揄するような口振りで、雹河は少年に言葉をぶつける。
だが、少年はそれを気にも留めず。
「僕達カリスマ教は、巷で言われるような邪教集団ではありませんから。力ある若者が正しい方向に世界を動かすための、いわば王道を征く、王者たちの集団。……を目指していたのですけどね」
「てめえらの事情なんざどうでもいいが、てめえが首魁なら丁度いい。てめえ、『氷室霰』という銀髪の女を知らないか?」
少年はその問いに、なぜか謝罪と同情が合い混じったような様子で答える。
「貴方の生き別れの妹さん……、ですか」
「! 知っているのか!?」
少年は、その問いにはかぶりを振って。
「いえ、僕は貴方の考えている事を読んだだけで、彼女自身の事を知っている訳ではありません」
「何……?」
「……貴方が幼少の頃、目の前で拐われた1歳下の妹。貴方と貴方の御家族が探偵業を営んでいるのは、妹さんを探すためと、彼女をさらった巨乳美女の行方を追うため……」
「言うな!」
ドガッ! メキメキバキッ!
雹河は一喝とともに大木の幹を蹴り折り、少年の言葉を途絶えさせる。
「それ以上ボクの心を読んでみろ。てめえの命をここで終わらせてやる……」
氷のような蒼いグローブの左手を鳴らしながら、雹河は少年を睨めつけ、瞳に宿る冷たい殺気が少年の背筋を凍らせる。
「……失礼しました。ですが、僕は貴方の考えを読もうとした訳ではなく、テレビのテロップのように、あるいはラジオの放送のように、勝手に僕の頭の中に流れて来てしまうのです。ただ、それを口に出したりしたのは申し訳ないと思っていますが」
探偵を続ける中で、人間の暗く汚い部分を覗いてきた雹河は、それを聞いて多少の同情を感じ、構えを解く。
「随分と不便な技を持っている奴がいるもんだな。本当に、妹の事は知らないのか?」
雹河の問いに、少年は静かにうなずく。
「そうか……」
雹河は悔しさをにじませながら呟くと、再び不遜な態度を取り戻し。
「てめえらがボクの敵でないなら、興味はない。とっとと女を連れてどこへでも行け」
「それでは、僕たちはこれで失礼いたします」
丁寧な辞去の言葉を告げると、少年と山瀬はゆっくりと宙空に浮かんでいく。
「待って……、その人を連れて行かないで……」
霧崎は腰を抜かしたまま、地べたを這いずりながら、空に向かって手を伸ばそうとするが。
「霧崎くん、君には彼女が女神のような存在だったかも知れないが、僕にとっては大切な女だ。それに……」
少年は腕を伸ばし、掌を霧崎に向けて巨大な光弾を撃ち放ち、霧崎の目前の地面をクレーターのように大きく抉り穿つ。
恐怖のあまり、失禁する霧崎。
その様子を、少年は何の感情も感じていない様子で眺め。
「彼女を、君の慰み物にはさせない」
少年は冷たく言い放つと、霧崎に背を向ける。
雹河はその様子を楽しそうに眺め。
「それは、超能力と魔法のどっちだ?」
「さあ、どっちでしょうね。僕はとりあえず『能力』と呼んでいますが」
「もしも、あんたがボクの求めていた敵で、あんたと一戦交える事になったとしたら、それはそれで愉しかったんだがな……」
「そうでなくて幸いですよ。僕には、貴方と戦って勝てる未来は視えませんから」
雹河と少年は、同時に笑みを浮かべる。
「視えすぎるってのも、難儀なものだな」
「そうですね。夢が叶わず、自分の死期が愛する人よりも先に来る事さえも分かってしまいますしね」
そう言って、少年は寂しそうに笑う。
「もう、会うことはないだろう。あばよ」
「そうですね、それではごきげんよう……」
互いに永遠の別れの言葉を交わし、少年は山瀬を伴い空へと還っていく。
「お願い、僕を、置いていかないで……」
2人は幻のように消える。後には何も残さぬままに。
霧崎は、泣きながら雹河にすがり付き。
「頼む……、僕を殺してくれ。彼女を失ってしまっては、僕はもう生きる事は出来ない……」
「知るか。死にたければ勝手に死ね」
打ち捨てられた哀れな霧崎は、涙が涸れる程号泣し、壊れた様に笑う。
見かねた雹河は、霧崎の鳩尾に拳を入れた。
「悪い夢は、忘れて眠れ。嫌でも明日はやってくるんだ……」
コートのポケットに手を突っ込み、闇の中を雹河は歩き続ける。
「これで、また振り出しか……」
樹々の隙間から差し込んだ、月の光が雹河を照らし、彼は眩しそうにそれを眺めると。
「良いだろう……、運命がボクに戦えと言うのなら、徹底的に抗戦ってやろうじゃないか……」
光に背を向けて、雹河は再び闇の中に溶け込んで行った。
愛する家族を、再びこの手に取り戻す。
夢を叶える、その瞬間まで、氷室雹河の戦いは終わらない。
*
はぁ……、はぁ……と荒い息づかいが響く。
地上100mの高層ビルの屋上で、胸を押さえて苦しそうな表情の少年の、白い少女に抱きかかえられて仰向けに寝そべっている姿が、月の光に照らされている。
白い少女、山瀬玲華は涙を落としながら。
「ごめんなさい、ごめんなさい……、私が余計な事をしたばっかりに、あなたに能力を使わせてしまって……」
少年は玲華を慈しむ、優しい笑顔を浮かべながら、彼女の赤く美しい瞳から流れ落ちる雫を指でぬぐう。
「いいんです、僕には貴方が僕の事を想ってやってくれた事は分かっていますから」
「でもっ!」
「僕たちは、少々急ぎ過ぎていたのかもしれません」
ゴホッ、ゴホッと少年が大きく咳き込むと、口から胸回りに血飛沫が広がる。
「星くん!」
「僕達が、想い描いていた夢の巨大きさに、自分たちが押し潰されてしまっては何もならない。玲華さん、僕は貴女を護ると言っておきながら、貴女には辛い思いをさせてしまいました……」
「いいえ、私はあなたのために尽くす事が、何よりの幸せなんです! だから、だから……」
「願わくば、貴女にこの惑星の御加護がありますよう……」
「星くん……?」
少年はそう言って目をつむり、微動だにしなくなる。
物言わぬ身体となった少年を、玲華は必死に揺すり起こし。
「星くん……、星くん! しっかりして、起きて、何か言ってよ! 私を置いて逝かないでーっ!」
玲華は少年の胸に突っ伏して、号泣する。
すると、少年は玲華の白銀の髪を優しく撫でて、バツが悪そうに。
「すいません。ちょっと意識が飛んだだけで、ちゃんと生きてますから」
「星くん……。良かった……」
玲華と少年は、ビルの屋上のフェンスにもたれながら、並び座る。
斜めに傾きかけた満月と夜景を眺めて、少年はひとつ提案をする。
「僕に残された時間が少ないとは言え、まだ猶予はあります。僕たちは出会ってから今まで、ずっと走り続けて来ましたが、もう少し自分たちの……、いえ、玲華さんのために時間を使いたいと思っています」
「私は、別にそんな事をしてもらわなくても……」
「何でもいいです。やりたい事や欲しい物を思いつくままに言ってみてください。例えば、ネズミーランドに行きたいとかでも」
「私は……」
玲華は、自分の素直な気持ちに心を巡らせてみる。
自分が今、一番したいこと。
自分が今、一番欲しいもの。
そして、2人のために、一番大事で素敵なこと……。
「私、あなたの子供が欲しい」
「えっ……」
意表をつかれた少年の驚きをよそに、玲華はありったけの想いを伝える。
「私は、あなたの子供を産みたい。あなたの子供を育てたい。もし、あなたがいなくなっても、ずっとあなたの事を感じて生きていけるし、私たちの夢を未来に遺す事ができる……」
玲華は、赤い瞳に情熱を込めて、少年を見つめる。
「だめかな……」
少年は静かに目を閉じ、瞑想に耽るような姿を見せる。
「星くん……?」
「今、未来が見えました。貴女が幸せそうに笑っている姿と、その子が新たな世界を創造する未来が……」
「本当に……?」
「はい」
2人はゆっくりと顔を近づけ、口づけを交わす。
玲華と少年は、顔を離すと微笑み合った。
「私ね、友達ができたの。妹みたいに可愛くて、お姉さんのように叱ってくれて、インディ・ジョーンズの格好をしている変わった娘」
「そうですか。それは、その方に一度お会いしてみたいですね」
「そうね、あなたに会わせたいし、私もまたあの娘に会いたい。今すぐには難しいかもしれないけど、いつか、また……」
眠らない夜の街の輝きを眺め、2人は近い未来と遠い将来を見つめながら、いつまでも肩を寄せ合い続けた……。




