戦乙女
鈴の鳴るような、女の子の声。
その主が白鳥雪姫であることに気付き、クラウドはその物体を掴んだまま、ピシッと固まる。
「……三雲くん?」
クラウドは枕になっている温かいものが、雪姫のふとももであることを認識し、自分がひざまくらをされて寝かされている事を理解する。
その体勢から考えると、自分が現在、下から持ち上げるように掴んでいる柔らかい物とは……。
「あの……、そろそろお胸から手を離してくださらないと、あん! わたし、変な気持ちになりそうですわ……」
「わああああああああああっ!」
「きゃあっ!」
クラウドは慌てて飛び起きると、雪姫の前で土下座をする。
「ごめん、白鳥さん! 今すぐ腹を切るから、それで勘弁してください!」
「え、お腹を? ちょっとお待ちを!」
クラウドは服をまくると、リュックからバターナイフを取り出す。
「いや、それではお腹は切れない……じゃなくて、三雲くん、落ち着いて下さい!」
1分後。
「本っ当に申し訳、ございませんでしたっ!」
地面に頭がめり込むかと思うような、日本伝統の謝罪法を見せるクラウド。
「神聖なる白鳥さんのおっぱいを触ってしまい、なんとお詫びをしてよいものやら……」
「いえ、わたしが膝枕をしたかっただけなので、むしろ三雲くんに悪い事をしてしまいましたわ」
雪姫も正座で、三つ指を立ててお辞儀をする。
「あの、この事はできたら内密に。特に晴海には内緒にしてもらえると助かります」
「心得ておりますわ」
ひそひそとお願いするクラウドに、コクンとうなずく雪姫。
なんて優しい娘なんだ。白鳥さんマジ天使。そりゃファンクラブも出来るわけだよ。
と、クラウドは心の底から深く思った。
ようやく一件が落着すると、クラウドは周囲を見渡す。
「あれ、晴海は? あいつらは? あと、あの黄色いデカい奴は? 今、一体どうなってんだ?」
様々な疑問を呈するクラウドの上空から、バラバラと音が響き、ヘリコプターと飛行機の合いの子のような機体が、ミサイルを放出している。
「何だ、ありゃあ!?」
「手短に説明しますと、黄色いロボットは一度は氷室さんに倒されましたが、変身を遂げてあのような姿に。氷室さんは疲れて休息を取られていますわ」
「あ! あいつ、あんなところで寝てやがる……」
「雨森さんたちと服部さんは、あのロボットに対抗するため、晴海ちゃんにお願いされて、時間稼ぎに出られましたわ」
「時間稼ぎ? で、その肝心の晴海は?」
「それは内緒です」
「え、何で?」
「晴海ちゃんから、『もしクラウドくんが起きても、絶対にあたしが何をしようとしてるか言っちゃダメよ』って言われましたので」
と、雪姫はふるふる首を振る。
「いや、それはさすがに教えてくれないと」
「晴海ちゃんと約束しましたし、三雲くんはもう十分頑張りました。これ以上は命に関わりますから答えられませんわ」
「そこをなんとか」
「ダメです。お口チャックですわ」
雪姫は自分の口の前に、指でバッテン印を可愛らしく作る。
押し問答に我慢出来なくなったクラウドは。
「白鳥さん!」
「ひゃあ!」
クラウドは、雪姫の小さな肩をつかんで嘆願する。
「頼む、白鳥さん! 晴海がそんな事を言うって事は、あいつ絶対またムチャをしようとしてる。あいつの近くにいないと、何か起きても助けてやれない。オレはあいつの側にいてやりたいんだっ!」
「み、三雲くん、痛い……」
「あ……、ごめん」
いつの間にか、力強く掴みすぎていたことに気付き、パッと手を離すクラウド。
大変だー、心配だー、と頭を抱えるクラウドに。
「三雲くん……、晴海ちゃんの事が好きなんですか?」
突然、雪姫から放たれる、核心を突いた質問。
ゆるふわ天然お嬢様、小柄な黒髪巨乳美少女の熱視線を受けて、対するクラウドはてらいもなく。
「うん、好きだ。オレは晴海の事を愛してる。あいつの事をずっと守ってやろうと心に決めてるんだ」
一瞬、雪姫は嬉しいような寂しいような複雑な表情を見せる。
「……実は、聞く前から答えは分かっていました。先ほどから晴海ちゃんが好きだとか、絶対に守る的な事を、寝言でずっと言われてましたし」
「えっ? うーわ、マジか!? そりゃ恥ずかしい……」
今度は別の意味で頭を抱えるクラウド。
雪姫はその様子を見て、満面の笑みを浮かべる。
「分かりました、お答えします。晴海ちゃんは『とりあえず、あのロボットを墜としてくる』と言って、出て行かれましたわ」
「ありがとう! でも、墜とすって、どうやって?」
「今は、あちらに……」
雪姫が指し示すしなやかな指の先、月の光に目を凝らして見ると、城の外壁の螺旋階段を、グレネードランチャーを持って駆け上がる晴海の姿が。
「あー、なるほど。あいつらしいなあ……」
うんうん、そうだよ、インディ娘はそうこなくっちゃ。
あいつはこんなところで止まってるような奴じゃないもんな。
どんな敵にも恐れず、怯まず。
目的に向かって、いつもガムシャラに全力で走り続けて。
やっぱり、晴海は根っからの冒険家だ。
「ホント、あいつはスゲェなあ……」
「三雲くん?」
ぶつぶつと一人ごちるクラウドを、心配そうに見る雪姫。
クラウドは、大きく息を吸い込んでタメを作ると、天に向かって雄叫びを上げた。
「……っ、あの、バカーーーっ!!」
*
塔の外壁の階段を、晴海はグレネードランチャーを持って軽快に駆け上がる。
だが、その行く手を阻むかのように、足場がビシッと音を立てて崩れた。
「わっ!?」
とっさに次の段差に足をかけるがまた崩れ、次の階段もこれまた壊れる。
「わったったっ!」
だが、次の足場は崩れずに残り、ガラガラと響く落石音を尻目に、再び晴海は走り続ける。
「ふう、危ない危ない。でも、今のはすっごいインディぽかった♪」
死にかけたというのに、なぜかとても嬉しそうな様子。
晴海は疾走しながら、仲間達の事を想う。
(晴海ちゃん!)
(あんたなら、大丈夫な気がしてきたぜ)
「雪姫……、雹河くん……」
(拙者もお供するでござる)
(オレらは、インディ娘ちゃんと運命を共にするぜー)
「雷也くん、ブラザーズくんたち……」
みんなのおかげで、あたしはここまで来る事ができた。
だから、最後はあたしの手で決着を付ける!
そして……。
(めんどくせー……けど、しょーがねえ。お前の冒険、最後までオレも付き合うぜ)
「クラウドくん……。あたし、あなたには助けてもらってばかりだったけど、最っ高にカッコいい冒険家の姿、今見せてあげるね!」
天に向かって飛翔する戦乙女のように、階段を駆け昇った晴海は、城の屋上に到達する。
真円を描いているその舞台は、フットサルぐらいならゆうに出来るほどの平場になっており、弾除けになりそうなものは、縁にある腰ぐらいの高さの壁ぐらいしかない。
晴海は屋上の中央に立つと、グレネードランチャーを構え、これが戦いの合図とばかりに、ドパンッと号砲を一発ぶっぱなす!




