幻光
「カリスマ教、支部長……」
「オーロラ……」
山瀬から放たれた言葉は、ノーテンキ冒険隊に衝撃を与える。
シャンデリアの光が降り注ぎ、それに照らされた山瀬の姿は、胡蝶蘭を思わせる豪奢な美しさを魅せる。
だが、それは悪の華。
「なるほどな、てめえが本物の支部長か……」
雹河は事も無げにそういうと、フッと姿をかき消す。
次の瞬間。
「なら、てめえをブチのめせば、全て終わりだな」
山瀬の眼前に現れた雹河は、蒼いグローブの左手を軋ませ、華を手折る無慈悲な一撃を叩き込もうとする。
だが。
ガキン!
金属音が響き、なぜかクラウドが、中華ナベでその攻撃を受け止めていた。
「てめえ……、何のつもりだ?」
「そっちこそ、いきなり女に手を上げるなんて、どういうつもりだよ」
ギッと歯噛みする雹河。
「分かっているのか? こいつは敵の首領だぞ」
「だけど、女の子だ。目の前で女性が痛めつけられるのは、黙って見過ごす訳にはいかねえ」
再び火花を散らす、クラウドと雹河。
その様子を見た雪姫は、うっとりしたようなため息をつく。
「はあ……。三雲くんは凄いですわ~、敵と分かっても、山瀬さんをかばうんですね」
「クラウドくんはそういう人よ。特に女の子には誰に対しても、すっごく優しいの……」
晴海は誇らしげに、そして、少し寂しそうに言う。
だが、助けられたはずの山瀬は冷え切った声で。
「愚かな……」
ドドカッ!
連続する打撃音が響き、クラウドと雹河は高台から弾き飛ばされる。
彼女の白くつややかな右手には、黒い鞭が握られている。
さらに山瀬がムチを閃かせ、縛らされて転がされている2人の部下を打擲する。
すると縄が、まるで刃物で切断されたかのように、戒めから解放される部下たち。
ひぃ~と情けない声を上げ、白衣の男、科学部の霧崎は気絶しているもう1人の男を置き去りにして逃げる。
「特殊繊維を編み込んで作られたムチです。打撃武器としては当然、使いようによっては、斬撃武器としても使用できます」
黒いムチがうねるように繰り出され、倒れているクラウドと雹河を襲う。
『ぐあっ!』
「クラウドくん!」
「氷室さん!」
2撃目もまともに食らったクラウドと雹河は、揃って悶絶する。
「見ろ……、てめえがくだらねえ、騎士道精神なんかをひけらかすからだ……」
「るっせーよ……」
さらに追撃を加えようとする山瀬。
そこに、両手を広げて晴海が立ちふさがった。
「やめて!」
晴海は、哀しみを込めた瞳で山瀬を見上げる。
「玲華さん、どうして……? あなたは、本当にあの玲華さんなの?」
「ええ、間違いありません。私は紛うことなく、生徒会副会長の山瀬玲華です」
晴海は、未だに信じられないといった面持ちで。
「あたしたちを、騙していたっていうの……?」
「そうですね。貴女方と行動を共にしている時に、いくつか嘘はついていました。例えば、私は誘拐されたように見えたと思いますが、貴女方に探してもらった古文書を奪うための演技です」
「まさか……」
「まあ、実行部隊に『古文書と副会長を拐え』としか指示してなかったので、本当に気絶させられるとは思いませんでしたが」
と、山瀬は苦笑する。
「じゃあ、あたしたちと一緒に楽しく笑ってたことも、あたしにかけてくれた優しい言葉も、友達になってくれると言った事も、全部嘘だったっていうの!?」
「私は警告したはずですよ。私と友達になると、きっと後悔する事になると」
「信じられない……」
言葉を失い、肩を落とす晴海に。
「我々カリスマ教が、この国の改革を目指している事は知っているでしょう。堕落した大人達によって腐敗したこの国には、荒療治が必要。全ては、私が所属するカリスマ教のためです」
それを端から聞いていた雹河は、くっくっくっと押し殺した笑いをもらす。
「笑わせるぜ。確かに、この国は金と欲に塗れてるが、ガキどもから小銭を巻き上げてる、てめえらの方がよっぽど寄生虫の様に見えるがな」
「我々の崇高な戦いを愚弄するつもりですか。口を謹しみなさい」
「くだらねえ。子供という事を傘にきて、何でも許されると思うなよ」
「黙りなさい……」
カリスマ教を痛烈に揶揄する雹河に、地面を鞭打ち、心胆が凍えるような声色で威嚇する山瀬。
「次は、手加減しませんよ……」
「やってみろよ……。ボクの動きについて来れるならな」
「雹河くん、やめて!」
晴海の制止を聞かず、山瀬に突撃をかける雹河。
その時。血の色を透過したような、山瀬の瞳が鋭い輝きを見せる。
《起ちなさい!》
山瀬が、脳内に直接響く言葉を発すると、倒れ伏していた考古学研究部の男が、やにわに立ち上がり、横を通り過ぎようとしていた雹河に不意の一撃を食らわせる。
ドコォ!
鉄のハンマーで殴られたような衝撃が走り、雹河は部屋の壁に叩きつけられる。
石壁が砕け、雹河はその瓦礫の下敷きになった。
「氷室さん!」
慌てて、雹河に駆け寄ろうとする雪姫。
だが、弥生時代の貫頭衣に勾玉を首にかけ、埴輪を持った考古学研究部員達が、十数名ほど何処からともなくワラワラと湧いてくる。
「きゃあ!」
「うわー!」「助けてくんろー!」
雪姫を始め、そこにいたクラウド、晴海、ブラザーズを一斉に捕らえ、山瀬がいる玉座の元に引き立てる。
「私の子飼いの考古学研究部は、私の『瞳術』で洗脳を施してあります。脳のリミッターを外してますので、抗っても無駄ですよ」
脱出しようともがく冒険隊だが、考古研2~3人がかりで押さえつけられている上に、1人1人が人間離れした強い力を発揮しているため、それはかなわなかった。
「信じられない……」
晴海は、先ほどの言葉を再び呟く。
「私に裏切られた事ですか? 私はこうも忠告しましたよ、私と友達になると辛いだけと、不幸になるだけと……」
「違う! あたしが信じられないのは、玲華さんはこんな事を平気でできる人じゃないってこと!」
晴海は涙で潤んだ黒い瞳を、山瀬に向ける。
「あたしは、まだ信じてるよ。あたしたちのバカ騒ぎに楽しそうにつきあってくれたり、一緒にスパゲティを食べたり、一緒に戦ったり、ノーテンキ冒険隊と一緒に過ごした、あの玲華さんこそが、本当の山瀬玲華さんの姿だって!」
山瀬は無表情のまま、晴海を高台から見下ろす。その傲然とした態度は、心の動揺を取り繕うためのようにも、一瞬だけ見えた。
「なんで、こんなことをしているの……」
「先ほども言ったはずです、カリスマ教は世界の変革を目指していると……」
「それも違う。あたしは、カリスマ教のオーロラじゃなくて、山瀬玲華さんとお話がしたいの」
しばらくの時間、沈黙が部屋を支配する。
「……少し、昔話をしましょう」
山瀬はゆっくりと、誰に聞かせる風でもなく、ぽつりぽつりと語り始める。
「昔、ある所に髪や肌の色が白い少女がいました。少女はその容姿のせいで、小さい頃からずっといじめに遭ってきました。女性からも男性からも虐げられ、それは成長するにつれ段々とエスカレートし、そして、とうとう少女が中学3年生の夏に、口では言えないような、とても酷い事をされました」
山瀬は、きゅっと自らの白い腕をかき抱き。
「全てを失った少女は、自ら命を絶とうとしていました。ですが、その時。少女は不思議な少年と運命的な出会いをしたのです……」




