決着2 vs剣道部
「忍者ごっこしようぜー!」
「わー、ぼくもやるー」
「ぼくも、ぼくもー」
公園で子供たちが集まって、楽しげに遊んでいる。
最近のお気に入りの遊びは、男の子が大好きな忍者ごっこ。
「ねえ、らいやくんは名字がはっとりだったよね?」
「うん、そうだよー」
雷也と呼ばれた小柄な少年は、友達からの問いにうなずく。
「イガ忍者に、はっとりって人がいたんだって、もしかしたら、らいやくんは忍者の子孫じゃないのかな?」
雷也は初めて聞くその話に、目をキラキラと輝かせて大きくうなずき、胸の前に両手で印を組む。
「うん! たぶん、ぼくは……せっしゃは、忍者のまつえいでござる!」
「あははははっ、らいやくん本物の忍者みたいだ!」
「じゃあ、らいやくんはイガ忍者ね、ぼくはコウガ忍者をやるよ」
「じゃ、おれはフウマ忍者!」
「それじゃあ、みんなで修行でござる!」
類まれな身体能力を持ち、時代の影に生きる、戦国の世の忍者。
忍者に憧れない男の子は存在しないと言っても過言ではなく、いつか忍者になる事を夢想し、雷也たちはいつも修行と言う名の忍者ごっこに興じていた。
だが、少年たちは成長するにつれ、子供らしさを失って行くにつれ、そんな事など無かったかのように、忍者への憧れを忘れていく。
仲間が1人、また1人と去っていくのを寂しく感じながら、忍者の子孫と言われた雷也少年は、それでも自分の夢を信じ、中学生になっても、高校生になっても、日々忍者の修行に勤しみ続ける。
いつか、本物の忍者になる事を夢見て……。
*
ドーン……と、足元の大きな爆発音が雷也の耳に入る。
「むらさめ殿でござるか……? 無事でござろうか……」
「人より自分の心配をした方がいいんじゃないのか?」
幾つかの刀傷を受け、紫色の忍者服を赤く濡らしている雷也。
致命傷こそ無いものの、おびただしい出血で足元がおぼつかない。
ノーテンキ冒険隊・服部雷也と、剣道部主将・砂治嵐の対決は佳境を迎えていた。
剣道三倍段という言葉どおり、徒手空拳と剣術では、間合いの差で圧倒的に雷也に不利な状況である。
それに加えて。
「風破斬!」
繰り出される剣撃。雷也はそれを紙一重でかわす。
いや、かわしたつもりだったが、空気の刃が雷也の皮膚を裂く。
「くっ、でござる!」
それでも、眼前の敵に挑みかかる雷也。だが、流れ出る血と共に体力も奪われ、彼本来のスピードが失われている。
「甘い」
軽くいなされ、更なる斬撃を受ける。
ついに、雷也は膝をついた。
「やはり、くらうどのようには行かないでごさるなあ……」
雷也は流血でかすむ目を、砂治に向ける。
「強いでござる……。それだけの実力を持ちながら、なぜ、かりすま教などに身を堕としているのでござるか?」
「冥土の土産に教えてやろう。1カ月前、俺は試合で対戦相手を殺した」
「それは、誤解だと言ったでござるよ。聞いたところでは相手は生きているらしいでござる。もう、気に病む事ではないでござろう?」
「確かに俺は、血を吐いて倒れる相手を見て恐怖を覚えた。だが、それ以上に別の感情も芽生えていた。自分の剣で敵をねじ伏せる喜び、これがもし真剣だったなら……とな」
砂治は、唇の端に微笑をにじませる。
「つまるところ、剣術とは人を殺すための業。俺はその日から、危険な戦いに身を投じる場所を探していた。剣の道を極め、敵をためらいなく斬り殺す事ができる剣客を目指すため。そして、行き着いたのがカリスマ教という訳だ」
「……それは、間違っているでござる!」
雷也にしては珍しく、声を荒げて一喝する。
常に温厚で、怒っている所を人に見せる事の無い雷也が、怒りの感情を表した。
「『剣の道は人の道、心正しかざれば剣正しからず』。拙者が覚え聞く、剣道の理念でござる。そのような心持ちでは、とても剣の道など極められるとは思えないでござる!」
「ござるござる、うるさいぞ! 忍者の真似事をして格好つけているだけの貴様に何が分かる?」
剣士でもない男から、剣の道を諭され、憤る砂治。
「確かに拙者は、忍者としては未熟。だが、先程の理念は道を極める者に共通した精神でござる。同じ剣の道を志す草薙殿も、今の砂治殿を見たら悲しむでござろうな……」
「あいつの事など関係ない!」
「それなら、なぜ草薙殿の事になるとムキになるでござるか?」
言葉に窮する砂治を見て、雷也は効果有りと見る。
「草薙殿は、砂治殿の事を一身に案じているでござる。1人の女子も幸せにできない剣に何の価値がござろうか!」
「黙れ!」
「お前のような者に草薙殿は任せておけないでござる。草薙殿……いや、凪沙殿は……」
雷也は、再び立ち上がると鉄拳を構え直す。
「拙者が、嫁に貰い受けるでござる!」
「ふざけるなあっ!」
激昂しながら、斬撃を繰り出す砂治。だが、雷也はそれを余裕を持ってかわす。
「剣筋が乱れてるでござるよっ!」
ドガッ!
回し蹴りを砂治に放ち、右肩に痛烈な一撃を与える。
「ぐっ!」
「ようやく、有効打が出たでござる!」
雷也は一気呵成に攻め込むと、何撃かを砂治に叩き込む。
苦し紛れに放たれた刀の一閃を、宙返りで逃れて、雷也は間合いを取り直す。
よろつく砂治に、更に雷也は啖呵を切る。
「殺人剣に光は無いでござる。それでもその道を歩むというのなら、拙者を殺して行くがいいでござる」
「調子にのりおって……、いいだろう。これで、お前の命を断ち切る!」
砂治は攻撃型の構え、八相に刀を構えると、鋭い踏み込みから突きを繰り出す。
怨念が籠もった、死を孕んだ一撃が雷也の喉元を狙う!
バキーンッ!
金属の砕ける音。
刃先が到達する直前、雷也は拳と拳で挟み込み、砂治の刀を叩き折る!
「馬鹿な……!」
「『突き』で来るのは分かってたでござる!」
雷也は、左中段突きを砂治の肝に入れる。
「ぐおっ!」
崩れかける砂治の顎を拳でかち上げ、右下段の蹴り、繋いで左上段蹴り。
軽い踏み込みから顔面に右の肘打ち、その勢いで左の回転裏拳を後頭部に当て、前のめる体に右中段回し蹴りから左上段後ろ回し蹴りを繋ぎ、勢いで雷也の体が浮いた。
「ふぃにっしゅでござる!」
回転しながら振り上げた右足を、稲妻の様に脳天に叩き落とし、ドゴッと鈍い音を響かせ、砂治は体ごと床に叩きつけられた。
部屋に一陣の風が舞う。
「超必殺『雷轟連武陣』でござる」
雷也の持ちうる身体能力を最大限に生かし、全ての攻撃を間断なく撃ち込む、乱舞系の超必殺技。
「先に凪沙殿と一戦交えてなかったら、とても勝つ事はできなかったでござろうな……」
先日の草薙凪沙との戦いの際、草薙流の奥義として繰り出されたのは『突き』技。
雷也が執拗に砂治を挑発したのは、ひとえにそれを引き出さんがためであった。
「雨森兄弟の戦いぶりも、けっこう参考になったでござる」
大木をブチ折るほどの破壊力をまともに受け、倒れ伏したまま動かない砂治。戦いは終わったかに見えた。
だが。
「な……ぎさ……」
「何っ、でござる?」
血反吐を吐きながら、ゆっくりと起き上がる砂治。
「凪沙……、凪沙……」
「まさか、あれを受けて立ち上がるのでござるか……?」
ゆらりと立ち上がるその身には、どす黒い気炎が揺らめき立つ。
「うおおおおおおおおおおーーーーーっ!」
絶叫を上げて、解き放たれる砂治の激情。
その双眸は、怒りと哀しみを秘めた、紅の輝きを放っていた。
ドンッ!
「!?」
地面を蹴る音を響かせて、突進してくる砂治。とっさに飛び退いてかわす雷也。
だが、砂治は突撃の勢いそのままに、壁を蹴って飛び、対面の壁を蹴り、天井を蹴り、まるでピンボールのように、部屋の中を縦横無尽に飛び回る!
「人間技じゃないでござる……、かくなる上は!」
ドバキッ!
視認できない速度で動く砂治に、雷也は一か八かで蹴りを繰り出したが、それが見事に大当たり!
カウンターを食らった砂治は、床をバウンドし、壁に叩きつけられた。
「あ、当たったでござる……」
倒れて転がる砂治。だが、それだけの打撃を受けても、またしても、痙攣を起こしながら立ち上がろうとしている。
「しぶといっ……! 砂治殿の凪沙殿への想いはそれほどまでというのでござるか!?」
「ナギサ、ナギサ、ナギサァーーーッ!」
「まずい、精神に異常を来しているでござる。次は無い。一撃で決めるでござる!」
砂治は血の涙を流しながら、狂ったように刀を振り回す。
その剣圧が、嵐のように幾度も襲う中、雷也は拳を腰だめに構えながら突っ込んで行く。
「刃の折れた刀では、拙者は切れないでござる!」
雷也は弾丸と化した右腕を、紅の剣鬼に繰り出した!
ドッ…………ゴーーーーーンッ!
究極の正拳突きが炸裂し、着撃点を中心に風が広がる。
「一撃系超必殺技『雷切』。初披露でござる」
大の字に倒れた砂治は、微かな意識と黒い瞳を取り戻し。
「俺は……、負けたのか……?」
砂治の言葉に、静かに頷く雷也。
「そうか……。あいつを……、凪沙をよろしく頼む……」
「お断りするでござる」
「なんだと……?」
「拙者では、凪沙殿を笑顔にする事は出来ないでござる。彼女の行く末を案じるなら、とっとと帰ってお前が面倒を見ろ。人任せにするなでござる」
「ははは……。さすが、忍者だ……、きびしいな……」
久しぶりに、あいつの顔が見たくなった……。
最愛の女性の面影を脳裏に浮かべながら、砂治の意識は安らかな光に包まれ、本当の眠りにつく。
彼は、ようやく長い悪夢から覚めたのであった。
雷也は砂治の元に、草薙の手紙を添える。
「流石は、凪沙殿の彼氏でござった。心身ともに万全の状態なら、正直手も足も出なかったでござろうな」
雷也は傷だらけの身体をかかえ、部屋の出口へ向かう。
「世界は広い、強い奴はたくさんいるでござる。拙者もまだまだ修行が足りないでござる……」
現代に生きる忍者、服部雷也は、仲間たちと合流するべく、砂治の部屋を後にした。




