寝床探しと抱き枕
「だけど、クラウドくんがこーんなに強いなんて思わなかったな」
こーんなにと両手を広げるジェスチャーをして、ニコニコ顔で晴海が褒める。
「うーん。店に強盗が来るかも知れないからって、親父から鍛えられてるからねえ」
クラウドは、苦笑いをしながら頭をかく。
「クラウドの親父さん、色々ぶっ飛んでるからなー」
「店って、アルバイトか何かやってるの?」
「オレん家、雑貨屋やってんだ。良かったら買いに来てよ、安くするからさ」
「オレらにゃ、ガチで定価で売るくせに」
「るっせーな。オレもしょっちゅう銭湯入りに来てるだろ。お前らも売上に貢献しろ」
クラウドと晴海が先頭を行き、ブラザーズがそれに連れ立って歩く。
4人は今日の寝床を確保せんと校舎に向かった。
家に帰って寝れば良いのではないかとは思うのだが、晴海の話では2つの理由でそれは無理らしい。
1つは、事前の調査や聞き込みの結果、誘拐された生徒会役員15名を校外に運び出すような怪しい動きは存在しなかった。すなわち、生徒会は学校内に囚われているとの事。
もう1つは、一度校内から出たら、生徒会を捜索しているライバル達から締め出されて、二度と入れなくなってしまうとの事。
そのため、しばらくは学校で行動を共にし、一緒に寝泊まりする事になった。
奇妙なシチュエーションの中、『一つ屋根の下で夜を明かす』というフレーズが頭の中をリフレインしているクラウドは、やはり単純バカである。
「あー、やっばり開いてないみたいね」
玄関口から校舎内に入ろうとしたものの、鍵がかかっている。
「何で? 生徒らに捜索させるなら、カギ開けとけばいいのに」
「もしかしたら、先回りしたどっかの部員が、他の部を入れない様にしてるのかもしれないね」
「めんどくせえな」
たかだか、校舎に入るだけでもこの始末。
「じゃあ、どうやって入るんだ?」
「ふふん♪ こういう事もあろうかとっ!」
晴海はドーンと胸を叩く。
強く叩きすぎて、ゲホゲホ咳き込む。
「何やってんの?」
「……あたしのクラスの窓を開けといたから、そこから入りましょ」
クラウドたちは、晴海のクラス1-10教室に校舎の外から侵入を試みる事にする。
上沢高校の校舎は、南の校門側から順番に、教室棟・食堂購買棟・文化会系クラブ棟・専門教科棟(通称、六角校舎)で構成されている。
教室棟は、第一・第二校舎に分かれていて、1・2年生は南側の第一校舎、3年生は新しい第二校舎を使っている。
晴海の教室は第一校舎の2階にある為、どの様に攻略するかが問題になる。
「こうして見ると、けっこうキツいな」
クラウドは2階のベランダを見上げて言う。ベランダの手すりまで5mはあるだろうか、肩車をしても無理である事は一目瞭然。
「でも、1階はどこも開いてなかったし、他に方法はないよ」
「このパイプを伝って行けばいいじゃないかー」
ブラザーズは壁に伝わっている、雨どいを登って行く。
金具が古くなっていたのか、雨どいは根元から外れ、メキメキ、ドベシャーンと、2人はパイプの下敷きになった。
「おーい、生きてっか?」
「1人ずつ登った方が良くない?」
今更ながらに言う晴海。
これでまた上に行く手段が無くなり、振り出しに戻る。
「うーん、かぎ縄があったらいいのにな」
「かぎ縄か……。しょうがねーなあ」
もったいつけながら、クラウドは背中のリュックから傘を取り出し、先端にロープを結わえ付ける。
「そのバックって、色々入ってるのね」
「よし完成、これならいけるだろ!」
傘を放り投げ、ベランダの手すりに引っかける。
ロープを引っ張ってみても手ごたえ十分、1人分の体重なら軽く耐えられそうだ。
「大丈夫? 登ってる途中で壊れたりしない?」
「三雲雑貨店の取り扱い品は、そんなヤワじゃないよ」
クラウドが安全を確認し、その後全員で登る。
無事、難関を突破した。
「よーし、じゃあ中に入りましょうか」
晴海は窓を開けて、教室に忍び込む。クラウドたちもそれに続く。
当たり前の事だが、教室内には誰もいなかった。
夜の教室。闇のファインダーを重ねると、見慣れたはずの平凡な一風景を、まるで別世界の景観へと変えてしまう。
吹き抜ける風が心地良い。
ブラザーズが教室の蛍光灯のスイッチを入れようとすると。
「電気は付けちゃダメよ」
「え、なんで? 暗いじゃないかー」
「あたし達がここにいるって、バレちゃうじゃない」
確かに、明かりを付けたら外から丸見えだ。
当然と言えば当然なのだが、晴海は本当に細かい事まで良く気づく。
伊達に美少女冒険家なんて名乗っている訳ではないのかな、とクラウドはちょっとだけ思う。
「よし、寝ましょ」
「もう寝るのか!?」
「だって、もう10時よ。あたし冒険家だから、本当はもっと早寝早起きなの」
自分のロッカーから寝袋を取り出す。スリーシーズン用の封筒型寝袋だ。
「オレらの分は?」
晴海は、あはははっと笑いながら。
「そんなのある訳ないじゃない」
「って事は、オレらザコ寝?」
「自分だけずるいなー」
「そんな事言ったって、寝袋は高いのよ、数揃えられる訳ないじゃない!」
封筒型寝袋は、冬山用のミノムシ型に比べると、保温力は劣るが手軽さと値段は若千お手頃になっている。
だが、そう安い物でもない。
晴海は新聞紙を、クラウドたちに向けて放り投げる。
「新聞紙は保温力があるから、巻いて寝たら暖かいよ。試してみて」
まあ、それならと体に巻いてみる。
確かに暖かいが、カサカサ感が何とも言えず、みすぼらしい。
「うう、みじめやー」
嘆くブラザーズ。彼らは半袖半ズボンなので、寒さが身に染みるだろう。
クラウドも気持ちは同じだ。
「あたし、こっちで寝るから。おやすみなさい」
晴海は、3人と少し離れた場所で寝袋に入る。
クラウドたちも体を横たえる。
「あー、ねたねた」
新聞紙で春巻状態のブラザーズ達がなんか言っているが、それもつかの間、静寂が訪れる。
「あ、そうだ。クラウドくん」
晴海はムクッと起き上がり、こっちを見る。
「なに?」
「あたしが寝てるからって、襲っちゃダメよ♪ じゃ、おやすみ」
いたずらっぽく笑って、晴海は再び寝袋の中に潜り込む。
「……」
見ると、ブラザーズがニヤニヤしている。ムカついた。
「めんどくせー……」
可愛いけどやっぱり変な女の子と、ボケまくりの悪友たち。
ホント、明日からが思いやられる。
そんな事を思いながら、クラウドは眠りについた。
*
それからしばらくの後。
クラウドは、右腕に違和感を感じて目を覚ました。
「なんか、腕がしびれるな……」
腕を持ち上げてみる、動かない。何か上に乗っかっているみたいだ。
クラウドは、寝ぼけまなこを開いて見てみる。
眠気が一発でぶっ飛んだ!
晴海がクラウドの腕を枕に、寄り添う様に寝ていた。
(こッ、コレは一体っ!)
衝撃に思わず声を上げようとするが、辛うじて呑み込む。
どうしてこんな体勢になったのか分からない。位置関係から、彼女が転がって来たとしか思えない。
晴海は見かけによらず、寝相が悪く、寝袋から体がはみ出している。
スースーという寝息が頬にかかり、髪の甘い香りが鼻孔をくすぐる。
ほんのちょっと顔をずらすだけで、唇が触れてしまいそうな距離感だ。
(と、とりあえず腕を抜かないと……〉
こんな所、ブラザーズに見つかったら、何言われるか分かったもんじゃない。
クラウドは晴海を起こさない様に、そーっと頭から腕を抜く。
だが今度は、晴海はクラウドの腕を抱き枕の様に抱き締めてくる。
服ごしだが、柔らかい感触がほんのり伝わってくる。
(おいおい、マジかよ! やばいって……)
本当は嬉しい事態なのかもしれないが、根が純情なクラウドには、この状況を楽しむ余裕など無い。
何とかこの現状を打開したいが、これ以上動かしたら間違いなく彼女を起こしてしまう。
そうなったら、弁解のしようが無い。
晴海は何も知らずに満足そうな笑顔で寝ている。まさに天使の寝顔だ。
こうなったら、開き直って寝るしかない。
晴海の存在を意識しない様に、気合を入れるクラウド。
ホント、オレこれからどうなっちゃうんだろう……。
クラウドは再び眠りにつく……、なんて事ができる訳がなかった。
こうして、5月2日の夜は更けていった。