最上階で待つ者
「はぁ、はぁ……」
「クラウド、大丈夫か?」
クラウドたちは、最上階に続く階段を登っている。
クラウドを先頭に、ブラザーズはその後をついていくが、クラウドは脇腹を押さえながら、足を引きずるように歩いている。
「へへっ、どうやら痛み止めが切れちまったみてーだ……」
「そりゃ、あんだけ飛んだり跳ねたり、無茶してりゃあなー」
「なんなら、肩貸そうか?」
クラウドは後ろを振り向くと、ブラザーズの好意にふるふる首を振り。
「いらね。お前らに貸しを作ったら、後から何を請求されるんだか」
「そんだけ減らず口を叩けりゃ充分だなー」
「なら、キリキリ歩けい」
ブラザーズは、後ろからクラウドの尻に蹴りを入れる。
「だからって、そんな邪険にしねーでも……」
そうして、なんとか塔の中の螺旋階段を登り切ったクラウドたち。
「ここが最上階か……」
上を見上げるとステンドグラスの天井が、月の光を透過し、足元に色とりどりの夢幻の世界を繰り広げる。
おそらく最後の関門になるであろう、部屋の鉄扉を3人は静かに開けた。
「趣味悪りー……」
天井のシャンデリアで照らされた部屋、横には黄金の像が飾られ、足元に広がる赤絨毯の伸びる先、一段高くなった場所の玉座に黄フードの男がいた。
「おい、お前がカリスマ教の親玉だな!」
「インディ娘ちゃんと雪姫ちゃんを返せー!」
『ふん、やっと来たか。待ちくたびれたぜ……』
聞き覚えのある不遜な声に、クラウドたちは顔を見合わせる。
「おい、お前……?」
男は玉座から立ち上がり、無造作にフードを捲り上げると、白金の髪が零れ落ちた。
「うーわ、マジかー!?」
「氷室! 何で、お前が!?」
「この格好を見て、理解できないか。脳みそ持ってるのか?」
「何だと……。まさか、お前がカリスマ教の黒幕だったのか……?」
雹河は唇の端を僅かに吊り上げ、クラウドはそれを肯定の意味と取る。
「上沢高校を消滅させようとしてるのも、晴海をさらったのも、全てお前の仕業なのか!?」
「だとしたらどうする?」
「否定はしねえんだな……」
クラウドは雹河を見据え、拳を握る。
「許せねえ……! オレがぶっ飛ばしてやる!」
「ならやってみろよ。女1人守れないクズにできるもんならな」
雹河はフードを脱ぎ捨て、元の黒コート姿になると、右手の親指で鉄扉を指差す。
「晴海と白鳥財閥の令嬢は、そこの扉の先にいる。ボクを倒すことが出来たら、解放してやるよ。あと……」
雹河の姿がかき消え、こっそり扉に向かおうとしていたブラザーズの前に現れる。
「抜け駆けは禁止だ」
「やってやるぜ……、負けて吠え面かくなよっ!」
クラウドと雹河はお互いダッシュで問合いを詰める。
雹河は顔面にストレートを撃つ。クラウドは避けずにカウンターパンチを放つ。
クロスカウンター!!
クラウドは歯を食いしばり、拳を頬で受ける。
そのまま、クラウドと雹河は防御を無視してお互いに殴り合う。
「てめえ……。なぜ、いつもの様に避けない?」
「避ける暇があったら、お前の面にブチ込んでやりてーからだよっ!」
本当は違う。
真っ正面から殴り合うのは今までの自分にケリを付けたいから。
オレはあの時、晴海の気持ちから逃げ、晴海を傷つけてしまった。
もう、オレは二度と逃げたりしない。
こいつに真っ向勝負で勝ち、オレはそれを証明する!
クラウドは、雹河の顎に向けアッパーを放つ。が、雹河はそれを見切ってかわす。
代わりに雹河の掌底が、クラウドの右脇腹を狙う。
とっさに肘でガードするクラウド。
素早く態勢を立て直し、再度攻撃に移ろうとする。だが。
「ぐっ!」
確かに防御したはずが、衝撃が体内を駆け巡り、膝をつく。
「中国拳法の発勁のようなものだ。ガードを貫いて内部にダメージを与える事が出来る。中学の時と一緒にするなと言わなかったか?」
こいつ、前より強くなってる……。
脇腹に負った傷の痛みがぶり返し、顔をしかめるクラウド。
「くだらねえ……」
それを見て、雹河は攻撃の構えを解いた。
「やめだ……、降参しろ、三雲」
「あ? どういうつもりだ?」
「手負いのてめえに勝ち目は無い。後はなぶり殺しになるだけだ。心配するな、晴海はボクがたっぷりと可愛がってやる。ありがたく思え」
「っだと……! ナメんじゃねえーっ!!」
リュックから取り出したメガ正宗で、自分の脇腹を殴るクラウド。
「!?」
「っつ、かあああああーーーーーっ! 気合い入ったーっ!」
唖然とする雹河に、クラウドは中華ナベを突き付け。
「ケガなんて痛くもなんともねー! 絶対にお前を倒して晴海を取り戻す! 殺せるもんなら殺してみやがれ!」
クラウドの闘志の炎に当てられ、雹河は氷の男に相応しくない笑いを見せる。
「バカが……、死ぬ覚悟ができた様だな」
パキッと蒼いグローブの左手を鳴らす。
「なら、てめえの望み通り、手加減抜きで殺ってやるぜ」
黒いコートの裾を翻し、雹河の影が一瞬でクラウドの背後に回る。
「そんなの止まって見えるぜ!」
クラウドはすでに防御態勢を取っており、雹河のパンチをメガ正宗で受け止めていた。
雹河は間合いを空けると、すぐに姿を消す。
次はクラウドの背後と左サイドに現れたかと思いきや、右サイドに現れる。
「と、見せかけて3段フェイントだろ!」
クラウドは正面に出現した雹河に中華ナベを振り下ろす。が、それもフェイク!
「4段フェイントだ」
雹河はクラウドの背中に蒼いグローブ、冷気を纏った左の掌底を打ち込む。
とっさにメガ正宗で防御するクラウド。だが、掌底の衝撃は、防御無視で貫通する。
まともに受けたクラウドは、勢いよく吹っ飛んだ。
「チッ、本気で殺す気で撃ったがな……」
ムクリと起き上がるクラウド。その両手にはメガ正宗と、伝説のフライパン、ピコ正宗が握られていた。
「おお、二刀流かー!」
「中学の時に言ったはずだぜ、お前の動きは見切ったってな!」
「やるな……。だが、もう左手は動かせない筈だ」
クラウドの左手が凍り付き、フライパンから離す事ができない。
だが、クラウドはためらい無く、ベリベリッと強引にフライパンをひっぺがし、カムチャッカマンで凍った左腕をあぶる。
「熱っちっちっちっ! 誰の手が動かねーんだって?」
クラウドは左手をにぎにぎして状態を確める。
凍りついた皮膚を無理やり剥がした左手から、流れ出る血が絨毯を染める。
だが、そんな事はお構い無しに、クラウドは再び中華ナベとフライパンを構えた。
「やはり、てめえが相手だと退屈しないぜ……」
「あー? 何か言ったか?」
とはいえ、このまま防戦一方ではジリ貧になるのは確実。
クラウドは打開策を練ろうとするが。
「何をボサッとしている?」
一瞬の隙を突いて、クラウドの側面に現れた雹河は、さらに強烈な掌底を加える。
「ぐわあああーっ!」
「クラウドー!」
クラウドは弾かれたように吹き飛び、石壁に叩きつけられる。
追い討ちをかけるべく、ゆっくりと歩み寄る雹河。
だが、ブラザーズがその間に割って入る。
「どけ……、死にたくないならな」
『いやぴょーん』
「死にたいらしいな……」
雹河との実力の差は、東中時代に思い知ってはいるが、ブラザーズはそれでもクラウドを守り、道を譲ろうとはしない。
すると。
「ブラザーズ……、悪いがそこ、どいてくれねーか」
「クラウド……」
ふらふらと立ち上がり、北斗と南斗の間を抜けて、歩くクラウド。
「オレは決めたんだ、オレはオレの手で、オレの力で晴海を救い出すと。もう少し、あともう少しで、何かが見えてきそうなんだ……」
傷の痛みも体力も限界を迎えながら、それでも雹河に立ち向かう。
「下がっててくれ、次はあいつを捉えてみせる!」
「口だけは減らないようだな。なら、望みどおりにしてやる!」
雹河は爆発的に加速すると、クラウドの周辺に複数の雹河の残像が現れる。
そして、対するクラウドの行動に、ブラザーズは思わず叫び声を上げた。
『目をつぶってる!?』
 




