乙女の危機
「ニワカ、容体はどうでぇ?」
ムラサメ小隊のベースキャンプの一角、傷病者を収容する医療班のテントにクラウドを運び込んだ晴海たち。
クラウドは、組み立て式の簡易ベッドに寝かせられ、ムラサメ小隊の副隊長兼、料理長兼、軍医のニワカ軍曹の診察を受ける。
ちなみに、ニワカは医者の息子であり、医師免許こそ持っていないが、簡単な手術くらいはできる実力を持っている。
「うーん、あばら骨にヒビが入ってますね。安静にしていて全治2ヵ月。いや、若いから1ヶ月かな? まあ、命には別条ないっす」
「良かった……」
ひとまず、ほっと胸を撫で下ろす晴海。
「ただ、なんでかめちゃくちゃ衰弱してるみたいすから、しばらく寝かせてた方がいいっすね。じゃ、俺は晩メシの準備があるんで」
ひと仕事済んだとばかりに、ニワカ軍曹はテントを離れた。
「クラウドくん……」
晴海は、死んだように眠るクラウドの手を握り締め、涙で濡らす。
「ごめんなさい、あたしがこんな事に巻き込んだせいで……。本当にごめんなさい……」
「おめぇのせいばかりじゃねぇさ。こいつも愛する彼女のために、一緒にここまで来たんだろ? 納得の上だと思うぜ」
「あたしは……彼女とか、そんなんじゃないんです」
「あ? そうなのか? 俺様ぁ、てっきり……」
バツが悪そうに頬をかくムラサメ。
晴海はクラウドの寝顔を見つめ、再び鳴咽を漏らす。
しばしの間、泣き濡れていたが、ふいに晴海は顔を上げた。
「あたし、もう行かなきゃ」
「あん? どこに行くつもりだ?」
「また、あの城に。雪姫やブラザーズくんたちを助けなくちゃいけないし、それに、元々これはあたしの戦いだから」
「そうかい……」
「それ、もう使えないの?」
ムラサメが手の中でいじっている、ワイヤーアームを見る晴海。
「ああ、無理な負荷をかけたせいで、モーターが焼けついちまったみてぇだな。まあ、ずっと無茶な使い方してたからなぁ。寿命みてぇなもんだ、気にすんな」
ムラサメは名残惜しそうな様子も見せず、ワイヤーアームをゴミ箱に放り入れる。
後から、ニワカに見つかって、ちゃんと分別をしなさいと怒られるやつである。
「それもあるけど、それを借りられたら、潜入がしやすかったのになと思ってね」
「ははっ、おめぇは抜け目ねぇ奴だな。俺様たちもできれば手助けしてやりてぇ所なんだが……」
「ううん。本来は敵同士なのに、ここまでしてくれてありがとね。クラウドくんの事をよろしくお願いします」
そして、晴海はクラウドを見つめると。
「……隊長さん、クラウドくんが起きたら、伝えて欲しい言葉があるの」
「なんだぁ? 愛のささやきか?」
冗談めかして言うムラサメに、晴海は決意を込めた瞳を見せて。
『あたしの事は忘れて。もう、顔を見たくないから』
晴海の言葉で、テントの中に重い沈黙が降りる。
「……俺様からの2つ目の質問だ。本当に、それをこいつに伝えていいのか?」
こくんとうなずく晴海に、ムラサメはいまいち納得のいかない表情を見せながらも。
「……分かった。確かに伝えとく」
「うん、ありがと」
そして、晴海は再びクラウドを見つめる。
「あの……、ちょっとだけ、後ろを向いててくれないかな……」
「? まあ、いいけどよ」
ムラサメは、言われたとおり背を向ける。晴海はそれを見ると。
(クラウドくん……、今までありがとう。そしてごめんね。これはあたしからの、せめてものお礼……)
晴海は眠っているクラウドに唇を重ねる。
お互いにとって、2回目のキス。
それは、美しくも悲しい別れの味がした。
晴海は、静かに唇を離す。
「あたし、もう行くね。……さよなら」
悲壮な決意を胸に、晴海はベースキャンプを後にする。
「さぁて、どうしたもんかねぇ……」
振り返りながら、独りごちるムラサメの右手には、なぜか光るナイフが握られていた。
*
「まずったね……」
『いたぞ! こっちだ!』
夜陰に乗じて、再びカリスマ教の根城に潜入した晴海であったが、昼間にひと騒動起こした後だったので、城の警備は思ったよりも厳しく、あっさりと発見されてしまった。
「えーい、これでも食らえーっ!」
晴海は、ガチャガチャの玉をパチンコで放ち、敵に命中して破裂。
中に入っていたコショウが、敵の顔面に降り注ぐ。
「よっし、新型コショウ玉大成功! 狙ったのは別の奴だったけど、結果オーライ!」
『ヘークション! グシャン! ふざけやがって……、アイツを捕まえろーっ!』
むしろ、火に油を注いでしまった晴海は、茂みに隠れて敵をやり過ごす。
「やっぱり、あたし1人じゃ無理なのかな……」
ともすれば、萎えそうになる気持ちを、晴海は奮い立たせる。
「戦力は圧倒的に不利。なら、ゲリラ戦で行くしかないね」
その時、晴海は遠くで、犬の鳴き声が聞こえた様な気がした。
「……まさかね」
ワンワンと、今度は本当に聞こえる。
犬だ。犬の鳴き声だ。
晴海は、ビクンと身をたじろがせる。
「うそ……、カリスマ教って、番犬まで飼ってるの!?」
子供の時に襲われて以来、犬は恐怖の対象の晴海。
鳴き声は次第に近付いて来る。
逃げなきゃと思っても、近くにいると考えただけで、体が震えて動かない。
晴海の匂いを嗅ぎつけた犬が、激しく吠えたてる。
茂みをかき分けて、現れる警備兵とドーベルマン。
とうとう、居場所をつきとめられてしまった。
「いや、近付かないで……」
壁に追い詰められる晴海。
犬の牙を見ると、あの時の恐怖が思い出される。
「犬怖い、来ないで……」
ドーベルマンが一際、高く吠えた。
「いやあああああっ!!」
*
数刻の後。
敵の虜となった晴海は、蝋燭のはかない灯りだけが暗闇を照らす、城の地下の拷問室に連れて行かれる。
「くっ、殺せ!」
「そんなセリフが出るなんて、キミ意外と余裕あるね」
ジャリンジャリンと、立ったまま両手両足を鎖で繋がれ、ほとんど身動きが取れない晴海。
「あんた、あたしをどうする気!」
「どうするかどうかは、処刑執行人の僕が決める事さ……」
白衣の男、科学部部長の霧崎丞機は、嘗める様な目付きで晴海を見つめる。
メガネの上からでも見てとれる、端正な顔立ちだが、その目に浮かぶ狂気の光が、何者も寄せ付けない、爬虫類を思わせる容貌にも見えさせる。
「キミの心掛け次第では、この僕が手心を加える事もできるんだよ……」
霧崎は骨張った手を、晴海のささやかな胸のふくらみへと伸ばす。
晴海は首を傾けると、ガブッと霧崎の手に噛み付いた。
「ぐあっ!?」
続いて、鼻面に頭突きをお見舞いする。
「あんたなんかに、触らせてあげないもんね、ベーっだ!」
「くっ、この女……」
霧崎は、スタンガンを晴海の脇腹に押し付ける。
「ぐっ!」
悲鳴を上げる事もできずに、うめく晴海。
「僕は、おとなしい女の子が好みでね……」
霧崎はしゃがみ込み、ショートパンツルックでむき出しになった、晴海の足をなめ始める。
(いやっ、変態っ! やめてよっ、気持ち悪い!)
鎖に繋がれている足では抵抗もかなわない。
身体をマヒさせられた晴海は、声すらも上げられない。
だんだんと、太ももの方に舌を這わせて行く霧崎。
そして、晴海のデリケートな部分に、手をかけようとする。
(いやーっ! クラウドくん、助けてーっ!!)
バシッ!
霧崎の背後を鞭が襲う。
「がっ!?」
「人質は丁重に扱う様に伝えたはずですが」
晴海は突如現れた、黄色フードの人物に目を向ける。
「オーロラ支部長……も、申し訳ありません! この女が……」
(支部長……って事は、この人が事件の黒幕?)
「霧崎、言い訳は見苦しいですよ。この方の鎖をほどいて差し上げなさい」
「え、しかし……」
「私の命令が聞けないのですか」
口調こそ丁寧だが、聞く者の魂を握り潰す様な声を奏でる、オーロラと呼ばれる人物。
「重ね重ね、申し訳ありません! ただ今!」
霧崎は持参のカギで鎖を外し、晴海はその場に崩れ落ちる。
「部下が、失礼を働きました」
「!」
オーロラがフードを取り、晴海を見下ろす。
そこには、晴海が見知った銀髪の人物が現れた。
(まさか、あなたが……? 雰囲気が全然違う……)
「貴方のお友達が会いたがっておいでですよ」
(雪姫……? 雪姫に会わせてくれるの……?)
晴海は朦朧とする意識と、麻痺が残る身体にむち打ち、オーロラと霧崎と共に、城の最上階へ向かう。
「変な気を起こすなよ、こっちには人質がいるんだからな」
「変態の……あんたに、言われたか……ないわよ……」
晴海は息絶え絶えになりながらも、霧崎に減らず口を返す。
「着きましたよ」
最上階の一室の扉が開かれると、豪奢な寝室をそのまま檻にしたその部屋の中に、晴海が追い求めていた、白いドレスの黒髪の少女がいた。
「雪姫……」
「……晴海ちゃん!?」
親友の元に駆け寄る、白鳥雪姫。
嬉しさのあまりか、顔がくっつきそうなくらいに近付くと。
「どうして晴海ちゃんが、ここにいらっしゃいますの?」
「雪姫を……助けに来たに……決まってるじゃない……」
「でも……、晴海ちゃんも捕まっちゃってますわ♪」
「あんた、相っ変わらず緊張感ないね……」
とは言え、親友の元気な姿を見て、ひとまず安心した晴海。
雪姫の無事を確認できただけでも、良しとしなければならない。
晴海は無駄な抵抗をあきらめ、檻の中に素直に入る。
それを確認したオーロラは、近くのイスに足をかけて座る。
「霧崎。命令違反の罰です。私の足を嘗めなさい」
「はい……」
霧崎はオーロラの前に脆き、象牙のように白くなまめかしい脚を、ピチャピチャと音を立ててなめ始める。
屈辱的な咎を受けているはずなのに、洸惚とした表情を見せる霧崎。
いつ終わる事も知れない、倒錯したその光景に、晴海は激しい目眩を感じた。
(どうして、こんなことに……。助けて……。助けて、クラウドくん……)
「おいしそうにペロペロしてますわ。わたしもソフトクリームが食べたくなっちゃいましたわ♪」
「雪姫……、あんたねえ……」
 




