罠
ドスのきいた声に視線を這わせてみると、冒険隊は迷彩服を着た集団に囲まれていた。
「これは!?」
「はっはっは。こんなに面白い様に引っ掛かってくれるとは思いませんでしたよ」
ここまで道案内をしていたムラサメが、口調をガラリと変えて、愉快そうに笑っている。
「隊長さんじゃない……? あんた、いったい誰!?」
「今頃、気付きましたか。私はムラサメ少尉ではありません」
ムラサメの姿をかき消すように、ボンと白い煙が上がり、そして中から現れたのは、仮面を付けてタキシードを身にまとう、洞窟の中で出会ったあの男。
「また、お会いしましたね」
「トランプマン!?」
「トランプ大統領!?」
「……ミラージュです。私は演劇部も掛け持ちしてまして、演技には自信あるんですよ。今回の化かしあいは、私の勝ちのようですね」
逃げようにも、すでに入り口の井戸も押さえられ、退くこともままならない冒険隊。
「そして、この部隊の指揮権は私にあります。指1本動かすだけで、あなた方を蜂の巣にすることも可能なのですよ」
ハーッハッハッと、前回の敗北は帳消しだと言わんばかりに、高笑いをするミラージュ。
そのスキをついて、雷也は敵にタックルを仕掛ける。
勝ち誇っていた敵は一瞬ひるみ、囲いにわずかな隙間ができた。
「いんでぃこ殿! 拙者が食い止めるから、今の内に逃げるでござる!」
「そんな事……できる訳ないじゃない!」
その時、今まで沈黙を貫いていたクラウドが、グイッと晴海の腕を引く。
「インディコ、逃げるぞ」
「クラウドくん……? 雷也くんを置いて逃げるっていうの!?」
「今、ここで全員捕まる訳にはいかないだろ! 1人でも逃げのびる方が先決だ!」
「だけど……」
「オレだって辛いさ! だけど、雷也の覚悟を無駄にする気か!」
相当な人数だが、雷也が必死になって食い止めている。
「……ごめんね、雷也くん! 後で、必ず助けに来るから!」
血を吐くように晴海は叫び、2人は揃って駆け出す。
それを見送った雷也は、再び敵の一団を相手取って戦い続ける。
「そこまでだ、この2人がどうなってもいいのか?」
見ると、ブラザーズが後ろ手にされて、縄を巻かれて捕まっていた。
「すまん、雷也ー」
「捕まってしもうたー」
「くっ、でござる……」
*
「くそっ、ブラザーズもはぐれちまったか……」
「クラウドくん、逃げるって言ってもどうするの!」
「この騒ぎで、今なら守りが薄いはずだから、正門から逃げるぞ!」
城内の中庭を駆け抜ける、クラウドたち。
だが、城壁の上からスコープで狙いを定める邪悪な目がある事に気づいていなかった。
迷彩服を着た、その敵が構えるのは、ライオットガンと呼ばれる暴徒鎮圧用のリボルバー式グレネードランチャー。
敵はフェルトの帽子が目を引く、晴海に狙いを定める。
バシュ!
人間の二の腕ほどもある、ゴム製の筒型の弾は、一定の距離を飛行すると、空気の抵抗で大きなX型に開く。
晴海を襲う、その弾丸。
集中力を欠いていたクラウドは、その存在に気づくのが、いつもの反射スピードよりコンマ数秒遅れてしまう。
とっさに、メガ正宗を抜こうとしたが、間に合わない!
まただ……。
また、晴海を救う事ができないのか?
それなら、せめて……。
クラウドは体を張って、弾丸から晴海をかばう。
ドグッ!!
鈍い音を立てて、暴徒鎮圧弾がクラウドの胸部にめり込み、息が吸えない程の衝撃を味わう。
跳ね飛んだクラウドは晴海とぶつかり、2人は固まって倒れ込んだ。
「あいたたた……。あたしをかばって……? クラウドくんしっかりして、クラウドくん!!」
「逃げろ……、インディコ……」
口から血を流し、息を吐き出しながら、かろうじてそう言うと、クラウドの体から力が抜けた。
「クラウドくん? 目を開けて、クラウドくん!」
「いたぞ! あそこだ!」
押し寄せて来る、敵の一団。
「逃げなきゃ……」
だが、晴海はクラウドを置き去りにせず、背負って歩き始める。
あの時も、クラウドくんはあたしを助けてくれた。
今度は、あたしがクラウドくんを助ける。
もう絶対、離れたくない……!
あと少しで、敵が2人を捕らえようとした時。
ボウンと白煙が一帯を包む。
「な、何だこれは!」
「敵だ! 敵襲だぞーっ!」
不測の事態に、統率を失うカリスマ教の集団。
そして、晴海の目の前に現れたのは、サバイバル同好会のムラサメ少尉。
「嬢ちゃん、ここにいやがったか」
「た……、隊長さん?」
「ちょっとだけ様子を見に来たんだが……、一体全体どうなってんでぇ?」
「えい!」
晴海は、ムラサメに向けてパチンコを放つ!
「あぶねっ! おめぇ、何しやがる!」
「ニセモノめ! もう、だまされないんだから!」
「いやいや、俺様はモノホンだって」
「じゃあ、証拠を見せてよ!」
「証拠って言われてもなぁ。疑り深い貧乳女は嫌われるぜぇ?」
「貧乳は関係ないでしょ! どうやら、本物のセクハラ隊長のようね」
「分かりやがったなら、とっとと行くぞ」
「待って、クラウドくんが……」
「置いてけ……とは、言えねぇか」
クラウドを抱き締めながら涙ぐむ晴海を見て、クラウドの体を肩に担ぎ上げあげるムラサメ。
「重量オーバーだが、まとめて面倒見てやらぁ! 嬢ちゃんは俺様にしがみつけ!」
晴海が首ったまにしがみつくと、ムラサメは左腕からワイヤーを射出して、城壁の天板にひっかけて巻き上げる!
「よっしゃあ! とっとと、ずらかるぜぇ!」
晴海は自責の念に駆られながら、ムラサメと共に、白い煙と喧騒に包まれる、敵の拠城を脱出した。




