月下の語らい
「ふるえるぞっハート! 燃えつきるほどヒート!」
「青春の炎は、熱く燃えているかー?」
「地獄の業火よ! あまねく全てを灰塵と化せー!」
『行くぞ、必殺ぅ、キャアアアアアァーンプ、ホァイヤァーッ!』
狂ったように超絶に盛り上がる晴海とブラザーズは、カムチャッカマンで集めた枝に火を付ける。
「いや、テンションがおかしい、おかしい」
クラウドは生暖かい目で3人を見やり、ふるふるふると手と首を振る。
程なく炎が舞い上がり、ささやかながらキャンプファイヤーが完成した。
丘を降った冒険隊は、日が暮れて暗くなったので、幸い天気が良いこともあり、今日はここをキャンプ地とする! というわけで、森の中で野宿する事にした。
ちなみに、明日は敵の本拠地に乗り込むので、今日の晩飯は精力をつけようと、カップ麺とさばの味噌煮の缶詰、お鍋で温めたパックごはんで、なかなかのごちそうになった。
その夜の事。
ガッ! ガッ! ガッ! ドガガガガッ!
ガガン! ガガガン! ガラッガラガラ、ドッガーンッ!!
雷鳴のような大音響が響き、大木がえぐれた幹から倒れていく。
折れた木の根元で、雷也が蹴り足を地に下ろした。
「これが、拙者の乱舞系超必殺技『雷轟連武陣』でござる」
「うーわ、マジか。すっごいなー!」
「こんなんまともに食らったら、ただじゃすまんなー」
雷也が放った技の威力に驚く、薄闇の中でヘッドライトを照らすブラザーズ。
見ず知らずの島の森の中、月灯りだけでは足元がおぼつかないので、光源の役割を担っている。
来たるべく決戦に備え、彼らは特訓をする雷也の手伝いをしていた。
「しかし、この威力を出せるのは、まともに当たったらの話でござる。敵は棒みたいに黙って立ってる訳じゃないので、スキをみつけて叩き込まないといけないでござる」
「なるほどなー」
「お前が敵じゃなくて、本当に良かったぜー」
「良かったといえば、くらうどといんでぃこ殿を2人きりにして良かったのでござるか?」
雷也とブラザーズはクラウドがトイレに立ったスキに、晴海を残してキャンプ地を離れている。
そろそろ、戻って来たクラウドと晴海が合流しているはずであるが。
「まあ、インディ娘ちゃんにお願いされたからなー。2人で話をしたいって」
「ずっと、オレらも一緒だったから、なんか思うところがあるんだろ」
「でも、あのまま行くと、たぶん告白とかの流れになるでござるよ。『らぶのこめ妨害委員会』としては、いじりに行かなくていいのでござるか?」
「別にいいさ。たまにはクラウドにもチャンスをやらんとな」
「今日はヤツの誕生日だから、プレゼントがわりだ」
親指を立てながら、言うブラザーズ。
「なら、いいでござるが。ところで、雨森兄弟はあの2人の事どう見るでござるか?」
「どうもこうも、インディ娘ちゃん、クラウドの事好きすぎだろー」
「アイツ、いつの間にあんなかわいい娘に好かれてたんだ?」
やってらんねー、と近くの木をゲシゲシ蹴るブラザーズ。
「しかし、くらうどもいんでぃこ殿とは初対面のような口ぶりでござったが?」
「どうせ、あいつの事だから、覚えがない内に世話でも焼いてたんじゃないんか?」
「あいつ、めんどくせーが口癖のくせに、しょうがねえって言って、結局めんどう見るからな。まったく、めんどくせー野郎だぜ」
やれやれ、といった風情で肩をすくめるブラザーズ。
「して、くらうどはいんでぃこ殿の事を、どう思ってるのでござろうな」
「まんざらでもないだろ。女の子とあんなしゃべってるの見た事ないし」
「インディ娘ちゃんは、かわいいわりには色気が無くて、手のかかる娘だから、奥手ムッツリおせっかいのクラウドとは相性がいいのかもしれんなー」
「まあ、あのニブチン大魔王は自分が好かれてる事に気付いてないみたいだけど、今までモテた事ないからしょーがないね」
「『全日本らぶのこめ撲滅連盟』としては、それでいいのでござるか?」
「インディ娘ちゃんは良い娘だし、クラウドの良い所も悪い所も理解ってくれてるようだから、それはそれでいいと思うぜ」
いつも小競り合いばかりで、友達甲斐が無さそうなブラザーズの、隠れた本音が垣間見える。
やっぱり、友情とはいいものでござるなあと感心するが、一抹の物足りなさも感じる雷也。
「それに、もし奴らが男女の関係になったなら、克明な描写で根掘り葉掘り聞いてやるつもりだからなー」
「覚悟してろよ、ぐへへへへー」
悪い笑顔を見せるブラザーズ。口から垂れるよだれを拭う仕草を見せる。
「やっぱり、下衆いでござるなあ」
安定の雨森クオリティに、安心する雷也であった。
*
トイレを済ませたクラウドは、キャンプ地の場所に戻ってきた。
が、焚き火の前には晴海だけがぽつんと座っている。
「あれ、アイツらは?」
「雷也くんが必殺技の特訓するって、ブラザーズくんたちと一緒にどっか行っちゃったみたい」
「ふーん……」
ということは、ココにはオレと晴海だけか……。
えっ? オレたち2人だけ?
いきなり女の子と2人きりというシチュエーションに放り込まれ、急に挙動不審になるクラウド。
よく考えたら、2人だけってのは初めてだ。間が持たなくなったらどうしよう。
と、あたふたしだすクラウドに、晴海は。
「クラウドくん、もしかしてドキドキしてる?」
「ん? いや、別に」
悟られないように、素っ気なく答えるクラウド。
「そーお? あたしはクラウドくんと2人きりで、けっこうドキドキなんだけどな」
「え?」
「ねえ、クラウドくん。ちょっとその辺を散歩しない?」
晴海はクラウドの手をつかむと、ぐいぐい引っ張って連れていこうとする。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっとまった。火をこのまましておくのは危なくないか?」
「そうね。じゃあ、一応火を消しておこうかな」
晴海はキャンプファイヤーに水をかけて消すと、近くの木の枝に自分が持っていたヘッドライトをくびり付け。
「これで、キャンプ地の目印は大丈夫ね。さあ、行きましょ」
結局、手を引っ張られ、クラウドは晴海と連れ立って歩く。
森の中なので、ヘッドライトで照らしてはいるが、月灯りもあるのでわりと歩きやすかったりもする。
「こうしてると、なんだかデートしてるみたいじゃない?」
デート、という言葉の甘美な響きに、またドギマギするクラウド。
晴海はそんなクラウドの反応を見つつ、楽しそうに歩みを進める。
いつしか、湖畔らしき所にたどり着き、2人はそこで並んで座る。
ひんやりした風がクラウドの火照った頬に心地よく、空には円形に近い楕円形の月、湖にも青白い月の姿が映る。
2つの月が醸し出す幻想的な風景を、クラウドと晴海は無言で眺め続けた。
「綺麗な月……。でも満月にはまだってところかな?」
「月のうさぎのおしりが見えてないから、満月はたぶん明後日だな」
おや? と、クラウドのセリフに興味をしめす晴海。
「へー、クラウドくんって天文学は詳しいの?」
「うーん、好きな方だけど詳しくはないな。でも、月は眺める事が多いかな」
「そっか、クラウドくんも月が好きなんだね。あたしも月を見るのは好きよ。あと、満月に近づくこのくらいの月が好き。これから満月になるぞっていう感じが、なんかいいよね」
クラウドも半月から満月にかけて、徐々に大きくなる状態の月が好きである。
なんか、オレと似たような事を考えてるなーと、共感を覚えるクラウド。なんとはなく晴海の横顔を見る。
ぼーっと体育座りで月を眺める晴海は、月光を受けて美しくもあどけない姿を見せている。
ん? と視線に気がついた晴海に、クラウドは思わず目をそらし、話題もそらす。
「そ、そういや、前から思ってたんだけど、インディコはインディ・ジョーンズに憧れてるのに、なんで武器が鞭じゃなくて、パチンコなんだ?」
すると、晴海はキラキラと目を輝かせ。
「おー、よくぞ聞いてくださいました。実は通販で買おうと思ったんだけど、本革製の鞭は高くって、1本3万円もしたのよね」
「そりゃ、高っけーな」
「でしょでしょ、さすがに手が出なくって。でも、インディの武器は鞭だけじゃなくて、スミス&ウエッソンM1917もあるから、代わりにスリングショットを使っているの。それにインディの本当の武器は、知恵と勇気、何より最後まで諦めない事じゃない? だから、使う武器は別になんでもいいの」
晴海はポリシーというか、インディ・ジョーンズ論を熱弁する。
ここまでインディ・ジョーンズにこだわる女の子、いや男を含めても見るのは初めてだ。
「そんな彼を、あたしは人生の道しるべとして、宝探し屋を目指してるの。そして、世界中を巡って、遺跡やオーパーツを探して、トラブル続きの充実した毎日を過ごすのが、あたしの夢なのです!」
トラブルと充実が同時に介在するのはどうかと思うが、とりあえず、とても圧力がすごい。
晴海は、クラウドがそんなふうに思っているのを知ってか知らずか。
「……あたしって、ダメね」




