特殊工作部隊
「……というわけで、あたしたちはカリスマ教と戦っているの」
「まさか、わたくし達の学校がそんな事になっていたとは……。武道場荒らしが増える訳ですね、得心いたしました」
晴海は草薙に、現在の上沢高校の状況を説明しながら歩いている。
古文書を取り返したノーテンキ冒険隊は、場所を変えるためにプール場を後にした。
一旦は、プール場で古文書の箱を開けようとしたのだが、アクアリーグの手の者が盗み聞きしていないとも限らないので、出来るできるだけ人目を避け、森の中の少し拓けた場所まで来たところである。
「このへんなら、今度こそ邪魔が入らないかな。ナギナギさん、古文書を出してくれる?」
晴海に言われ、草薙は古文書が入った玉手箱を取り出す。
「あれ? そういや、山瀬さんは?」
「玲華さんなら、なんか調べものがあるって言って、どっか行っちゃったよ。すぐ戻ってくるらしいけど」
「何だと? 1人きりにしちゃ危ないんじゃねーか?」
「それはそうなんだけど、まあ、その……」
と、クラウドの質問に、晴海は珍しく口ごもる。
「ああ、なーんだ、便所か!」
「デリカシーないなあ、クラウドくん。そういうトコ直さないと、女の子にモテないよ?」
晴海にはっきり言われ、ガーンとショックを受けるクラウド。
そんな彼の肩をたたいて、なぐさめる雨森ブラザーズ。
だが、顔はめちゃくちゃ笑顔である。
「まあ、あたしはクラウドくんがモテなくても、一向に構わないんだけどね」
「ん? なんか言ったか?」
「べっつに。玲華さんは先に始めてていいって言ってたから、さっそく古文書を見てみよっか」
晴海は玉手箱の紐をするするっと解き、箱のフタに手をかける。
「開けたら、白い煙が出て来て、ジジイになってしまうとかー」
ブラザーズ北斗の一言に、箱を覗き込んでいた全員の表情がピシッと固まる。
「なんてな、はははー」
「いやねえ、北斗くんてば、そんな事ある訳ないでしょ」
ははは、とみんなで笑う。
「じゃあ、今日は風も強いし、箱を開けるのは中止ということで」
「もう、クラウドくんまで何言ってんのよ。いいよ、あたしが開けるから、みんな下がってて」
冒険隊の面々が、少し距離を空ける。
晴海はおもむろにフタを、えいやっと開ける。
中には古ぼけた巻物が入っていた。
「よかったー。ちゃんと入ってたみたいね」
「それ、水に浸かってたけど大丈夫か?」
「昔の密書は、柿の渋や油や蝋で防水加工をしているはずでござる。たぶん大丈夫でござるよ」
「おおう。まさか、雷也から知識が語られるとは」
「お前の頭は、頭突きするだけじゃないんだなー」
「歴史に関しては、博識のつもりでござる」
「じゃあ、巻物を開けてみるね……」
シュルルルル、シュパッ!
晴海が巻物を広げようとした瞬間、カギ手が付いたワイヤーのような細い金属線が飛来し、晴海の手から巻物を奪う。
『!?』
ワイヤーが巻き戻り、巻物が何者かの手に渡る。
晴海たちの場所から20m以上離れた、その場所にいたのは、迷彩服と迷彩柄のヘルメットを身に付けた人物。
タクティカルゴーグルとバンダナで覆われ、その顔を確認する事はできない。
ただ1つ分かる事は、古文書が敵に奪われたという事である。
何も言わず、その場から背を向ける迷彩服の男。
「待て!」
晴海から距離を置いていたクラウドは、電光石火の収奪劇に反応が出来ず、全てが後手に回る冒険隊。
だが、逃げかける敵に立ちふさがる、白い姿が。
「返しなさい! それは、私達のものよ!」
集合場所に遅れてやって来た山瀬が現れ、迷彩服の男に掴みかかる。
敵が持つ巻物に手をかけた、その時。
ドムッ!
「うっ!」
男は、山瀬の腹に拳を入れる。
息をつまらせ、気を失う山瀬。
「玲華さん!」
男はぐったりとしている山瀬を、巻物を持った右腕で肩に担ぎ上げ、空いた左腕を頭上に向ける。
パシュッ!
軽い音を立てて、カギ手付きのワイヤーが左腕のギミックから打ち出されると、木の枝に絡み付く。
ワイヤーが自動で巻き直されると、男は山瀬の身体もろとも宙に浮き、木の上に飛び乗った。
「なんだ、あいつはー!?」
「クモイダーマンか!?」
さらに男は、前方の木にワイヤーを射出すると、山瀬を担いだまま枝をぬって飛んで行く!
「まずい! 奴に逃げられる!」
「うおおおおお、でござる!」
雷也は近くの木に飛び蹴りをすると、三角跳びで木の枝に乗り移り、まさしく忍者のように枝から枝へ、木の上を駆けて行った。
「さっすが、雷也だな」
「あたしたちも追うよ!」
クラウドたちも森の中を走り、迷彩服の男を追跡する。
「なんだ、あいつは? 手練れみたいだが、カリスマ教か?」
「もしかしたら、雪姫をさらった奴かも! 絶対捕まえるよ!」
ギミックを使っているとはいえ、山瀬を担いだ状態で素早い移動は難しいのか、敵との距離が徐々に詰まっていく。
これなら、もう少しで追い付ける。
そう思った、その時。
バサバサッ!
地面の枯れ葉が舞い上がり、地中に隠れていた3人の男たちが姿を現す。
どの男も古文書を奪った男と同じようなスタイルで、ゴーグルとバンダナで顔を隠している。
無言のまま対峙する、クラウドたちと迷彩服の男たち。
「あれっ、三雲!?」
「えっ?」
だが、その沈黙を破ったのは、意外にも敵の一団の1人。
「お前は……」
クラウドが、その男に語りかけようとしたが。
「時間稼ぎにゃ充分だろ。行くぞ、副隊長!」
「あっ、待ちやがれ!」
『ヒャッハーッ!』
ボフンと、煙幕がクラウドたちの視界を遮り、男たちの姿が煙の中に消える。
煙が晴れると、冒険隊の姿しかなく、男たちの痕跡すら残っていなかった。
「くそっ、足止めが狙いだったのか……」
「クラウド、さっきの奴は……」
「ああ。多分、お前らも知ってる奴だ」
そこへ、スタッと木の上から雷也が下りてくる。
「雷也くん! 玲華さんは!?」
雷也は静かに首を振り。
「……妨害が入って、姿を見失ってしまったでござる」
「そんな……。玲華さん……!」
晴海はその場に崩れ落ち、大粒の涙を地に落とす。
ブラザーズも戦争に敗れ、玉音放送を聞いた日本国民のように地面に突っ伏す。
その姿に言葉の掛けようがなく、ただ立ちすくむ草薙。
事件の手掛かりを握る古文書を失った事は痛手だが、かけがえのない仲間を、山瀬を奪われた事の方が、冒険隊にとっては何よりも大きい。
「くそっ!」
クラウドは、ガツッと近くの木を殴る。
目の前の女性の危機に、何も出来なかった自分自身に怒りをぶつける。
しばらく誰も動かず、悲しみにくれる冒険隊。
だが、いつまでも悲しんでばかりもいられない。
しゃがみ込んでいる晴海にクラウドは近寄り。
「助けたい人が、増えちまったな」
「うん……」
晴海は立ち上がり、革ジャンの袖で涙をぬぐう。
そして、上を向き、前を見据える。
一刻も早く事件を解決し、雪姫と山瀬を救い出す。
冒険隊の胸に、新たな目標が刻み込まれた。
*
ヒュルルルル、シュパッ!
軽い音を立てて、伸ばした左腕にワイヤーが巻き戻る。
冒険隊の追跡をかわし、任務を完遂した迷彩服の男は、ゆっくりと山瀬の身体を地面に下ろす。
そこへ、同じような格好をした5人の男達が、隊長とおぼしきワイヤーギミックの男の元へ集まって来た。
「ぶはーっ! やっぱ、この格好は息がつまるぜぇ!」
口元のバンダナとゴーグルを外し、顔を見せたのは、太い眉毛の男臭い顔付きをした青年。
サバイバル同好会の、特殊工作部隊長のムラサメ少尉と呼ばれる男であった。
「任務中は喋る訳にはいかねぇから、我慢するのが大変だったぜぇ」
「隊長は、1人でも騒がしいっすからね」
「余計なお世話だ。おめぇらだって、大して変わんねぇだろが」
「あ。そういや、副隊長は奴らに話しかけてました」
隊員の1人が、ジロッと非難がましく副隊長らしき男を見る。
「げっ、いらんこと言うなよ」
「なんでぇ、ニワカ? おめぇがミッション中はおすまししとけっつってたんだろうが」
「すんません、クラスメイトがいたもんで、つい」
「まあ、やっちまったもんはしゃあねぇわな、次から気を付けろい」
「了解」
特に部下を咎めることもなく、ムラサメ隊長は鷹揚に構える。
副隊長のニワカ軍曹は、地面に倒れている山瀬の姿を見て、目を丸くする。
「これが、ターゲットの生徒会副会長っすか? 髪も肌も真っ白っすね」
「ああ。すんげえ別嬪だろ。その上、乳もでけぇと来てやがる」
「こんな、かわい娘ちゃんをかっさらって、カリスマ教ってのはどうするつもりなんすかね?」
「さあな。最近の上層部の考えは分からんからな……、にっくき生徒会の一員とはいえ、あんまり手荒な扱いはして欲しくねぇなあ。気絶させた俺様が言うのもなんだが」
「少尉なんだから、自分も上層部でしょうに」
「俺様は現場主義なんだよ」
言いながらムラサメは、奪取して来たもう一つの標的、古文書の巻物を軽く放り上げる。
「それ、形が似てるからって、ダイナマイトと間違えて投げんで下さいね」
「うっせぇな、おめぇはオカンか」
「軍曹っす。じゃあ、そろそろ隊長が嫌いな上層部に、報告をお願いします」
ニワカ軍曹から、皮肉混じりにトランシーバーを手渡され、隊長のムラサメは本部に電波を繋ぐ。
「こちら、ムラサメ。オペレーション、オールクリア。オーバー……」




