あたしの勇者さま
「ねえ、ゆき! 見て見て! 海が見えたよ!」
「ほんと、きれい……」
初夏のある晴れた日。
あたしと雪姫は、ローカル路線バスに乗って、上沢市の北町に来たの。
北町は港町なので、お魚が美味しいんだって。
「今日は冒険日和だねっ!」
「はい!」
今日のあたしは、半袖Tシャツにオーバーオールで、スーパーマリ男みたいな動きやすい格好。
雪姫は白いワンピースに、リボンのついた幅が広い帽子で、とっても可愛い格好をしてたわ。
「お昼ごはんは、イカを焼いたやつを食べよう。とってもおいしいらしいよ」
「じゃあ、わたしはおやつにソフトクリームをたべたいですわ」
「うん、いいねー。行こう行こう!」
元気良くバスを飛び降りたあたしたちは、まずは海が良く見える展望台に行ってみたの。
そこから眺めた景色は見渡す限り、青い海、青い空、白くてもくもくした雲。
太陽が照らす海はキラキラと輝いて、とってもきれいでドキドキする。
雪姫も、初めて見る海にすっごく感動していたみたい。
だって、一生忘れないって言ってたもん。
それから、あたしたちは串に刺さった焼きイカを食べたの。
イカが丸のまま焼かれてて、タレが甘じょっぱくておいしかった。
それから、ソフトクリームを食べたの。
雪姫はカゼをひくからって、あまり家では食べさせてもらえないらしくって、すごくおいしそうに食べてた。
鼻の先に白いクリームを付けながら、いっしょうけんめい食べる姿は、とってもかわいかったなあ。
それから、砂浜に行って、砂遊びをしたり、貝がらを拾ったり。
2人でふざけて、はしゃいで、とっても楽しい1日だったわ。
そして、そろそろ帰ろうと思って、バス停で帰りのバスを待ってたんだけど……。
グルルルル……。
近くで、何かの声が聞こえる。
声のする方を見ると、あたしたちよりもずっと大きな体のドーベルマンが1頭、ウーッてうなりながら近づいてきた。
首輪は付いているけど、鎖やひもが付いていなくて、放し飼いにされているか、それとも野良犬になってしまったのか。
「ゆき、行くよ!」
「あ、ワンちゃん、かわいー」
「違うっ! 走るの!」
ぽややんとしている雪姫の手を引いて、あたしたちはその場から走り出す。
すると、それが逆にいけなかったのか。
ガウ! ガウガウ! ガウウウウッ!
ドーベルマンは吠えながら、あたしたちを追いかけて来た。
あたしたちは、必死で逃げる。
大きな口に、肉でも骨でも何でも咬み砕けそうな尖った牙。
捕まったら、どうなるか考えたくもない。
あたしたちはがんばって走った、だけど。
「はるみちゃん……。わたし、もう、走れない……」
もともと身体が弱い雪姫は、息も絶え絶えになり、足の動きが鈍くなる。
このままでは、2人ともやられてしまう。
こんな所に連れて来なけりゃよかった。
あたしが、雪姫を巻き込んでしまった。
あたしの大事な、たった1人のともだち。
あたしは、雪姫が死んじゃうのはいやだ。
あたしは走る足をゆるめて、雪姫に伝える。
「ここで、2手に分かれよう。ゆきは大人の人を呼びに行って!」
「え? はるみちゃんは?」
「あたしは、あいつを引き付けておくから」
「でも、わたしは、はるみちゃんといっしょにいたい」
「だめよ。2人とも捕まったら、助からないよ。でも、ゆきが助けを呼んでくれたら、なんとかなるから」
「だけど……」
「あたしは大丈夫。だからお願い、行って!」
雪姫は、あんまり事態を飲み込めていないみたいだけど、再びよろよろと走り出していく。
これで、あたしが時間をかせげば、雪姫は無事ですむ。
あんなかわいい子を、死なせるわけにはいかないもんね。
あたしは立ち止まって、だんだん近づいてくるドーベルマンの方を見る。
よだれを垂らし、眼が赤く血走り、ものすごい速さで迫ってくる姿は、それはもう、恐ろしい化け物のようで。
あたしは怖くなって、めまいがして、鼓動が止まらなくなって、立っていられなくなって。
やっぱり、あたし、死にたくないよ……。
へたり込んだあたしに、化け物の爪牙が襲いかかった瞬間。
ガツンッ!
打撃音が響き、あたしが目を開けると、目の前にあたしと同じ歳くらいの1人の男の子。
カブトと盾を身につけて、剣をにぎって、抹茶色のリュックを背負っている。
あたしをかばって立つ、その姿はまさしく、あたしを助けに来てくれた『勇者さま』だったの……。
 




