夜の女子会
だが。
「悲しい、瞳……」
「えっ!?」
既に自我が失われたと思われていた、晴海が一言つぶやく。
その眼から涙が溢れて流れ出し、そして、だんだんと彼女の意識が回復していく。
「ごめんなさい。玲華さんの瞳を見ていたら、玲華さんの辛い気持ちが、あたしの心の中に流れ込んで来たみたいで……」
「まさか……、自力で……?」
「たしかに、あたしは玲華さんの気持ちを全部理解るとは言えません。ですが、あなたが苦しんでいるのなら、その苦しみを分かち合えるようになりたいと思います」
涙をぬぐいながら、言葉をかける晴海。
思わぬ気遣いを受け、戸惑う山瀬。
「……どうして、あなたは今日会ったばかりの私に、そこまで言ってくれるの?」
「あたしもこんな感じですから、変わり者変わり者と言われ続けて、以前は独りぼっちでした。だから、ほっとけないのかもしれません」
晴海は、改めて山瀬の瞳を見据える。
言葉とは裏腹に、山瀬の心が救いを求めている事だけは分かる。
ここで引いてしまうと、山瀬玲華という存在を永遠に見失ってしまうと感じ。
「だから、あたしは、誰がなんと言おうと、あなたの友達になります!」
力強く断言すると、晴海は自らの慎ましい胸を張った。
「……あなたは、本当に強い娘ね」
「いえ……。あたしが強い気持ちでいられるのは、仲間がいてくれるからです。そして、あたしは、その中に玲華さんも入って欲しいと思ってます」
晴海は、山瀬に向かって手を伸ばす。
「だから、やっぱり、あたしと友達になってください」
けれん味のない晴海の言葉と瞳に、山瀬は。
「あなたともっと早く出会えてたら、違ったのかしらね……」
「え?」
「負けたわ。私と友達になってもらえるかしら?」
「はい!」
山瀬は伸ばされた晴海の手を取り、晴海も山瀬の手を握り返す。
「さっきも言ったけど、後悔しても知らないわよ」
「その時が来たら、なんとかします。あたし冒険家なので」
えへへっと、帽子のつばを上げながら、いたずらっ子のような笑顔を見せる晴海に、山瀬はかなわないなと言いたげな微笑みを浮かべる。
「では、友達になった玲華さんに、聞きたい事があります」
「……何かしら?」
先ほどの術についてか、今回の事件に関わる事か、もしくは自分の素性についてだろうか。
山瀬は、次に晴海から放たれる言葉に身構える。
「おっぱいって、どうやったら大きくなりますか?」
一瞬の沈黙。
「は?」
「どうやったら玲華さんみたいに大きくなれるのかな~っと思って、なんかコツがあったら教えてもらえたらなって」
想像の斜め上の質問に、山瀬は肩の力が抜ける。
「えっと……、あなた、何も憶えてないの……?」
「なんのことですか?」
「いえ、それならそれで都合がいいけれど……。なんで、そんなことを聞きたいのかしら?」
「あたしの好きな人は、胸が大きな女の子が好きみたいなんで、あたし小さいから悩んでるんです」
持つものは持たざるものの悩みを量ることができないが、年頃の女の子らしい相談に、親近感を覚える山瀬。
「あなたの好きな人って、三雲くんかしら?」
「え? いや? その……」
明らかに分かる狼狽をみせる晴海。
「むっつりスケベの?」
「あー、それはちょっと……」
「そうねえ、あの子、私の胸もちらちら見てるし、分かりやすい性格してるものね」
「クラウドくんったら……」
おそらく、今ごろ盛大なくしゃみをしているだろうクラウドを思い、苦い顔をする晴海。
「ふーん、ふーん、なるほどねえ」
ニマニマしながら、晴海の顔色を伺う山瀬。
「もう! あたしが誰を好きだっていいじゃないですかー!」
「意地悪だったわね、ごめんごめん。そうねえ、私も特に何かしてるって訳じゃないけど、例えば寝る前に牛乳を飲むとか」
「それはやってましたが、胸に付かずに身長だけが伸びました」
「それで、あなたはそんなに背が高いのね。じゃあ……」
山瀬は、大人びた表情を見せて。
「男の人に揉んでもらったら大きくなるって言うわね」
「えっ……」
「あと、エッチなことすると、女性ホルモンが分泌されて、女らしい体つきになるとか……って、これはまだあなたには早すぎたかしら」
トマトのように真っ赤になりながら、うつむく晴海。
山瀬はそんな様子を見て、妹を見る姉のような気持ちになる。
「でも、そんなことをしなくても、あなたは素敵な子よ。だって私みたいなのを綺麗って言ってくれたもの」
「い、いえ、それは思った事を言っただけですから……」
「あなたみたいに、素直で可愛い子は他にいないわ。もっと自分に自信を持ちなさいな」
「はい……」
「あとは、三雲くんみたいな奥手なタイプは、自分から積極的にアプローチするのも手よ。私ならすぐに落とせるかな」
「玲華さん!?」
慌てる晴海に、山瀬はにっこり笑って。
「冗談よ。あなた達がうまくいく事を心から願ってるわ」
そう言って、山瀬は小さなあくびをすると。
「私は、そろそろ寝るわね。あなたは?」
「あたしは、もう少し夜風に当たってから寝ます。なんか、身体がほてっちゃって」
「早寝して、良い睡眠を取るのも胸を大きくする秘訣らしいわよ。じゃあ、おやすみなさい」
ひらひらと白い手を振って、山瀬は校舎に向かう。
その背中を見送りながら、晴海は頬を染めてつぶやく。
「大人だなぁ……」
*
「で、これはどういう状況なんだろう……」
生徒会室から災害対策用の毛布を拝借して、すっかり冒険隊の寝室と化している1-10教室。
ようやく寝付いたクラウドだったが、違和感を覚えて目覚めると、晴海が自分に抱きついて寝ていた。
とても幸せそうな顔で寝ている晴海。
無意識の内に、積極的なアプローチと良い睡眠のアドバイスを実践しているのだろうか。
そして、反対側の隣には山瀬が寝ているが、寝やすいように衣服をゆるめているのか、覗き込んだら谷間とか、白い肌や色んな物が見えそうな状態である。
こんなんで、寝れる訳ねーだろ!
と、怒り半分、嬉しさ半分で、結局今日も寝ることができないクラウド。
5月4日の夜は、波瀾を含みながら、ゆっくりと更けていった。




