真紅の瞳
山瀬を新入隊員に迎え、ディナーパーティーをしたいノーテンキ冒険隊。
生徒会室に眠っていたスパゲッティの麺を手に入れると、晴海は家庭科室でパスタを茹で、持っていためんたいふりかけをかけて。
「めんたいパスタの出来上がり♪」
飲み物は、校内の自販機で購入したジュース。
簡単ではあるが、歓迎会の準備が整った。
「それでは、僭越ながら、隊長のあたしから一言……」
『かんぱーい!』
『いっただきまーす!』
「ちょっと、みんなフライングしないでよー!」
「ふふふっ」
昼はカップ麺で夜はパスタと、麺類が続いても不満を言うような細かい奴は誰もいない。
わいわいと晩餐が進み、話の流れで一発芸大会が始まった。
「忍法、逆立ち片手腕立て伏せの術でござる」
「すごいけど、忍法じゃねーな」
「じゃあ、次はオレらだなー。分身の術!」
「さあー、どっちが本物か分かるかな」
「いや、双子が並んでるだけだし。色で見分けが付くし」
「ツッコんでばかりいないで、お前もやってみろよー」
「そんじゃ、傘を回して土瓶を乗せて……、いつもより余計に回っておりまーす!」
「マジメか」
「真面目でこざる」
「そこは、ボケを重ねるところだろー?」
「いや、パツ芸って、こういうもんじゃねーのか?」
「アドリブ効かんやっちゃなー」
「はいはい! 次はあたし! ブラザーズくん達、よろしく!」
ブラザーズが背後から忍び寄り、クラウドの頭にリンゴを乗せる。
「えっ、まさか……」
「そして、パチンコで撃ち落とします。えいっ!」
ドゴッ! と、放たれた弾は、クラウドの額に直撃。
「わー! クラウドくん、しっかりしてー!」
「お約束でござる」
「でも、だいぶ惜しかったなー。やっぱり腕が上がってるんじゃないか?」
「えっ? やっぱり、そうかな?」
「次は絶対当たるから、もう一回やってみよう」
「お前ら……、覚悟はできてんだろうな……」
「うわ! クラウドが生きてた」
「インディ娘ちゃん、とどめさせ!」
「うん!」
「うん、じゃねーよ!」
「あなた達、見てるだけで楽しいわね」
なんだかんだで、大盛り上がりの歓迎会。
ちなみに、リンゴはスタッフが美味しくいただきました。
*
それから、数時間後。
「えいっ! えいっ!」
気合と共に、パチンコからクルミの弾が放たれる。
だが、木に描かれた的に当たらず、外れた弾丸は闇の向こうに消えていく。
晴海は皆が寝静まったところを抜け出し、校庭で街路樹を相手にパチンコの練習をしていた。
「はー、なかなか当たらないね。……よし、もう一回!」
晴海はクルミを拾い集めようとすると、木の陰からふわっと白い女性が現れる。
「これを集めたらいいのかしら?」
「ひあっ! あー、びっくりした。玲華さん……」
「驚かせてごめんなさいね。パチンコの練習をしているの?」
「はい。あたし、実はスリングショットは上手じゃなくて、戦闘の時はいつもみんなに助けてもらってるんで……」
「あなたは、頑張りやさんなのね」
山瀬は晴海を見つめて、艶然と微笑む。
美しさも超越すると、男女の別も構わず魅了されるのだろう。
「え、いや、その、冒険隊の隊長ですから、みんなを守らなくちゃいけないのであります」
晴海はドギマギしながら答える。
「玲華さんは、どうしてここに?」
「なかなか寝つけなくて、ちょっと散歩をね」
「あー、教室で寝泊まりなんて、寝心地が悪かったですよね……。無理言ってごめんなさい」
「そうじゃないわ。むしろ、キャンプしてるみたいで、みんなと仲良くなれて楽しいわ」
そう言って微笑む山瀬は、なぜか少し寂しそうに見えた。
「今日は月が綺麗ね……。夏山さん、少し私とお話しない?」
「あたしも、玲華さんと話がしたいと思ってました」
近くにちょうどいいベンチがあったので、並んで腰かける2人。
「私を仲間に誘ってくれて、ありがとう。とっても嬉しかったわ」
「いえ、あたしたちも、玲華さんみたいな仲間が増えて嬉しいです。特に女の子はあたし1人だったんで」
「私はずっといじめられっ子だったから、初めてよ。あなたたちみたいに、私を偏見なく扱ってくれたのは」
「えっ……」
晴海は山瀬の顔を見つめる。
白い髪、白い肌、赤い瞳。
遠い闇を眺める山瀬の横顔は、蒼白い月明かりを受けて、妖しげな輝きを見せる。
「私は、常に好奇の目にさらされて来た。心無い人から中傷を受け、嫌がらせを受け続けて来たわ」
「そう、だったんですね……」
「こんな身体に生んだ親を恨んだこともあったわ。でも、私はこの身体だから私なんだって、ずっと耐えてきた」
山瀬も、晴海の顔を見つめる。
「ほとんどの人は、私を見た瞬間、気持ち悪いものを見るような視線を向けて来たの。だから、あなた達のように、最初から普通に接して来た人は初めてだったかもしれない」
目立つ容貌に、類希な美貌。
さぞ、奇異の目で見られる事が多かったのだろう。
山瀬の心中を察すると、心が痛む。
「でも……、生徒会の人たちとは、仲良くなかったんですか?」
「生徒会の皆は良くしてくれてるけど、やっぱりよそよそしいというか、壁を感じてたわ」
山瀬は高い空にある、頭上の月を見上げる。
「だから、私が生徒会を助け出す事ができたら、きっと本当の仲間と認めてもらえるって思って、だから1人でも頑張ろうって思っていた所だったの」
そんな状況でも、1人で戦い抜こうという山瀬に、晴海は昔の自分の姿が重なって見えた。
「1人じゃないですよ、玲華さんは。もう、あたし達の仲間なんですから」
「そう……、だったわね……」
「あの、お願いがあります」
晴海は山瀬に向き合い、山瀬の白い手を握る。
「あたしと友達になってもらえませんか?」
晴海の言葉に、山瀬は表情を曇らせた。
「それは、止めといた方がいいと思うわ」
「えっ……。どうしてですか?」
「私と友達になっても、不幸になるだけよ。辛いだけだわ」
「そんなこと……」
「私には、夢があるから」
山瀬はゆっくり、晴海の手をほどき、ベンチから立ち上がる。
「私は、今までずっと人間の嫌な面、人の心の醜い所を見続けて来た。この世界では、見た目や生まれた場所、言葉の違い等で差別され、迫害を受ける事が少なくない」
一歩、二歩と、晴海のいるベンチから離れ、そして山瀬は振り向き、言葉を放つ。
「だから、私は、この歪んだ世界を変えようと思ってるの」
月の光を浴びて浮き上がる山瀬の姿は、一瞬、神の使いか堕天使を彷彿とさせる。
「そのためには、あなたも……」
すぐそこにいるはずの山瀬が紡ぐ言葉は、彼方遠くから聞こえるように思えた。
「私の瞳を見て……」
晴海は言われるがままに、山瀬の瞳を見る。
真紅の瞳が、輝いているように見え、その光から目が離せなくなる。
「緊張しなくていいのよ……。身体の力を抜いて……」
山瀬のささやきが脳の中に響き、晴海の体が弛緩していく。
「まだ、力が入っているわ……、楽にして……」
山瀬の瞳の輝きが強さを増す。
その瞳を見続けていると、もう何も考えられなくなる。
「そう、怖くないからね……。私に身も心も捧げなさい……」
晴海の意識が混濁し、そして、山瀬に全てを委ねるような感覚に陥っていった。




