猛り狂う獣たち
3日日、5月4日午前0時。
重く、低く。大地の底から唸るがごとく。暗闇の中に魔獣のような叫び声が響き渡る。
その声が、まさか人間の口から発されているとは誰も思いはしないだろう。
「霧崎。この男は白状しましたか」
拷問室に現れた黄色いフードを着た人物。
男性とも女性とも付かない、中性的な声色。
上沢高校へ派遣されて来た支部長。カリスマ教の刺客である。
『カリスマ』とは超人間的、非日常的な資質の事を指し、この人物も例に漏れず、その風格、オーラを全身から醸していた。
霧崎と呼ばれた白衣の男は、畏怖の念を感じながら答える。
「強情な男です。一千ボルトの電圧でも吐こうとしません」
電気椅子に四肢を奪われ、絶叫を上げる者は、クラウドたちと死闘を繰り広げたヨガ使いだった。
ヨガ男がこの様な責めを受けている訳は、クラウドたちの情報をカリスマ教側に漏らさなかったからである。
短い戦いだったが敵の強さ、特徴は捕らえている。答える事はたやすい。
だが、恩を受けた相手を売る様な真似は、武人たるこの男には出来なかった。
支部長は死刑を告げるかの様に言葉を放つ。
「気絶するまで、電圧を上げなさい」
霧崎はリモコンのスイッチを最大まで上げる。さらに強烈な電流が男を襲った。
ヨガ男は断末魔の咆哮を上げて、ぐったりと動かなくなる。
「地下牢に転がしておきなさい。くだらないヒューマニズムに捕らわれるから、この様な事になるのです……」
黄フードの人物は、興味を失った玩具に対するように、そのままま背を向けて、拷問室を後にした。
石作りの大広間。床には赤絨毯を敷き、まるで西洋の王室をあしらった様な豪奢な内観だが、闇を撒いた様な暗室の中では、鮮やかな彩りもくすんで見える。
絨毯の両側の縁に並び、ひざまづくカリスマ教の信者達。
赤絨毯の上を歩き、支部長は玉座に座る。
足元に愚者共を侍らせて、つまらなさそうに肘をつく。
「我々の理想を現実の物にする為には、常に完壁を求めなければならないのです」
黄フードは側近と思われる、日本刀を腰に下げた侍然とした男に言葉を求める。
「修羅になりきれない武人は、死んだも同然」
「その通り。この病んだ世界を変える為には、揺るぎ無い心と力が必要です」
黄フードの人物は、籠の中の小鳥の様に、静かに眠る黒髪の少女をモニター越しに見つめる。
「この方を手中に収めた今、次に打つ手は、異分子の排除」
周りに侍る部下たちに、カリスマ教の支部長は勅命を下す。
「古文書の存在も気になります。あの男を倒した人物を突き止めなさい。刺客を送りましょう」
*
「どうでぇ、赤外線カメラの様子は」
「ムラサメ少尉!」
テントの中の監視兵は、ビニール椅子から立ち上がり、直立不動の姿勢で敬礼する。
暗号名『ムラサメ』、本名は村上鮫次郎。
サバイバル同好会の2年生ながら、その実力から幹部クラスの少尉の位を与えられ、荒くれ者の集まり、特殊工作部隊の隊長を務めている。
ちなみに、生徒会誘拐の指揮を取ったのはこの男。
彼の特殊技能と装備しているギミックは、敵に回せば恐ろしく、味方であればこれ以上に心強い物はないと言われる、『タイガーシャーク』の異名を持つ、まさしく歴戦の勇たる漢である。
ライトに照らされたその姿は、迷彩服の中でも最もポピュラーと言われている、アメリカ軍現用正式採用服ウッドランド迷彩。
ジャングルブーツは靴底に鉄板が入っている代物。
男らしい、太い眉毛が印象的な顔立ち。
頭には黄色いバンダナを巻いていた。
「そんままでいいぜ。特に変わった様子はねぇな。上層部の通達だ。特別任務で表の世界への出動許可が下りた。手が空いてる奴は出発の準備をしやがれ」
「了解!」
「ニワカ、トラップの調子はどうでぇ?」
「いいっすね、やっぱ数研からぶん捕った、こいつのお陰で制御が簡単すよ」
ニワカと呼ばれた副隊長とおぼしきグリーンベレーの男は、ぞんざいに答えながら、数学研究部からせしめたノートパソコンを小突く。
彼の態度から、隊長との付き合いの長さが伺える。
「速射砲部隊!」
「良好です。何時でも使えます」
これもまた、野球部から奪い取ったピッチングマシーンをセッティングしている。
「衛生兵も準備はいいな、後方支援を頼むぞ」
部下達に指示を出し、ムラサメは時計を見る。
「おめぇら、警備に当てられてヒマぁ持て余してやがっただろ、任務のついでに、また邪魔くせぇ部がいたら討伐するぜぇ!」
『ヒャッハー!!』
『イー、ヤッハーッ!!』
世紀末を思わせる様な、奇声を上げる隊員達。
手の中の紙筒を放り上げながら、ムラサメは人喰い虎の様な笑い声を上げる。
「待ってやがれよ。この俺様とムラサメ小隊が、サバイバル同好会の名を轟かせてやるぜぇ……」




