アンバランス
「! なんで、あなたが『ユキ』の事を!?」
ユキ? 聞いた事の無い名前に、クラウドは首をひねる。それにスワン・コンツェルンって……。
「氷室探偵社の情報網……というより、この事件の依頼人は、この学校の校長である、あんたも良く知るスワン・コンツェルンの会長だからな」
「何だって!?」
「そして、あんたが令嬢の親友で、本当の目的はその娘の救出であるのも、すでに聞いているって訳だ」
「じゃあ、最初からそれを知ってて、あたし達に近づいたって事?」
言葉を失う晴海。ハナから雹河に踊らされていたのか。
「……あんた、とんだ食わせ者ね。でも、それなら話は早い。あたしは逃げないよ。あたしは絶対にユキを助け出してみせる。たとえ命を失ってでもね!」
クラウドは、晴海の背中に赤い気炎が揺らめいている様に見えた。
「友情のためか? 何が、あんたを突き動かす? なんで、あんたをそうまでさせるんだ?」
「それは、あたしが冒険家だから」
しばし睨み合う、晴海と雹河。
雹河は肩の力を抜くと、この男に似つかわしくない楽しげな笑みを見せた。
「負けたよ。あんたなら、大丈夫な気がしてきたぜ」
「あたしも雹河くんに言われたら、何とかなるかなと思えてきたよ」
「たいしたもんだよ、全く」
雹河はサングラスを外し、ポケットに収める。
そして、慣れた手つきで、晴海のあごを上向け。
「女なのにいい度胸だ。あんたみたいなイイ女は放っとけないぜ。ボクの彼女にならないか?」
突然の告白に、それを見たクラウドは心臓が飛び出そうになる。
対する晴海は、口を真一文字に引き締めたまま。
「ごめんなさい。あなたは悪い人じゃないみたいだけど、乱暴な人ってあまり好きじゃないの。どっちかって言うと……」
晴海は、丁寧に雹河の手を振りほどき、クラウドの腕を取る。
「あたしは、クラウドくんみたいな人の方がいいな」
「イ、インディコ!?」
(お願い、演技だからじっとしてて……)
雹河は、カチコチに緊張しているクラウドと、晴海を見比べ。
「ボクに言わせれば、てめえは彼女と釣り合ってない様に見えるがな」
「! お前、ケンカ売ってんのか?」
「忠告しているだけだ。釣り合わないといっても、容姿とかじゃない。内面的な所の話だ」
「どういう意味だよ」
「それぐらい、自分で考えろ。脳みそ持ってんのか?」
まさに、一触即発の2人。
晴海はクラウドの腕を、ギュッと抱きしめる。
そんな、晴海の姿を見やった雹河は。
「……今日の所は彼女に免じて許してやる。ありがたく思え」
自分から引き下がり、暴風警報は解除された。
「話は変わるが、てめえは『異世界』の話を聞いた事があるか?」
異世界? 急にファンタジーな話になり、混乱するクラウド。
「大阪の通天閣がある?」
「それは新世界だ。くだらねえ事を言うな、殺されたいのか?」
「待って。あたし、知ってるよ」
晴海はクラウドたちが自分の方に注目するのを待って、話し始める。
「子供の時だけど、町の中に違う世界の扉があるって聞いたことがあったわ。だから、あたしは探し歩いて、色んなところのドアやマンホールを開けまくった事があるの。怒られてやめたけど。でも、それがどうかしたの?」
「ボクも噂では聞いた事があったが、今回の事件で上沢高校の事を調べていく内に、こんな話を耳にした。異世界の入り口だった土地に、上沢高校が建っているとな」
「何だって?」
「まだ詳しく調べる必要があるが、この話が事件のカギを握っている様な気がする」
「へっ、メルヘンって柄でもねーだろ。なぜそう思う?」
「こういう言い回しは好きじゃないが、『探偵のカン』だ」
晴海と似たような事を言う雹河に、クラウドはちょっと顔をしかめる。
「晴海、あんたも興味があるなら、調べてみるといい」
「雹河くん、色々ありがとう」
「異世界か。なんだかマンガみたいな話だな。お前らはどう思う?」
ブラザーズは寝ていた。
のみならず、雷也まで高いびきをかいている。
「おい! お前ら、寝てんじゃねーぞ!」
「う~ん、あと5……」
「5分とか言うなよ」
「5時間」
クラウドは、リュックからバケツを取り出し、ブラザーズにかぶせてガンガン叩き鳴らす。
『うっわー!』
「寝ぼけながら、ボケんな!」
「だって、氷室の話長いんだもんよー」
「そういえば、ばいと代、まだ貰っていないでござる」
雹河は懐から財布を取り出すと、一万円札を3枚抜き取る。
「1日分だったな、受け取れ」
左手の蒼いグローブの指に1枚ずつ挟み込み、スナップを効かせて投げ放つ。
ただの紙であるはずの万札が、奇妙な硬度を持ち、雷也の足元の床に深々と突き刺さる。
が、すぐに形を失い、普通の紙幣に戻った。
「これは……? 手裏剣でもないのに、どういう仕組みでござるか?」
雷也は万札を床から抜き取りながら、首をかしげる。
「氷室、お前……」
「これが、ボクの新しい能力だ。そろそろ行くぜ」
「雹河くん、ユキが校長の娘だって事、他の人に知られちゃダメだよ」
「探偵はそんなヘマはしないさ」
「探偵なら、浮気調査かゴミでもあさってろ!」
雹河はシニカルな笑みを見せ、サングラスをかけると、扉の方へ歩き去った。
「あいつ、ますます人間離れして来たなーってか、むしろ厨二に拍車がかかったというか」
「忍者みたいでござるな」
「お前が言うなよー」
そして、なんだか晴海はピンと来た。
「あ。クラウドくんと雹河くんが仲が悪い理由って、もしかして『あっち向いてホイ』の?」
「氷室は校内予選決勝の相手だよー」
「やっぱりね。だから、クラウドくんを目の敵にしてるって訳か。プライド高そうだもん」
「まあ、それもあるけどー」
「クラウドと氷室の間には、絶対に相容れない壁があるわけで」
「?」
クラウドは、雹河が立ち去った扉を見つめながら呟く。
「あいつが出張って来てるとはな……。めんどくさいけど、負ける訳にはいかねーな」




