体育館での邂逅
徐々にカリスマ教の陰謀が見えて来た。
ノーテンキ冒険隊はさらなる手掛かりを求め、数時間に渡って六角堂校舎や第1・第2教室棟を隈無く捜索して見たが。
「何も見つからないでござるな」
窓を見ると、傾きかけた太陽が空を染め始めていた。
「生徒会室にもそれらしい物は無かったもんね」
「そういや、上沢高校消滅を企むカリスマ教が、なぜ生徒会をまとめて誘拐したりするんだ? 10人以上もいるんだろ、リスクが高すぎやしないか?」
クラウドの言葉に、晴海は考え込む表情を見せる。
「インディ娘ちゃん、どうしたー?」
「あ、いや別に……」
浮かない顔をする晴海に、多少の違和感を感じながら、次の目的地の体育館にやって来た。
ユニフォームから察するに、バスケ部員20人ほどが、入り口の前に山積みされていた。
「こりゃひでえな」
「争った形跡があるという事は、なにかしらの手掛かりがあったって事かな?」
晴海は眼前の状況から、分析する。
「ここに突っ立ってるのも何だから、とりあえず入ろうぜ」
クラウドはレールが錆びて立て付けが悪い、重い扉をこじ開けた。
薄暗い館内を、注意深く探索する。
「ねえ、バスケ部員をやっつけたのは誰だと思う?」
「バスケ部と仲悪い、バレー部じゃないか?」
「オレ、カバディ部に三千点」
「セパタクロー部」
「この高校は、そんな部まであるのでござるか……」
クラウドたちが考えを巡らせている、その時。
風を裂き、クラウドを狙って、バスケットボールが迫る!
クラウドの刹那の見切り。上体を反らし、難を逃れる。
流れ弾が北斗の顔面を捕らえ、跳弾が南斗の側頭部に命中する。
跳ね返った球が、また北斗の顔面に当たり、さらに南斗の頭に戻ってぶつかる。
『鬼痛てーっ!』
「相変わらずだな、三雲、雨森」
「オレらの名前を知っている……? 誰だ、出て来い!」
ステージを見ると、一人の男のシルエット。
それは、クラウドとブラザーズが昔から見知った男だった。
「お前はー……」
「氷室雹河!!」
闇を思わせる漆黒のコートを纏い、サングラスをかけたその男は、白銀の髪をなびかせながら、音も無くステージから飛び降りた。
その瞬間、全員の視界から姿を消す。
「えっ、消えた?」
「どこへ行ったでござる?」
「インディコ、後ろだ!」
クラウドの声を聞いて、晴海は後ろを振り向く。
果たして、雹河はその通りの場所にいた。
「お前か? バスケ部をやったのは」
「正当防衛だ、ボクが先に手を出した訳じゃないぜ」
「誰? この人。知ってるの?」
のっけから火花を散らす2人に、晴海が割って入る。
「コイツは、氷室雹河。天虹学園は知ってるだろ? そこの生徒で、オレとブラザーズと同じ東中出身の同級だ。コイツん家は探偵社を経営していて、アルバイトで探偵をやってる奴だ」
「ヘー、あなた探偵さん?」
雹河は床に唾を吐き。
「中学の時と一緒にするな、今は正式なエージェントだ。それに同じ中学出身などと言うな、てめえらと一緒にカテゴライズされるのは虫唾が走るんだよ」
「何だとっ!」
「あっ! こいつは拙者にあるばいとを持ちかけた男でござる!」
白い髪に、サングラス。確かに雷也の話と符合する。
「あんた、服部と言ったか。柔剣道場前で張ってろといったはずだが」
「1日分は働いたでござるが、ばいと代が貰える確証が無いからやめたでござる」
「連絡先を教えなかった事か。当たり前だ、ボクが絡んでいる事を知られたくなかったんでな。てめえには武道系の連中を押えさせるつもりだったが、見込み違いだった様だな」
雹河の不遜な物言いに、イラッと来るクラウド。
「お前がここにいる事自体がおかしいだろ、オレに会いに来たのか?」
雹河はサングラスをずらし、端整だが不機嫌な表情を現す。
「てめえのシケ面を見て何の得がある。依頼でもなければ、こんなくだらねえ学校に用は無い」
「随分なご挨拶だな。ここで決着をつけてもいいんだぜ、若白髪の厨二病」
「頭が悪いのか? これはプラチナブロンドだと何度言ったら分かる」
「お前の傲慢な、世界には自分しかいないみたいな態度が気に食わねーんだよ!」
「すぐ熱くなる、威勢だけのバカが。反吐が出るほどムカつくぜ……」
「もー、いいかげんにしてよ!」
晴海が険悪なムードに水を差すべく、声を張り上げた。
「その探偵さんが、この学校に何の目的で来たの?」
「それを尋きたいなら、まずそちらから話すべきじゃないのか?」
「インディコ、そんな奴に何も話すことはねーぞ」
「クラウドくんは黙ってて」
晴海はクラウドに釘を刺し、雹河に向き直る。
「あたしは夏山晴海。あたし達は失踪した生徒会役員の手掛かりを探して、ここに来たの」
ほう、と雹河は息をついた。
「奇遇だな。ボクの依頼も生徒会捜索だ。あんた達とは目的が共通してると見える。どうだ、情報の交換をしないか?」
晴海は、ちょっと考えて。
「……そうね、望む所よ」
*
「ふん、『上沢高校消滅計画』か。妙な話だな」
「でしょ。カリスマ教の狙いが、わけ分かんないよね」
晴海は今までの情報を、一通り提供した。
雹河もカリスマ教が事件の黒幕だという事は知っており、大体の情報はダブっていたが、この計画の事は初耳らしい。
「そうだな、今度はこちらの話をしようか。今から10日前、天虹学園の生徒から違法薬物の中毒者が出た事から、学園長からボクに依頼が来た」
「えー、天虹学園みたいなエリート校でそんな事があったのか?」
「一口にエリートと言うな。むしろエリートだからこそ堕ちるのも速い。頭でっかちの割りに、自分で善悪の判断ができないで、薬物に溺れ、宗教にはまる。学歴社会の一面が招いた事件とも言えるな」
学歴社会の歪み。
ワイドショーなどで、よく聞かれるフレーズだ。
「調べて行く内に、ボクはある団体の存在を知った。それがカリスマ教だ。奴らは各地域に支部を置き、周辺の中学・高校に触手を伸ばしているらしい。その中で、ボクが相手にした奴らは、卑劣で狡猾な戦略を持った奴らだった……」
天虹学園は、上沢高校より西のビジネス街にある、県内でも有数の進学校である。
また、スポーツも盛んであり、文武両道の完璧なエリート育成高校と評判だったが、むしろそこにつけこむ隙があったのだろうか。
カリスマ教は天虹学園に刺客を送り込み、心に闇を抱いている生徒達に違法薬物をばらまく。
薬物中毒になった生徒達を強引に信者に加え、金を巻き上げ、稼いだ金で天虹学園を掌握する。
警察などの手が入らない様、洗脳教育を施し、反抗しない様にする。
カリスマ教は、違法薬物と金と信者のサイクルが、天虹学園の中で完成する青地図を描いていた。
薬物の出所から、カリスマ教の根城を突き止めた雹河は、単身で乗り込み、建物すら残らない程に完膚無きまで叩き潰し、支部長以下を全て病院送りにしたということである。
「ヘー、雹河くんって凄いのね。見直しちゃった」
晴海の表情が輝くのを見て、なんか面白くないクラウドは、横槍を入れる。
「でもよ、天虹学園は支配されかけていたんだろ? 消滅を狙っていた訳じゃねえ」
「そうね、上沢高校の事件の分析には使えないわね」
「まあ、そうだな。だが言えるのは、これは素人に手が出せる物じゃないという事だ。ましてや女なら、なおさらな」
この言葉に、晴海は敏感に反応する。
「それって、あたしに言ってるの?」
「プロにまかせて、あんたは手を引け。一生取り返しのつかない事になるかもしれないし、命の保証すらないぜ。普通の生徒の様にゴールデンウイークを楽しんだらどうだ?」
雹河の言葉を静かに聞いて、晴海は重い口を開く。
「それは、薄々感じていたよ。あたしには手に負える物じゃないかもってね。……でもね、それでもあたしは命を懸けてやらなくちゃいけないの」
「スワン・コンツェルンの令嬢の事だろ?」
 




