クラウドとインディ娘
「ぐおっ!」
クラウドは、その一瞬のひるみを見逃さない。
背中のリュックから、便所掃除のカッポンってするやつを取り出し、ヨガ男の顔面にペタンと張り付ける!
「む、ぐぐーーーっ!」
唸りながら引きはがそうとするが、三雲雑貨店特製の用品はヤワではない。
苦しさのあまりに、もがき続けるヨガ男。
次第にその動きも鈍り、そのまま崩れ落ちて、あお向けに倒れた。
戦場に静寂が訪れる。
クラウドはヨガ男の顔から、カッポンをペリッとはがす。
実はコツさえつかめば、はがすのに力は要らないのであった。
「どう? もう起きてこない?」
「うん、白目向いてるから、しばらくは動かないと思うよ」
敵の戦闘不能を確認して、勝利を実感するクラウドたち。
『やったあーーーーーっ!』
右手同士をパチンと叩き合わせて、思いきり喜び合う2人。
「さっきはどうやったの? 何か光ったみたいだったけど」
「じゃーん。これよ」
晴海の手の上に現れたのは、カメラのフラッシュ。
「クラブ棟に行った時に持って来たの」
「ああ。だから、あの時……」
晴海が写真部で、フラッシュの使い方を聞いて来たのを思い出す。
「こんなタイミングで使うとは思わなかったけどね」
「オレもあんな土壇場でコイツを使うなんて、我ながらよく思いついたな」
クラウドは、手にしているカッポンを見つめる。
「あたしたち、意気が合うかもって言ったでしょ」
「なるほど。そうかもな」
*
クラウドと晴海は情報を聞き出すべく、ヨガ男を詰問する。
縄抜けをされてはかなわないので、ロープを縦横にぐるぐる巻きにして、ロースハムの様にしてやった。
「さあ、あんた達、考古研……いや、『カリスマ教』の事を喋ってもらうわよ」
「ほぉ……。すでに、考古研とカリスマ教の繋がりを知っていたか」
「伊達に冒険家をやってる訳じゃないんでね」
この時点で、事件にカリスマ教が絡んでいるかも知れない、という事しか分かっていなかったのに、カマをかけた一言で、カリスマ教の存在と、考古研がカリスマ教の刺客である事が確実になった。
晴海は意外と誘導尋間が上手い。
「お主ら、カリスマ教の目的は何だと思う?」
「どうせ、邪教集団の考える事と言ったら、信者を増やす事と金儲けくらいなもんでしょ。上沢高校を征服して、カリスマ教の巣窟を作るとかかな?」
ヨガ男の逆質問に、晴海は訳なくさらりと答えたが、男は大地を振るわせる様に笑う。
「おい! お前、自分の立場分かってんのか? 言われた事に答えろ!」
「そう急かすな。ワシも武人の端くれ、戦いに敗れた身だからな。話せる事は話してやる」
ヨガ男は大きく息をつき。
「カリスマ教の目的は、上沢高校の征服ではない。上沢高校の消滅だ」
『なあにぃーーーっ!!』
思わぬ答えに、クラウドと晴海は絶叫する。
「消滅って、上沢高校を潰すって事?」
「一体、何の為に?」
2人は、ヨガ男の答えを待つ。
「それは教えられない。それを教える事は雇い主を裏切る事になる」
「じゃあ、質問を変えるよ。考古研の、いやカリスマ教のアジトはどこにあるの?」
「それも答えられない」
「また、雇い主を裏切る事になるってか?」
「それもあるが、お主らの為でもある」
ヨガ男の意外なセリフに、2人は目を点にする。
「お主らも目的があって、ワシらと戦っているのだろう? 与えられた答えではそれ以上の進歩は無い。人間は苦しむ事によってしか、悟りを開く事は出来ないという事だ」
「つまり、自分らで探せって事か? 学校が無くなる瀬戸際かもしれないってのに?」
「まあ、言ってる事は分かんなくはないよ。これ以上この人に聞いても、得る物は無さそうね」
言いながら、晴海はヨガ男を縛っていたロープを解き始める。
「おいおい、いいのか?」
「いいじゃない。かかってきたら、またやっつけちゃえばいいよ」
「ワシを逃がすつもりか? 後悔するぞ」
「あたしたちはもう行くから、このままにしておくのもあんまりだしね。でも、今度敵として会った時は容赦しないよ」
バキューンと、指でピストルの形を作り、撃つふりをする。
ヨガ男は何か考え込んでいた様子だったが、最敬礼をしてその場から立ち去った。
「案外、気がいいんだな」
「そうよ、見直した?」
「まあな」
「えヘヘっ」
晴海は上目使いで、クラウドの顔をのぞき込む。
「……どうしたの、夏山さん」
「そうじゃないでしょ。あたしを呼ぶ時はインディ娘って呼んでよ」
「えっ……。それはちょっと、恥ずかしいな」
「えー、さっき助けてくれた時は、呼んでくれたじゃない。ねー、いいでしょー」
あの時、夢中でインディコと叫んでしまった事は覚えている。
とっさだったので、ぽろっと口から出てしまったのだが。
「ねーねー、ねーねー、お願い、おねがいー!」
あんまり、晴海にせがまれるのでクラウドはついに観念する。
「分かったよ、インディコ。……これでいいだろ?」
「わーい、やっとあだ名で呼んでもらっちゃった♪」
言いながら、晴海はクラウドに抱きつく。
「わー、また抱きつく! やめてくれよ!」
「どうして? クラウドくんって、女の人に抱きつかれるのが好きじゃなかったの?」
「また、それかっ! もう、ドキドキするから勘弁してくれ!」
「へー。クラウドくんは、あたしでドキドキするんだー」
ふーん、そっかー、と妙に満足げな晴海。
よく分からないけど、ようやく晴海の機嫌を直すことができて、クラウドはホッとする。
「なーに、ラブのコメしてるんだよー」
2人の世界に入っていたクラウドと晴海は、ブラザーズの存在に気付き、パッと離れる。
「ブラザーズ、今まで何やってたんだよ!」
『便所っ!』
ガッツポーズで力強く答えるブラザーズに、パコンパコーンとメガ正宗でツッコむ。
「痛てえな、何すんだー!」
「いつまでかかってんだよ、オレらがどれだけ苦労したと……」
「いてててて、ひどい目にあったでござる」
そこへ、目を覚ました雷也もやってくる。
「あれ? あの軟体男はどうしたでござる?」
「もう、あたしたちがやっつけちゃったよ」
「えっ! 本当でござるか? 一体、どうやって倒したのでござる?」
雷也の問いに、クラウドとインディ娘は顔を見合わせると、こう答えた。
「オレらのチームワークだよな」
「ねっ♪」




