その男、凶暴につき
激しい砂埃とブレーキング音を鳴り響かせながら、1台の黒いアメリカンバイクが、上沢高校の正門前に停まった。
「着いたか……」
黒のコートを身に纏ったその男は、誰ともなしに呟き、バイクを降りる。
男がもどかしげにメットを脱ぐと、白銀の髪が零れ落ちる。
年の頃は16、17ぐらいだろうか、少年らしいその端正な顔立ちは、見ようによっては幾多の修羅場をくぐり抜けて来た男の顔にも見える。
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「あいつらの高校が今回の舞台になるとはな、ツイてないぜ……」
口ではボヤきつつその顔に、うっすらと皮肉な笑みを浮かべる。
コートの背中に、豹をモチーフにしたエンブレムと銀文字のロゴが輝いている。
HIMURO DETECTIVE。氷室探偵事務所。
凄腕のエージェントを揃えた、この界隈では知らない者はいないとさえも言われている。
その中でも、少年、氷室雹河は実力NO.1を誇る高校生探偵であった。
バイクを茂みに隠すと、雹河は中庭を歩き始める。
初めて訪れた校舎とはいえ、構内の配置は頭の中に全て叩き込んである。
通い慣れた自分の学校とはまた違った空気を楽しむかのごとく、悠然と歩を進める。
白銀の髪が人目を引いたためか、それとも異質な存在は弾かれる運命にあるのだろうか。
数分の後、雹河はとある一団に取り囲まれた。
赤と茶色の横縞模様のユニフォームと、ヘッドギヤからラグビー部だと推測される。
鍛え上げた肉体を、売りにしているのかもしれないが、見た目から汗臭い体育会系。
痩身にして美形の、この少年と並ぶと、醜悪さが引き立って見える。
「なんだぁ、貴様、見かけねえ面だなあ」
世紀末のチンピラのような、口汚いセリフで因縁をつけるクラブ員達。
「見かけないのは当然だ、ボクはこの学校の生徒じゃないからな」
「ボクだってよ、こいつ」
「ん―、ボクゥー、子供はお家に帰って、ママのおっぱいでもシャブってたらどう―?」
ぎゃはははと知性の一片もない、下品な哄笑を上げるラグビー部員。
雹河はふう、とため息をつく。
「何が目的だ」
「決まってるじゃんか、通行料だよ、通・行・料」
男は親指と中指で作った、お金のサインをチラつかせる。
呆れた様に、雹河はプラチナの髪をかき上げる。
「最近のラグビー人気の弊害ってトコか。こんな輩がいるとはな……」
悪態をつきながら、肉食獣が獲物を見定めるように、一団を睨め上げる。
「どけ。これ以上やられ役と話していても、時間の無駄だ」
「なんだと、貴様ー!」
「目障りだと言ってるんだ。消えろ」
「ぶっ殺すぞ、こらあ!」
「やっちまえ!」
雹河の悪口に耐えかねた部員達は、いかにも悪人然したセリフを吐きつつ、暴力に物を言わそうと近づいて来る。
「ボクと戦りあうつもりか、面白い」
雹河は、左手の蒼色に光るグローブの指先をペロリとなめる。
「ウォーミングアップぐらいには、なるんだろうな?」
決着はついた。
10人はいたラグビー部員は、すべて倒されているが、少年にはかすり傷一つない。
元々から役者が違っていたのだ。
「チッ、準備運動にもなりゃしないぜ」
雹河はコートの埃を払い落とす。
その時、リーダー格の男が、卑怯にも後ろから鉄パイプで殴りかかる。
が、一瞬にして少年の姿がかき消え、一撃が空振る。
男は首筋に氷の様な……いや、それ以上の冷たい感触を感じた。
「いい度胸してるじゃないか、てめえ」
片手で男の首筋を握り締め、頸動脈に爪を食い込ませる。
雹河の発する殺気に、男は身動きすら出来ない。
「無駄だと思うが、一応聞いておく。てめえは『カリスマ』について何か知っているか?」
男はおぞましい程の寒さを感じ、震えて何も答える事が出来ない。
「答えろよ、死にたくなかったらな……」
さらに握る力を強める。少年の言葉にハッタリの含みは感じられない。
「す、すいません。言葉は聞いた事はありますが、意味は分からないです、ハイ……」
男は、心底脅えきった様に言葉を絞り出す。
「くだらねえ……」
雹河が手を放すと男は転がる様に、一日散に逃げ出して行った。
5月の新緑が眩しいこの空間に、冷たい空気が少年を中心に渦を巻く。
「まあいい。最初から簡単に片付く事件とは思ってないさ」
氷室雹河は日の当たる校舎街を眺めて呟いた。
「せいぜい楽しませろよ、存分に暴れさせてもらうぜ……」
*
「ついに来たわ……」
プレハブ小屋の鉄の扉、他の部室とそんなに変わらない様に見える。
だがこの部屋は、晴海には思い出すのも忌まわしい、考古学研究部の部室である。
「行くわよ、それっ!」
パチンコを構えた晴海を先頭になだれ込む。
「動くなっ! ……あれっ?」
部屋はもぬけの空だった。
筋肉質の御本尊、不気味な壁・天丼画も無い、普通の風景しかない。
さらには机や棚、その他の備品すら無く、この部屋に人がいたという痕跡すらない。
「部屋を間違えたんじゃない?」
「そんなはずは……」
クラウドたちや雷也は、文化系クラブ棟に来たのは初めてなので、考古研の位置を知っているのは晴海しかいない。
晴海の記憶が正しいのならば、部屋自体が入れ換わってるとしか考え様がない。
「引っ越しでもしたとかー」
「引っ越しか……そうね。うんうん、そうかそうか、よし分かったよ!」
推理をまとめきった晴海は、勢いよく立ち上がる。
「やっぱり、考古研の部室はここで間違いないよ」
クラウドは部屋を見回す。
「でも、何もないよ」
「考えてもみてよ。もし、事件の真犯人だったら、痕跡をいつまでも残して置かないはず。生徒会の誘拐をした後に証拠隠滅を図った。これがその証拠よ! きっと、考古研はアジトを別の場所に移したはずだよ!」
「うーん……、という事は結局、手掛かりは何も無しって事か?」
「そう決めつけるのはまだ早いよ、邪教がらみの事件なら、蛇の道は蛇。あそこに行けば、何か分かるかもしれないよ」
*
「何やら、物の怪の気配がするでござる」
羊皮紙に、血文字で書かれた看板。
字面は『オカルト部』。
僻地に立っているクラブ棟の、さらに僻地。
2階の一番奥の部屋だ。
何やら、うさんくさいお経が聞こえ、すえた匂いが漂ってくる。
雷也が、物の怪の気配と例えたのは大袈裟ではない。
扉の外からでもそれ程までに異様な雰囲気が感じられる。
普通の人間なら、この時点で怖じけて逃げ帰ってしまうであろうこの部屋に、今から侵入を試みなければならない。
晴海は、ドバーンと扉を開け放つ。
ちょっとは警戒しろよと言いたくなるクラウド。
だが、部屋の中を見て、思わず息をのむ。
床には魔方陣が描かれていた。
部屋は暗幕で外部の光を遮っていて、キャンドルで光を採っている。
匂いの正体は香を焚いているのだろうか、いろんな種類の香を混ぜてあるのか、まともに嗅いだら頭が痛くなりそうだ。
奥には祭壇があり、最上部に掲げてある、壁画にはヤギのような悪魔っぽい生き物が描かれているので、とりあえずクラウドは扉を閉める。
「おいおい、ヤバいだろ。あれ」
「クラウド、危険察知アンテナは?」
「バリ5だ。正直関わりたくねーな」
「拙者も嫌でござる」
「それでも行くの!」
『……はーい』
晴海の剣幕に押され、少数決を持って再びドアを開ける。
息を止め、こっそり侵入。
呪われそうな床の魔方陣は、絶対に踏まない様にして進む。
祭壇の前では、何者かが奇妙な踊りを捧げていた。
ほとんどビキニの水着の様な、妖艶な衣装を纏っている。
恐らく人間の女だろうが、この環境では信憑性が無い。是非とも人間であって欲しい。
晴海は意を決して、女に話しかけてみる。
「すいませーん!」
「ひゃああああああああああ!!」
いきなりでビックリしたのか、女は鋭い針で耳をえぐるような声を上げる。
「あ、あなた達は……何者!」
女の顔に彩られたメイクを見る限りでは、こっちがそう聞きたい。
「ああ、オレらは……」
「あなた達『カリスマ教』ね! そうなのね! 私を勧誘しようとしているのね!」
聞き慣れぬ単語に、クラウドと晴海は顔を見合わせる。
「カリスマ教? ちょっと、あんた!」
「こうなったら、一人くらいは道連れに死んでやるわ、てやー!」
女は、はだけた胸元から、ワラ人形を取り出す。
「ここに髪の毛を差し込んで。最終兵器、カース・オブ・ワラニンギョー、堂々完成!」
やたらと高いテンションで、頭上に出来たばかりのワラ人形を掲げる。
「これに五寸釘を打ち込めば、心の臓を押さえて苦しみ、そして死に至らしめるはず! 覚悟ーーーっ!」
「うわーっ、ちょっと待ったーーーっ!!」
あらぬ疑いで、勝手に呪い殺されてはたまらない。
人形を奪おうと、全員一斉に飛びかかる。
だが、先にオカルト女の繰り出す木槌が、五寸釘を打ち抜いた!
「ぎゃああああああああああ!!」
胸を押さえて、うずくまるクラウド。
だが、この悲鳴はクラウドではなく、晴海でも、ブラザーズでも、雷也でもない。
痛みでのたうつ、オカルト女。
「しまった……、自分の髪の毛を入れてしまった……」
ワラ人形は呪いをかけたい相手の、髪の毛を入れて使用するものである。
『アホかーっ!』
「お願い、誰かワラ人形から、釘を抜いて……」




