闇に舞う銀髪の少年
4月28日、金曜日。
西からオレンジ色の陽光が、柔らかく射し込む放課後。
「それでは、本年度の学生総会についての話し合いを始めます」
ここは生徒会室。生徒会役員たちが会議を開いていた。
今年の役員の構成は選挙で選ばれた2年生10人に、自由参加の1年生6人の計16人。3年生は受験勉強のため、2年生の生徒会長を中心として成り立っている。
生徒会の主な仕事は体育祭や文化祭、もろもろのイベントの基本計画と裏方、各クラブの備品や部費の割り振りの決定など。
細かい仕事まで上げれば枚挙に暇がない程に、様々な分野において活動をしている。
生徒会と言えば、教師たちの小間使い、お堅い根暗集団などのイメージが先行するが、この『私立上沢高等学校』においては生徒達の積極的な参加によって成り立っている。
これもひとえに謎の校長が掲げた、『生徒のやりたい事は何でもやっちゃいなよ』という、校訓と言っていいのか判断のつかないキャッチフレーズが、良い方向に働いているのが原因だと思われる。
その生徒会による話し合いが中盤に差しかかった頃、その事件が起こった。
ガシャーン!
ガラスの割れる音と共に、小型のボンベが生徒会室に転がり込む。
白い煙が一瞬にして充満し、それが催眠ガスだという事に思い当たる前に、その場にいた者全てが昏倒していた。
窓の外にロープが垂れ下がり、迷彩服の集団が生徒会室に侵入して来る。
ここは4階だ、となると侵入経路は屋上から。
この様な業を易々とやってのける様子と、装着しているガスマスクが、彼らが只者ではないというのと同時に、実行犯である事を雄弁に物語っていた。
「全員、運び出せ」
隊長らしき男の号令に流れる水の様な手際の良さで、所要時間5分とかからずに生徒会役員15名の回収作業は完了した。
リーダーはトランシーバーに向かって、低い声で放つ。
「オペレーション、オールクリア。オーバー……」
*
ドゴオオオオオン……!
漆黒の闇の中、響きわたる爆発音。
4月28日の深夜。
高層ビル群。その中でも一際目立つ建物から、赤い火柱が上がった。
その建物の最上階。フロアまるまる1階分をぶち抜いた部屋の中央で、2人の男が対峙する。
照明もない暗闇だが、炎が2人の姿を浮き上がらせる。
1人はかなりの巨躯である。
筋肉質の体を質の高いスーツで包み、おそらくかなりの地位にいる者と思われる。
その容貌は獅子を思わせる深い彫りを持ち、初めて見る者には強い畏怖の念を与えるに違いない。
そして彼が漂わせる風格が、彼こそ摩天楼の主であることを雄弁に物語っていた。
それが、彼の1時間前の姿である。
今では無数の裂傷が彼の衣服に刻まれており、全身から滲む血によって朱に染められている。
その表情にすでに余裕の色は無く、焦燥を混じらせた視線の先に映るのは、もう1人の男の姿。
引き締まった身体に、動きやすさと機能性を感じさせる黒生地のコートで身を包み、若く端整な顔立ちにそぐわない、いや、だからこそ良く似合う獰猛な笑みを浮かべた銀髪の男。
その左腕には冷たさを感じさせる深い青色のグローブを装着し、もう1人の男と対照的な無傷の姿が、勝者と敗者、2人の立場を明確に表していた。
「貴様……、一体何者だ?」
「何度も言わせるなよ、てめえらを叩き潰しに来た探偵さ」
銀髪の少年は、あからさまに不機嫌な様子で言葉を吐く。
「たった1人の男に、このカリスマがここまで追い詰められるとはな……」
「もう、詰んでるんだよ。言葉を間違えるな」
黒コートの少年の不遜な言いぶりに、男は邪悪な笑みを見せ。
「確かにそうかもな……。だが、俺はただでは死なんぞおおおおお!」
男は怒号を上げながら、少年に掴みかかる。
彼を道連れに窓から飛び降りるつもりだ。
「くだらねえ……」
だが、少年はあくまで冷静である。
青いグローブを着けた左腕を真っ直ぐ伸ばし、突っ込んで来た敵に触れるか触れないかの瞬間。
ドンッ!
衝撃の塊を、スーツの男の鳩尾に叩き込む。
男は糸の切れたマリオネットのように、ゆっくりと仰向けに倒れていく。
少年は軽く息を吸い込んで構えを解くと、止めを刺すべく敵に近づいた。
その時、ゴゴゴゴゴと地面が揺れる。
素早くバックステップで距離を取る少年。
ズズンッ!
轟音と共に、フロアの床が裂ける。
「ちっ!」
まるで、口を開けた大蛇に飲み込まれる獲物のように、床の穴に墜ちて行く敵。
それを阻止しようと、飛びつく少年。
だが、間一髪間に合わず、スーツの男は奈落の底へと消えていった。
「チッ、まだ聞き出す事があったんだがな……」
舌打ちをしながら、漆黒の闇を睨み付ける少年。
それもつかの間。
ドォン! ドォン! ドォン!
階下で響く、連続する爆発音。
「時間切れか……」
銀髪の少年は、壁一面がガラス張りになった窓に、青いグローブをかざす。
すると一瞬、窓ガラスが曇りガラスのように白く濁ったかと思うと。
バシャーーン!
派手な音を立てて砕け散る。
少年は軽く助走をつけて、窓からビルの外の空中に躍り出る。
自殺行為かと思われる無茶な行動。
だが、既に窓の外にヘリコプターが待機しており、吊り下げられた縄梯子にしがみつく。
ドオオオオオオオオオオン!
一際大きい爆発音が響き、少年がいた階の窓から爆炎が吹き出す。
その時には、すでにヘリは被害を受けない位置に退避していた。
都会の夜を切り裂き、飛んでいくヘリコプター。
機内に乗り込んだ少年は、内ポケットからスマホを取り出し、事務所に回線を繋ぐ。
「こっちは、終わったぞ。何? ビルを爆破するのは、やりすぎ? ボクが知るかよ」
電話先の相手となげやりに言葉をかわす少年。
だが、次の瞬間には厳しい表情と声色に変わる。
「今回も、求めていた情報は見つからなかった。次はどこだ。何処を潰せばいい?」
電話先から、次の標的が告げられる。
「分かった。今日は一旦、事務所に戻る。メシはいらない。切るぞ」
言うが早いか、少年は携帯を切り、無造作にポケットにしまう。
少年は、眼下に広がる夜景を見つめ。
「よりによって、あいつらがいる高校かよ……」
黒いコートを風にはためかせる、銀髪の少年。
氷室探偵事務所、No.1エージェントの氷室雹河は、うざったそうに呟く。
だが、その表情は、餌食を見つけた肉食獣のように、実に愉悦に満ちた笑顔だった。