五話 ホクの村は大変な事になっていた
ホクの村
陽が昇り、ホクの村を目指して北へ向かう。
道中は、ゴブリン等の魔物に出会う事無く進んできたのだが問題が発生した。
ホクの村のある方角から煙が上がっているのが見えた。
ただ距離がまだある為、何が燃えているかまでは分からなかった。
「どう思いますか?」
「なんでありましょう、もしかするとゴブリンの襲撃ではないでありますか?」
ノノの探知能力では、まだ分からない。圏外の様だ。もう少し近付く必要はある。
最悪な場合を想定し、弾薬の確認を行う。予備の弾倉もしっかりとあるから問題は無さそうだ。
ノノにも、持たせておくことにする。万が一の時は自分のみは自分で守ってもらわねばならない。
村に近付くにつれて、何かを壊すような音や何かの雄叫びや叫び声が響いてきた。これは最悪な方で間違いなさそうである。
村の様子を探りたい、とノノに言うと森の中を迂回して村を回り込めば見下ろせる丘の上に出ると言う。
現地の情報を知っているノノがいてくれて助かった。
なるべく音は立てずに進みたいし、魔物の襲撃であればこちらの存在が露呈するのは避けたい。
状況が分からない今こそ診療に動くべきだと思う。十和とノノにはそう伝える。二人には異論はないようだ。
時間を掛けながら森の中を進んでいく。丘の上に出るころにはすでに陽は頂点に達していた。かなりの時間が経過している。
サイの村と同じか大きい村が一望できた。幾つかの建物からは火の手が上がっていたようで、煙が上がっている。
村の南北には門があり、南側の門が破壊されているようだ。あのまま村に向かっていたら、その門を見ていた事だろう。
十和とノノは眼が良いらしく、特にケットシー族のノノは村の様子が良く見えるようだ。
「あの、ナオトさん。村の人の姿は見えないです」
「それは、生きている人がと言う事かい?」
「直人殿、なかなか酷な事を聞くのでありますよ」
「うっ、仕方ないでしょう。それで、ノノ、どういう事ですか?」
「魔物の姿は見えるんです、でも、それだけで誰かが戦ったり傷ついたりしているのは見えないんです」
すると、村の中から逃げ出した後なのだろうか。よく見ると、魔物はあちこちにいるがある建物の周囲に群がっているようにも見える。
村の外れの方だ。北側の門の近くに他の建物よりは大きく頑丈そうな建物が見える。
ノノに聞くと、前には無かったが冬を超える為に造った倉庫ではないかと言う。
この島は冬が来ると、雪が積もるそうだ。その為、頑丈で上等な倉庫を作るべきだと言う意見が各村で出たという。
おかげで、今度の冬には備えが出来そうだと話していたのだそうだ。
そうすると、あの建物が倉庫だとするとそこに備蓄されている食料を狙っているのか、もしくはそこに避難して籠城している村人がいるのでは、そう考えてみるか。
「ノノ、あの倉庫の中に人がいるのは分かるのかい?」
「もう少し近付けばわかります」
「具体的には?」
「きっ、昨日のゴブリンに気付いたくらいの距離なら……、わかります」
ここから見ている限りだが、ゴブリンよりも一回りか二回り背丈の高い魔物が倉庫の近くにいるのが分かっている。ただ、塀よりは低いはずだ。
北側から近付いていけば気付かれないと思う。しかも、塀の外側から周りこむ事が出来れば中の様子はノノが判断出来ると言う。
やってみる価値はあるだろう。いくら頑丈な倉庫とはいえ、扉や窓は壊されてしまえば魔物が中に入りこんでしまうだろう。ゴブリン一体一体が弱くても流れ込んでくるのを抑えるのは難しい。
現に、ケットシー族のナナやドッドも言っていた。弱い魔物とは言え、魔物は危険だ。
しかも、今向こうにいるのはこちらの倍以上の数の魔物である。さて、どうしたものか。
「十和、お願いがあります」
「なんでありましょう?」
「万が一、あの倉庫に村人が避難していた場合ですが」
「囮でありますか?」
「いえ、こういう仕事は自分の仕事です。魔物が自分の方に向かっていった後に倉庫の中の住人とコンタクトを取ってください。場合によっては、北の門から森の中へ避難を。待ち合わせ場所は、この丘の上にしましょう」
「何を言うでありますかっ!」そう言う危険な任務はわたしの仕事でありますっ!!
十和が声を荒げるが、ノノを守って下さいと言ってそれ以上の言及はさせなかった。
女性である十和とノノをなるべく危険から遠ざけたいと思うのは自分のエゴである。そこは譲りたくなかった。
すぐに行動に移す。まずは、丘を下り魔物には気付かれないように北側の塀に辿り着く。倉庫まではもうすぐだが、魔物が扉を壊そうとしているのか強く叩く音がする。
まだ時間はあるだろうか、ここで焦るわけには行かない。
塀を隔てた向こう側には丘の上から確認出来ただけでも十体以上はいるはずだ。
十和からは、さらに予備の弾倉を受け取っている。無駄使いするつもりは無いが大いに助かる。
声を出さずに進む。倉庫の横の方に出ている。ノノが意識を集中するようにして目を閉じている。
もし、人がいるのが分かったなら一度頷くように言ってある。どっちだ……。
ノノは一度頷いた。人がいる、と言う事だ。
十和に目線を向けると、十和も渋々と言う表情だろうが頷いてくれた。
これが作戦開始の合図だ。自分は一人南の門の方へと向かう。急ぎつつ、でも音は立てない様にしなければならない。
塀をグルリと周って進むと壊れた門の様子が見えてきた。
ホルスターから、グロックを手に取る。身体は壊れた門に隠しながら中の様子を覗き込む。ここからは、倉庫が見えない。今頃は十和達が自分の撃つ銃声を待っているだろう。
もちろん、すぐでは無い。ノノが周囲の魔物が自分の方へと向かったのが分かった時点で北門から中へと侵入し、村人を救出する。
成功したら、十和が一度空に向かって撃つから北の方角から銃声が聞こえたら、自分もこの場から撤収だ。
近くにいるのは、ゴブリンが三体だ。誰も居ないからか、止まっていた荷馬車を破壊して喜んでいる。なんだか、デジャヴだ。
一度深呼吸をする。木が燃えた臭いが漂ってくる。
スライドを引き、九ミリを薬室へと送り込む。まずは、一匹目。後ろから近づきながら銃を撃つ。狙って撃つ、短銃な作業だ。
これが、前世の話なら相手も銃を撃ってくるからこんな風に姿を見せるわけにはいかない。しかし、相手は魔物で飛び道具を持っているわけでは無いのだ。
落ち着いて倒していく。当たり所によっては一発ではゴブリンを倒す事は出来ないらしい。ダブルタップで二発ずつ撃ち込んでいく。銃声とゴブリンの奇声を聞いてか村の中に散らばっていたゴブリンが現れた。
銃が分からないのか、もしくは分かっていても近付かなかければいけないからか走ってくるのを射撃の的に見たて撃ち抜いていった。
ゴロゴロと魔石が転がっている。それを拾いながら戦闘を続けている。いや、戦闘では無い。一方的な虐殺だ。相手が魔物だからなのか、これと言って何か感情が湧くとかは無かった。
まるで、作業のようだ。倉庫の方からゴブリンの群れが現れた。その群れの中からも飛びぬけて身長の高い魔物がいる。顔は豚の様だが身体つきはガッシリとしている。
距離は、そう遠くは無い。構わず、九ミリを撃ち込む。
ゴブリンは相変わらずすぐに倒れて魔石を残して消えるのだが、豚顔は当たっているが簡単には倒れない。
顔面に命中した個体は倒れて消えたが身体に数発当てた程度では倒れないようだ。聞いてい無いと言うわけでは無い様子だが威力不足か。
人間と同じかもしれないな、頭部が破壊されれば人型の魔物は倒せそうだが、表皮が堅いとか頭部が無い魔物とかもこれから先に出てくる場合も考えて置こう。
ドラゴン、まではいかなくても鱗が弾をはじいたりするかもしれない。
手榴弾、あったら良かったのになぁ。逆に危ないか。
結局、距離を縮められること無くゴブリンと豚顔の魔物は倒した。他にもいるかもしれない。警戒を続けながらも倒した魔物の魔石を回収していく。
五十個の魔石が手に入れる事が出来た。一発の銃声が響く。自分では無い、北の方角から聞こえてきたから十和の作戦終了の合図だろう。
結果、予備弾倉は使い切ってしまった。思ったより豚顔の魔物の耐久力があったせいかもしれない。最初の二体に弾を多く使いすぎた気がする。
念の為、南の門から外に出て北の丘を目指す。追いかけてくる魔物がいるかと警戒したがそれは無かった。
結果として、囮のつもりだったのだが襲撃してきた魔物はあれで全部だったのかもしれない。
丘の上には十和とノノ、それにホクの村の住人が避難してきていた。
「十和っ、ノノさんっ!無事でしたか??」
「直人殿こそ、御無事でありますか?」
「ナオトさんっ!」
二人に怪我は無いようだ。状況を聞くと、自分が南の門で囮で戦闘を始めてすぐに倉庫の周囲にいた魔物が移動を始めたらしい。
一匹残らずとは思っていなかったもののおかげで倉庫に難なく辿り着き、ノノが中に避難している村の住人に話しかけたのだそうだ。
村人は女子供も含めて三十人。この中には負傷した魔術師おり、彼が魔物を倒して時間を稼いだお蔭で倉庫に避難できたと言う。ただ、彼が負傷してしまっていたので脱出する事もかなわないだろうと諦めてかけていたのだそうだ。
しかも、大人の男達は二日前にゴブリンの群れが出たという調査に出て戻ってきておらず戦える者がいなかったのだ。
「どうしましょう」
「魔術師の方は意識はあるんですか?」
「なんとかお話出来る程度には……」
「分かりました。ノノさんは魔術師の方から魔物のゴーストの対処方法を教わって下さい」
「えっ?!」
「十和、傷の手当はどうですか?」
「すでに済ませているのでありますよ」
十和の手当で、魔術師は意識は繋いでいるようだ。
完治するには時間がかかるだろうとの事であるが、それも仕方ない。豚の顔をした魔物は刃物を使っていたらしく、それで切付けられてしまった為に傷が思ったよりも深いそうだ。
村の人からはお礼を言われるが、愛想笑いしながら答えていく。
横にされている男の側による。この人が魔術師か。
服装は、確かにそれっぽい格好をしているのが分かる。血で汚れたローブと折れた杖が側にあり無理に身体を起こそうとするので、それを止めた。
寝たままで良い、そういうつもりだったのだが本人が嫌がるので座らせる。
彼もまたヒューマ族ではないらしい。猫では無く、狐だろうか。その印象を受けた。
「此度は、助かりました」
「村が攻撃されているとは知らず、すみません」
「そんなっ、我々の村です。あの様な魔物にみすみす明け渡す事になろうとは……。ピッグスが突然現れたのです、ゴブリンよりも大きく力も強い」
ピッグス、豚顔の魔物かと尋ねるとそうらしい。確かに、あれのせいで弾薬の消費が激しかったのだ。
覚えて置こう。
「それなら、無事に撃破しています。魔石も幾つかは手に入っていますよ」
「なんとっ!!それはまことですか?」
「えっと……」
適当にポーチに入れてある。そのせいで、どれがピッグスの魔石なのかは分からないが魔術師の男はピッグスの魔石だと言って驚いていた。
この中にはちゃんとあるらしい。十和が見ていたので、魔石を渡す。弾薬の補充を任せる。
「それで……、お名前は?」
「失礼いたした。儂は、ホウジョと申す」
「ホウジョさん、ですね。怪我をしているところ申し訳ありませんが、こちらのノノさんにゴーストの対処法を教えていただけないでしょうか」
「ゴースト、それは何処に出ておるのでしょうか」
サイの村と他の村を繋ぐ街道に出る事を告げる。ノノが魔術師の適正がある事も伝えると、驚いた顔をしていた。
丘の上から移動して逃げるべきか考えているとホウジョは言うが、村の中に入りこんでいた魔物を全て倒している事を伝えるとホウジョはさらに驚いた顔をする。
しかし、門は破壊されており魔物の襲撃にもう一度耐えられるかは分からない。また、男手が誰も戻っていない事を考えると村から避難する事も考えた方が良いとの事だ。
女子供、そして老人しか残っていないが、なんとか協力しながら必要な物を最低限持ってサイの村へと避難を始める。
ノノにはホウジョの側で守りながら移動することにした。他にも足の遅い者などもノノの周りに配置して進む。
自分はと言うと、集団の先頭を進む。ノノ程ではないが、狩りをしていると言う女性がいたので一緒に一緒に先頭に立つ。斥侯の役目をお願いする為だ。
万が一、魔物が出た場合はすぐに自分に報告してもらい、自分が倒すと言った方法を取ることにしたのだ。
ただ、避難する村人の後方ががら空きになってしまう。そこで、十和を配置した。戦闘は極力避ける事を徹底する。
対処不可能の場合は自分と協力して対応し、避難民だけでもサイの村へと向かってもらう。その方が良いだろう。必要な時間を稼いだ後は自分達も撤収すれば良い。
その道すがらでノノはゴーストの対処法をホウジョに習ってもらう。そうすれば、ゴーストが出た場合でも対処出来るだろう。
決まってしまえば、村人の動きは迅速だった。テキパキと準備を済ませて南門に集まる。本当に、着の身着のままである。
唯一は、道中一泊する必要がある。その際の食料や野営用のテント、少ないがなんとか集めてきた聖水も持って出発するのだった。
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