第1話 突然の出会い
『ディエイラ様、アトス王国の勇者イワンと名乗る者とその一団を、城門前にて仕留めました』
『そ、そうか……』
『第108兵団遊撃隊下部組織所属、私バジーンが見事止めを刺しました!』
アトス王国のイワン……ですって?
今の僕からの念話が本当なら、『月刊イケメン勇者』人気ランキング2位、アトスの白雷イワンが来ていたのね!
くそ、私も密かにファンだったのに。
イワン様も私のもとまで辿り着けなかったのか……。クスン。
魔王だった父は単身王都に乗り込み、そして勇者との戦いに敗れてしまった。
その後、私が魔王の座を引き継ぐ事になった。
しかし私が玉座に腰を据えてから、もう数千年の月日が流れているけど……一切何もしていない。
『すまないディエイラ。寂しい思いをさせるかもしれないが、ディエイラは絶対に魔王城から出るんじゃないぞ』
念話で届いた父の遺言に従い、ずっと城に閉じ籠っているの。
父が亡くなった後数年間は、城で泣き明かす日々が続いたわ。
父の仇を――なんて考えた事もあったけど、人間達を滅ぼしたところで父は戻って来ない。
それに私が城に残ったまま僕達に侵攻させても、私の気が済むとはとても思えないしね。
そもそも単独で乗り込んで敗れてしまった父の仇討ちで、人間界に侵攻するっていうのはちょっと間違っている気がしたの。
城に籠って、自分の部屋と玉座の間を行ったり来たりするだけの日々。
届けられる雑誌を読み漁るだけの退屈な日々。
血筋で受け継がれた永遠の命を、無駄に消費するだけの日々。
長い年月が過ぎた今では、人間達に対する恨みや憎しみよりも、華やかな人間界への興味の方が強い。
男女の恋愛に対する興味の方が圧倒的に強いのよ。
各国に次々と現れるスター勇者達。
魔王軍討伐情報雑誌を眺めながら、彼らがやって来るのを今か今かと待ち構えている。
それなのに――
僕達が強過ぎて、誰も私のもとまで辿り着けないのよ!
かと言って城や周辺の警備に誰も配置しなかったら、今度は罠だと疑われて誰も攻めて来ないし。
適当に弱そうな奴を警備の任務に就かせているのに、それでもこのありさま。
私の欲望の為に死んでくれ、なんて命令は口が裂けても言えないよ。
父よ、一体どうやって敗北したのか教えて貰えませんか?
誰も来ない。
誰とも会えない。
会話も僕達と念話しかしていない。
そんな日々を数千年続けている。
もううんざり。
私は女子なのよ! 男子とイチャコラしたいのよ!
そんなある日、いつもと同じく雑誌片手に玉座で退屈な時間を過ごしていると、突然目の前の空間がグニャリと歪み始めた。
何事かと眉間にシワを寄せて眺めていると、すぐに普段通りの薄暗くて寂しい玉座の間に戻った。
1つ違ったのは、先程空間が歪んだその場所に、キョトンとした表情の男性が立っていた事。
……これはアレね。空間転移とか言うヤツね。
そんな魔法が過去に存在していた記憶はあるけど、実際にこの目で見るのは初め――男だ。
お、男だ、男だー! 初めてナマで男見たー!
やっと男子と触れ合えるぞー! ィヤッホーイ!
しかも珍しい黒髪で、今まで読み漁ってきたどの雑誌にも掲載されていた記憶がない、不思議な衣装を身にまとっている。
武器のような物も所持していないみたいだし、何処か違う世界からでもやって来たのかしら?
お、お落ち着けとにかく落ち着け私。
あまりジロジロと見てはイメージが良くないよね。……コッソリと見よう。
先ずは胸に手を当てて深呼きゅ――し、しまった。
今日勇者が攻めて来る、なんて話も僕から聞いていなかったから、ダッサい部屋着の上からローブを羽織っているだけだった。
うぅ、乙女な私がこんなお洒落の欠片もないような服装を見られてしまうなんて。
第一印象最悪だよ。見なかった事にして貰って、今からダッシュで着替えに行こうかな……。
こんな出会い方があるのなら、普段からもっと可愛らしい服でおめかししておけばよかった。くそー!
男性はというと、両の拳をグッと握り締めて、私に何か言おうとしているみたい。
でも今の状況にちょっと戸惑っている様子にも見える。
それに魔王の私が怖いのか、膝が少し震えている。
……カ、カワイイ。カワェエー! 耳とか真っ赤じゃないのよ!
そんなクリリとした黒い瞳でまじまじと見つめられたら、惚れちゃうじゃない。
ぅお、ぅおぉー、胸が苦しい! 心地良く苦しいよ!
こんな感覚初めてだよ!
聖剣で一刺しにされたみたいに心の臓がドキンドキンする。
いや、された事なんかないけどさ、多分そんな感じに刺激が……刺激が凄い!
これが、……これが本物の恋なのね!
雑誌で見ていた勇者達なんて、比べ物にならないくらいにドキドキするよ!
ああ、長かったけど数千年待った甲斐があった。
彼こそ私の運命の人だ。
噂に聞く一目惚れっていうヤツだよ。
真っ直ぐに見られないくらいキュンキュンするもん、間違いないよ。
何としてでもこのヒトを私の旦那様に迎えたいわ!
でもねー、自慢じゃないけど、私には全く恋愛の経験がないのよ。
彼を虜に出来る恋愛のテクニックや駆け引きなんて、雑誌で入手したものくらいしか持ち合わせていないし。
困ったわ。一体どうやって彼と接すればいいのかな。
……確か『魔界結婚情報誌 絶句死』の特集記事に、男性はギャップに萌えると書いてあった記憶があるわ。
ふむふむ、魔王である私がお淑やかに話し掛ければ、好印象を与えられるに違いない。
やっぱりお互い第一印象って大事だよね。
……よし、まずは挨拶から始めよう。
フフフ、私の本気を見せてやろうじゃない。
服装じゃ失敗しちゃったけど、ここから挽回よ!
ようこそ、いらっしゃいませー。
最高の笑顔で挨拶しようとしたけど、すんでの所で言葉を飲み込んだ。
今日のお昼ご飯、ドラゴンの頬肉マンドラゴラソース和えだった。
臭いがキツイ食事だったけど、……女子なのに私の口臭大丈夫かな?
……
「……よ、ようこふぉ、いらっひゃいまふぇー」
なるべく息が横に逸れるようにと、口を斜めに尖らせて挨拶した。
……
愛しのダーリンは固まったままピクリとも動かない。
ふたりの間に、何とも言えない変な空気が流れている。
しまった。ひょっとして今の私の顔、非常に不細工じゃないかしら?
挨拶すらまともに出来ない女だと思われてしまったかも。
嫌われちゃったかな。
この恋、もう駄目かもしれない。グスン。
色々な考えが頭の中をグルグルと回り始めたその時――
「●●、●●●●●●●?」
ダーリンがやっと重い口を開いてくれたのに、話してくれた言葉が全く理解出来ないわ。
も、もしかしてダーリンも私の言葉が理解出来なくて、返答に困っていただけなのかな?
な、なーんだ、良かったー。助かった!
嫌われたワケじゃなかったのね。
……よし、そういう事なら。
「ダーリン。今から言語習得の魔法を唱えるから!」
ちょっとそのままで待って! と両手を開いて説明すると、ダーリンは首を傾げた後ゆっくりと頷いてくれた。