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序章

皇暦710年9の月終わりの日。隣国クヴィネヴィア帝国との戦争は熾烈を極めている。我がガラハッド皇国は皇国の威信と神々の加護を持って善戦を続けてきたが、敵国の不死兵団との戦いに国も兵も限界が来ている。各地で戦いを続ける円卓の騎士たちも一人、また一人と減っていっている。俺もこの戦況報告書が最期の日付となるもやむなしと覚悟を決め、戦場へ出るとする。皇国に栄光あらんことを。第7騎士団団長ガラティーン


出立前に遺書の様な日誌を書き終え、戦場へ向かう様になったのはいつからだろうか。そもそも報告書なんてものは好きじゃなかったが、それでも戦が始まって間もなくの頃はちゃんとその日のうちに書いていたものだった。それが今では眠れるときに眠っておかないと、の精神で朝の出掛けにさらさら辞世を書くようになってしまった。この戦は、かなりまずい所まできている。


東から太陽が昇り始め、砦の外には既に陣が張られている。士気はお世辞にも高いとは言えない。我々の任務はこの砦を死守する事ではない。敵勢力を圧倒し、退かせる事であるが、それができるとも言えないのが現状だ。この数ヶ月、敵国に死なない兵が現れたからだ。

厳密に言えば彼等は生きてはいないのだろう。生気の無い目でこちらを睨み、腐臭を発して進軍を続ける異様な兵団だ。斬っても焼いても立ち上がり、進軍を続ける悪夢の様な存在だ。世にも恐ろしい魔術を開発したのだろう。彼等は深夜の数時間しか現れないが、それでも日中我々が推し進めた戦線を軽々とこの砦まで戻してくる。我々に本営からの大規模な増援がない限り、次の砦を落としたとしても戦線の維持は難しい事を考えれば、防衛ラインの死守か現実的な任務だろう。冬になればこの戦いも停戦となるだろうが、不死の兵士相手では不安は拭えない。士気が上がるはずがない。


「進軍開始!」

陣が前に進む。士気は低いが練度は高い。兵は思い通りに進んだ。早朝は我々の時間だ。戦線を押し戻すべく進む。敵勢力はまともにぶつかれば押し戻せるのだ。歩兵、騎兵、魔法兵、どれも上回っている。あの不死の兵団さえいなければ敵ではないのだ。今のうちに夜のためのアドバンテージを作らなくては。敵の第一陣が近づく。歩兵だ。工作兵器も柵もない。横列の陣が幾層にも連なっているが、堅固には見えない。騎兵で突破できるだろう。乱れたところ左右から引き裂いてやろう。

「突撃!」

自ら先頭に立ち馬を走らせる。錐の様に鋭い突撃を見せてやる。雄叫びをあげた。ふいに、腐臭が鼻腔をかすめた。




皇暦710年10の月始まりの日。誤算だった。全てが誤りだった。不死の兵団は時間の制約を打ち破り我々の軍を蹂躙した。命からがら落ち延びたものの、味方の兵も馬もなく、ただ一人。砦は陥落してしまっただろうか。兵はみな討たれてしまったのだろうか。知り得る術はない。既に日を跨いだであろう今日の日を最期とし、敗戦の将として責任をとりたい。第7兵団団長ガラティーン


元団長かな、と独りごちた。最期の最期できっちり夜に報告書を書いてる事や、やっぱり遺書の様になってる事などが少しだけ可笑しかった。

月が出ていた。いい月だ。そう思った。不死の兵が俺を探している。出て行ってやろう。そして戦って死ねば、騎士としての誇りは幾らか残せるだろうか。綺麗な森だ。小川も、木々も、月の光も、全てが愛おしかった。この祖国の風景を守りたかった。複雑な感情の嵐が胸を吹き荒れたが、栓の無いことと言い聞かせ、呼吸を整えた。少し先に人影が見える。

「ガラティーンここにあり、参る!」大きく叫んだ。



影は4つ。3つは甲冑姿であった。明らかに狼狽えていた。剣を抜き打ち一太刀で首を2つ飛ばした。残る一人は雄叫びを上げ剣を振りかぶった所で喉ついた。また静かになった。

残る1つの影はローブをかぶりニワトコの杖を持った少女であった。こんな場所、時間に少女がいるとすれば、森の賢者であろうが、ここに転がっている帝国兵達には格好のご褒美にしか見えなかったのだろう。不死の兵ではなく、若い生身の兵士達であった。身なりを冷静に見てみると、恐らく弱小貴族の坊々だろう。腰掛けに戦に加わったものの、その地位の弱さから前線に追いやられ腐っていたところ悪さを働いたといったところだろうか。よくある話だ。相手は姿形こそ可憐な少女であるが、その実年齢も性別すらもわからない仙人の様なものなのだ。俺が飛び込まずとも、一瞬後には魔術によって緑草人形になっていただろう。生きながら樹木の養分となる恐ろしい魔術だ。むしろ俺が助けたのはこの兵士達かもしれない。人として死なせてやれたのだから。

「賢者様。私はガラハッド皇国第7兵団団長ガラティーン・ブルーと申します。森の木々と土を、不浄な血で穢してしまった事、誠に申し訳有りません。どうかお許しください。」

賢者は森の、自然の一部だ。謝り怒りを買わない様祈るしか無い。災害と同じ様に。跪き頭を深く下げたまま返事を待った。

「賢者様・・・?」

「・・・・・った・・!」

「え?」

「こわかったよ〜っ!!」

賢者の威厳はそこになかった。




落ち着きを取り戻した賢者は自身の事を話してくれた。もっとも泣き喚いたり帝国兵の死体を見て吐いたり結構な醜態を晒したのち30分ほど背中を撫でたりお茶を入れたりといった苦労はあったが。

少女は間違いなく森の賢者であった。皇国ができるずっと前からこの森に住み、自然と魔力調律者として存在していた。最後に人と会ったのは1200年前だという。

「久しぶりに色々あってびっくりしただけなんだからね!」

と少し恥ずかしそうに言っていたが、きっと彼女が人として生きていた時間外見のそれとあまり変わりなく、それ故の社会性の形成不足がこのあどけない人当たりとなっているのだろう。腑に落ちないがそう納得する事にした。

「しかし賢者様はなぜ、1200年振りに人の前に姿を現したのですか?」

彼女が言うところにはここ数ヶ月自然の魔力の消耗が激しく、マナの流れが大きく乱れ、突然姿を現してしまったとのことらしい。あの邪悪な不死の兵団の魔術と関係があるのだろうか。

それは彼女の言を借りれば「マジでホントにありえないくらいヤバい」魔術らしく、世界中の魔力の源を破壊する「黒いマナ」の魔法らしい。遠い遠い過去に封印された禁忌だが、帝国は何らかの方法でその魔法を復活させたようだ。

「またその魔法を封印する事はできますか。」

あの魔法さえ封じ込めれば、不死の兵さえいなければ皇国は負けない。

「方法はあるわ。っていうかやるしかないし。ヤバいもん。でもマジで難しいし、超危ない。それでもいい?」

さっきまでいかに死ぬかを考えていた人間に、そんな言葉なんの障害にもならなかった。

「おっけー☆あたし的にもやってもらえないとマジでヤバいしそう言ってもらえて助かったよ。ありがと!」

あどけない顔で笑った。本当に少女の様だ。

「賢者様。私は何をすれば。」

「あのね、この封印っていうのは凄く大変なの。だからだから君にはちょっと修行してもらって、封印魔法を習得して欲しいんだ。とても沢山の時間がかかるけど、時間も次元も違う所へ飛ばすから、どんなに時間が経ってもこっちでは一瞬だよ☆」

とても可愛らしい無邪気な言い方だったが、内容は結構重たかった。

「どういうことですか?」

「んー、だから全然違う世界でそのコミュニティの一員として、与えられた修練課題をこなしていけば自然と覚えられるよ。だけど向こうでは向こうの世界があるから、向こうでの生き方をしっかりマスターしてね☆あたしも向こうの時間で5年くらい修行してるけどまだまだなんだよね〜。君も頑張ってね☆」

目眩がした。千年以上生きている賢者様が5年かかっても習得できない魔法を、俺は一体どれだけの時間を費やせば習得できるというのか。心が折れそうになった。しかし、各地で戦っている戦友を思い浮かべ、心を奮い立たせた。カラドボルグ、アロンダイト、彼等は心折らずに戦っているだろう。俺もやるべき事をやらねば。

「やります。やらせてください。」

「おっけー☆じゃあ転送するね!えいっ!」

随分あっさりだな。この世界に別れを惜しむ暇なく、俺は光の柱になった。




賢者様だ。何か喋っている。

「この世界では君の名前は違う名前だよ☆なんだったかは忘れちゃったから自分で調べてね!」

「君が持っていけるのは自分の体と精神だけ。あとはその世界のものを現地調達してね。」

「その世界の人たちは今までの世界と常識も考え方も善悪の判断も違うから、うまく適合してね!もし異世界から来たなんてバレちゃったら修行にならないから注意してね☆」

「その世界の君の身分や居場所は用意してあるから、自分はその人間なんだって思って行動してね!それじゃ頑張ってね☆期待してるよ〜☆」



目が覚めた。不思議な夢だった。ここのところの戦の閉塞感でかなり参ってるらしい。ただ、夢で良かったとも思った。悪夢の様な敗戦を思い出しそう思った。報告書をかかなきゃな。寝床を出て懐から日誌を取り出す。10の月始まりの日。書かれている。見知らぬ部屋だった。



部屋はベッドとテーブル、小さなキッチンがある狭い部屋だった。狭いながらに様々な棚や収納スペースがありよくできている。テーブルの上には置き手紙。恐ろしく綺麗だが生気のない冷たい文字で式典の案内が地図と共に書かれている。式典の日付は10月1日。恐らく今日の事だろう。早速課題か。やってるやる。

式典は叙勲式、任命式、昇進式と、そこそこ経験している。多少勝手は違えどなんとかなるだろう。収納を漁り礼装を身につける。かなり簡素であるが珍しい肌触りの生地であり、異世界を感じた。先ほどの手紙をもう一度見返す。


「平成28年度 結城信用金庫 内定式ご案内 柄帝院 葵様」


「やってやる。」

声に出して言った。


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