悪夢の指先
講義が一段落してうぉーりーは一息ついた。ふと街道の方に目を向ける。そうしてうぉーりーは少々、おかしなプレイヤーが一人いる事に気が付いた。
どたどたと慌ただしく走り回るプレイヤーがいる。
スキンヘッドに長い髭を生やした初老のアバターだ。
頭上には『buliteli00312537 魔術師 LV50~』と書かれていた。ギルド『三丁目』メンバーの一人である。
「buliteli じゃんか。どうしたんだ?」
彼の行動を不思議がったうぉーりーは、buliteli を呼び止めた。buliteli はうぉーりー達の姿に気づくと慌てた様子で走り寄り、口を開いた。
「人を探しているんだ。『さあ、プリンを崇めなさい!!』と、『◇クーちゃん』を見かけなかったか?!」
「すごい名前だな。見なかったと思うぞ。プリン崇めろは気づく。」
「そんな……何でだ……クソッ!!」
buliteliの焦った様子にセージも眉をひそめる。
「何かあったのか?」
「今言った2人は俺が野良パーティーを組んでた連中だ。けど、下手打ってパーティが壊滅しちまってよ……。街に戻って体制を立て直そうと思ったんだが……。」
buliteli は一瞬口ごもり、迷った後答えた。
「……戦闘で死んだ2人が見つからない。 どこにもいないんだ――」
『タクティス・アドヴァンテージ』のシステムでは、戦闘で死んだプレイヤーはペナルティに多大な経験値を失い、ゲーム開始時の街の教会に戻されるシステムとなっている、その筈である。
しかし、教会はおろか街の中のどこにも彼らの姿が無いというのだ。
この異常事態にbuliteli の他、ヒカリ達4人も手分けをして街中を手当たり次第探し回った。通りすがりに会った『三丁目』ギルドメンバーにも協力を要請し、他プレイヤー達にも事情を説明して探し回るものの、やはり『さあ、プリンを崇めなさい!!』と、『◇クーちゃん』を見た者はいなかった。
『三丁目』ギルドメンバーは一旦捜索を中断し、ギルド倉庫に集まることにした。
ギルド倉庫はギルドメンバーのみが入れる広いが殺風景な部屋だ。隅には幾つか木箱が置いてあり、メンバーで共有するアイテムや武器が保管してある。
メンバー一同が介するが、重苦しい空気の中、発言する者はいなかった。
全員が同じ疑惑に突き当たり、悩んでいた。
バトルで死亡したプレイヤーが消えてしまった。
この世界で死んだ者は、果たしてどうなるのか?
「現実でも、死んでしまうのでしょうか……?」
おそるおそるペトラは口にする。
「まだそう決まった訳じゃないさ。きっと大丈夫だ。」
あえて気休めの言葉を口にしたのは『鬼弁慶』。角の生えた凶悪な仮面を被り、獅子のたてがみの様な髪と髭を生やした巨漢のアバターだ。
「だがなあ……他の連中にも注意を促しておいた方が良さそうだ。すまないが、席を外させてもらっていいか?」
「わ、ワタシも、えと……張り紙作って目立つ所に貼ってくる!!」
青ざめた顔で、それでも慌ただしく駆け去って行ったのは、緑の髪で目元の隠れた小柄な商人アバターの『グリンクレヨン』だ。
そんな二人の後ろ姿を見送った後、buliteli も立ち上がると、
「もう一度だけ、二人を探してくる。しばらく一人にしてくれ…」
「判った。けどさ…、無茶すんなよ。」
釘を刺すうぉーりーに頷き、buliteli はふらりと倉庫を出て行った。
そんな彼をヒカリとペトラは痛ましそうに見つめていたが、かける言葉が見つからず、黙って見送った。
うぉーりーが口を開いた。
「俺らも手分けして警告しに行くか。」
「そうだな。……いや、先に行ってくれ。俺はヒカリとペトラに話がある。」
セージの答えに、首をかしげながらもうぉーりーは頷き、倉庫を後にした。
戸惑うヒカリとペトラに向き直り、セージは迷いながらも話を始めた。
「この後、うぉーりーと一緒に街の外に出ようと考えてる。二人もついて来ないか?」
「えっ?!」
口を挟もうとする二人を片手で制し、セージは続けた。
「今は静かなものだが、現状がいつまでも続くとは限らない。こんな世界に囚われてる時点で何事も有り得ないもへったくれも無いからな。」
「だからこそ、何も起こってない内に備えをしておいた方がいいと思うんだ。レベル上げにアイテムの補充とかな。」
「……レベルを上げるのが備えになるんですか?」
セージは首を振った。
「判らない。ただ、俺はこの世界が意図的な箱庭に創られている様な気がするんだ。」
言われてみれば、この世界はゲームプレイヤーの為にしつらえて創り出された世界の様に思えなくもない。
ヒカリとペトラは俯いて考え込む。セージはさらに言葉を続けた。
「俺達はある程度の経験者だから、パーティを組めば安全にレベル上げ出来る。もちろん無茶は控えるさ。」
「でも、私、レベルが上がっても役に立てそうにないよ……。」
ヒカリは小声で呟いた。この手のゲームがヒカリは苦手だ。先程の戦闘で再度実感していた。
「足手纏いにならない程度になってくれればいい。面倒見ると言った手前、ヤバくなったとたん放り出すのは嫌なんだ。」
そんな風に言われると断るのが申し訳無くなってくる。
まだ恐ろしさは消えないが、それでも二人はセージ達に付いて外へ行く事にした。
――うぉーりー、セージ、ペトラ、ヒカリは街の外の近くの水晶の洞窟にやって来た。
『水晶の洞窟』は武骨な岩で構成された神秘的な洞窟で、高い天井、壁、地面ところどころに多彩な水晶が埋まっている。
その結晶はそれ自体が内部に光を含み、淡く明滅していた。
ここで初心者の二人のレベルを上げるついでに二人の最初のレベルキャップを外すクエストを達成するのだとうぉーりーは語った。
「回復アイテムも多めに持ってきた。二人とも結構慣れてきたし、大丈夫だろう。」
そうして、4人は大きく開かれた洞窟の入り口から中へ入っていった。
――洞窟からやや離れた岩陰、そこにうぉーりー達4人を遠くから監視している存在があった――






