ようこそ『タクティス・アドヴァンテージ』へ!
夏休み初日、女子高生のひかりは部屋のパソコンでオンラインゲームのガイドを読んでいた。
彼女はマイペースに生産や商売をするゲームが好きだった。しかし、ひかりが好んで遊んでいた無料オンラインゲームは過疎化し、終了間際となってしまった。なのでひかりは次の遊び場を探そうとチャットで聞いたお勧めゲームを試そうとしていたのだ。
ゲーム名は『タクティス・アドヴァンテージ』
話に聞いた通り、そのゲームのイラストはひかりの好みに一致していた。しかし、
「アクションRPG、かー。」
瞬間的な判断が必要とされるゲームを彼女は好まなかった。が、どうせ無料なのだから試してみようと思い直し、ひかりはゲームをインストールして早速ログインボタンを押した。
最初に出てきた画面は個性的な5人のキャラクターの表示された画面だ。
やんちゃな男の子がそのまま成長したかの様な赤い髪の若者『ジョブ:軽戦士』
厳めつらしく描かれた青白い虎の獣人『ジョブ:重戦士』
銀髪に白いローブを羽織った清楚で淑やかな美女、『ジョブ:聖職者』
くるりと巻かれた黒髪に黒い肌の愛らしい少女、『ジョブ:魔術士』
襟元にスカーフを巻き、大きなリュックを背負った二足で立つ桃色の猫。『ジョブ:商人』
表示されているデフォルトキャラクター以外にも、ジョブごとに10種類のイラストが用意されており、カラーも8種類組み合わせる事が出来るので計400通りのキャラクターを作れる仕様だ。
「あ、聞いた通り商人あった。しかも猫ちゃん!」
ひかりは喜々としてアバターを作ろうとカーソルを動かした、が、その瞬間。ひかりは突然強烈な眩暈に襲われた。
「な、何……?」
画面が動き出し歪んだ大渦を巻いている。その奥へ奥へと体が吸い込まれそうな感覚が襲ってくる。抵抗する意思もあっけなく飲み込まれ、ひかりは意識を失った。
――瞼を刺す鮮烈な白の陽光――
ひかりがまぶしさに身じろいで横たえた体を起こそうとすると、華奢な手が彼女の前に差し出された。
「大丈夫ですか?」
ひかりは声をかけて助け起こしてくれた人物を見て驚愕のあまり呆然自失に陥った。
金髪に亜麻色のローブを羽織った清楚で淑やかそうな美女。
その女性は色と服装に多少異なりこそあれ、『タクティス・アドヴァンテージ』のデフォルトキャラクターに瓜二つの美女だった。
しかもどういう仕組みか彼女の頭上に文字が浮かび上がっている。
ペトラ 聖職者 LV2 HP:70 MP:50
「日本語で良かった…。」
混乱のあまり、ひかりはそんなズレた感想を持った。
――俺はさっきまで、オンラインゲーム『タクティス・アドヴァンテージ』でセージというキャラクターで遊んでたはずだ――
セージは眉間に皺を寄せ、唸っていた。
「うおっ!! セージがいる??! ってセージでいいんだよな?! 文字浮かんでるしっ!! コレは夢か? 頭がおかしくなったのか?? そういやヤバい頭痛がしたんだー。 俺ってもう死亡フラグ??」
間抜けな口調にただえさえ混乱している頭をかき乱され、セージは隣にいた人物を怒鳴りつけた。
「うるせえ『うぉーりー』!! マジで考えてんだから黙ってろ!!」
怒鳴ってから、隣にいる人物が果たして『うぉーりー』であるのか、増える疑問にセージは頭を抱えた。
『セージ』の隣で喚いている男は、金髪で王子様然とした雰囲気のおそらくは美青年である。なぜ「おそらく」かというと、おもちゃの様なビン底眼鏡で彼の容姿が隠されているからだ。(しかも頭にナイトキャップを被っている。)
そして『うぉーりー』というのは、セージとよくつるんで遊んでいる、隣の男と同じ容姿と格好に設定された『タクティス・アドヴァンテージ』のアバターである。
とにかく状況を把握しようと、セージは周囲を見渡した。
目の前に広がる光景は洋風ファンタジーを彷彿とさせる煉瓦の建物に囲まれたノルスタジックな街並み。セージの記憶にある『タクティス・アドヴァンテージ』のゲーム内にある王国の街を模して造ればこうなるであろう街並みである。
ゲーム内での王国の名は『ブリック・ガーデン』だ。
街の人々は全員コスプレとは思えないクオリティのゲームデザイン風人物(亜人)であり、なぜか頭上に文字が浮かび上がっている。
そんな人々の多くは喚いていたり頭を抱えて呻いていたりと騒々しい有様であった。
(まるで現実世界のプレイヤー達の魂がゲーム世界のキャラクターに取り込まれてしまった様だ。)
セージはそう思った。そして考える事を放棄した。考えても理解出来る訳が無いからだ。いっそ全てが睡眠時のバカげた夢である事を願う事にした。
「よし判った。これは夢だ。そのうち神だか魔王だかが出てきて、「現実に戻りたければ我を倒せ!!」的な口上を言い出すんだな。」
「マジで?! ビッグイベントじゃんか!! 始まるとしたら王城の庭園辺りが怪しいな、見逃さないように特等席探しに行こうぜ!! 」
うぉーりー?は満面の笑みを浮かべてセージの話に乗ってきた。
そうして、混乱する人々を脇目にセージはうぉーりーと共に王城目指して駆け出した。
王城に到着し、庭をうろつきながら待つこと30分――
何も起きなかった。
待つこと40分――
何も起きなかった。
セージは「夢ならこれで醒めるだろう」と頬をつねり、痛みが足りないかと全力の張り手を自身の顔にぶちかまし、悶絶した。うぉーりーに馬鹿にした目で見られた。理不尽だった。
待つこと43分――
何も起きなかった。
うぉーりーと共に庭の茂みに腰を下ろし、セージは現状について考えた。
(夢にしてはずいぶん長いよな……?俺、どっかで事故でも起こして意識不明の重体だったりするのか?それで目が醒めないとか……)
ゾッとする考えに身震いする。
ただ、夢だとすると、釈然としない事が1つあった。
(すべてが俺の妄想だとしたら……何でうぉーりーがこんなに馬鹿なんだろう……)
隣で相変わらずうきうきしているビン底メガネ男を横目で見やる。
(いや、ゲームではだいたいこんな感じだったけどさ、この状況で「これ」って妄想の産物にしても本当の本人だったとしても変じゃないか?もっととるべき態度があるだろうに……)
待つこと46分――
「……なあ、セージ……」
うぉーりーが、我に返った様に、緊迫した様子でセージに問いかけた。
やっと事の重大さに実感が湧いたのか、とセージは安堵してうぉーりーの方を向いた。
うぉーりーは言った。
「魔王登場の場所、ここじゃなくて広場だったんじゃないか?」
セージはひどく落胆した。
――彼らの期待とは裏腹に、この空前絶後の奇妙な状況を説明してくれる『何者か』が現れる気配は一向に訪れず、夢から醒めるという事も無かった。
――ゲームプレイヤー達は『タクティス・アドヴァンテージ』の世界に囚われ続けた――