買物でふたり
心臓がギュッと痛くなる。
女の子二人の年齢はシオンと同じくらいか少し上。女の子二人はもちろん楽しそうに笑顔を見せているしシオンもまた笑みを浮かべていて、そのことに自分でもびっくりするくらいショックを受ける。
そしてショックを受けたことにまたショックを受ける。
例えばあれが宿の女将だったとしたら、別に何とも思わない。
例えばあれが老婆だとしたら、別に何とも思わない。
しかしそれが年頃の女というだけでわたしの心の中は嫌な気持ちでいっぱいになり、黒いもやもやしたものが身体の内部を蝕んでいく。
何を話しているのかものすごく気になるしあのなかに割って入りたいが、そんなことが出来る位ならこそこそ建物の陰からじっとりと覗いたりなどしない。
もしかして。
昨日わたしがシオンの手を太股にはさんであげなかったから嫌になってしまったのだろうか。いつもいつも太股にはさんであげると太股辺りをさするように触ってくるので昨日もそうだと思って冷たくあしらってしまったけれど、昨日は本当に手が冷たくて眠れなかったのかもしれない。そして新たに太股にはさんでくれる女の子を探しているのかも。
それとも。
胸の問題だろうか。いつまでたっても成長しないわたしの胸が嫌になってしまったのか。わたしだって成長してほしいと思っているけどあんまり大きくなってくれないのだからしょうがない。そうだ、何か胸に詰め物をしてみるというのはどうだろう。いやいや、シオンはよくわたしの胸を触ってくるから変なものを詰めたら一発で分かってしまう。ちょっと触った位じゃ分からないようなものを詰めなくては。これは研究の余地があるのかも。
泣きたいような気持ちになりながら先程作った二体の像を見降ろし、寄り添うようにくっついていたそれを離れさせた場所に移動させる。
「何をしている?」
離れた位置に立つ二体の像はまるで他人のように余所余所しくて、余計に悲しい気持ちになっていると後ろからシオンが声を掛けてきた。
「あ、し、シオン様……」
「雪かきは終わったから道具を返してくる。これ」
「……卵?」
シオンから卵を差し出されて思わず両手で受け取る。
「さっき町の人にもらった。ちょっと待っててくれ」
町の人?
女の子なら女の子と言えばいいのに。
訳もなく腹が立って道具を返しに行っている間わたしは何度もその卵を叩き割ってやろうかと悩んだが、勿論そんなことできるわけもなく大人しくシオンを待つ。
戻ってきたシオンの話によるとその卵は温泉でゆでて作ったゆで卵であるらしい。半分こして食べようというシオンにお腹が空いていないからと断る。
「体調が悪いのか?」
「いえ、大丈夫です。日陰で休んでたらだいぶ良くなりましたから」
「買物もあるし町へ行こうと思うが無理そうなら部屋で休んでいたらどうだ?」
「一緒に行きます」
「そうか?」
沈みがちになりそうな顔に無理やり明るい作り笑いを浮かべてみせるとシオンはそれ以上何もいわずに手を絡ませて歩き出す。
「シオン様お疲れになったでしょう?」
「ん?ああ、まあ体が鈍っていたからちょうどいい運動になった」
町ですれ違う人たちにわたしの赤い目を見られるのが嫌でうつむき加減に歩く。
「あ、ここだな」
一応街の中心部であろうそこに一軒だけあるという店に入っていく。
店は食料も雑貨も衣服もなんでもいっしょくたに売っている雑多なものだ。
シオンが品物を選んでいる間に何となくわたしも店内を見ているとふと視線が引きつけられる。
それは雑貨が置かれている場所にあった掌ほどの大きさの手鏡で、大きさも手ごろで持ち運びにも便利そうだ。手に持ってみたところ、木製の手持ち部分にも美しい蔦模様の細工が彫られていてちょっとだけ欲しくなる。
「チルリット、何か欲しいものはあるか?」
シオンの言葉に慌ててその手鏡を棚に戻す。
「え、いえ、欲しいものは特にないです」
「そうか。会計を済ませてくるから表で待っていてくれ」
「分かりました」
手鏡が欲しいと言えばシオンは何も言わずに買ってくれるだろうが、宿代にも事欠くほどの現状でそれは随分と贅沢品に思えた。
通りに出て雪を踏みしめていると間もなくシオンが出てきた。
「結構いっぱい買ったんですね」
シオンの手に抱えられて荷物を見て。
「明日には馬車が出るかもしれないそうだから一応携帯食料とかも買っておいた」
「もう馬車が出るのですか」
辺りを見回すと陽気で少し融けだしてはいるもののまだまだ雪が積もっているようにも見えるが。
「ここら一帯は温泉が湧いてるくらいだから地面があったかいらしい。大雪が降っても一日で融けるのも珍しくないそうだ。多少無理しても馬車が走らないと物流が滞るしな」
「はあ」
ひと抱えはある荷物を器用に片手に持ちもう片方の手でわたしの手をとり歩き出す。
「シオン様、わたしも荷物お持ちしますよ」
「いい」
ぐるりと街中を見て回ったが、特に他に見るべきところもなく男の人たちが出稼ぎに出ているせいか、それとも雪で埋もれているせいか閑散とした感じを受ける町だ。
「これからどうするんですか」
「決まっている。温泉に入る」
きっぱりとシオンは言い切った。