雪かきでふたり
朝。
まぶしさに顔をしかめながら目を覚ますとあかりとりの窓から明るい光が部屋に降り注いでいる。
昨日までの薄暗い曇り空が一転して眩しいほどの光が辺りに降り注ぎ、積もった雪に反射しキラキラと輝いて心が躍るほどに美しい。
「シオン様、シオン様ー。起きてください、晴れてますよ、すごくいい天気です」
毛布に丸まって眠っているシオンを揺さぶる。
「うー……」
「シオン様、ご飯食べたら外に行ってみましょうよー」
「分かった分かった」
言いながら毛布から伸びてきたシオンの手がわたしを毛布にひっ張りこむ。
「シオン様、朝ですよ」
「んー、分かった分かった」
毛布にくるまっていたシオンは暖かくて抱きしめられていると思わずわたしまで眠りに落ちてしまいそうになる。
「…………」
「…………」
はっ!
我に返ってシオンの胸の中からそっと抜け出し、シオンが寝ている間に着替えをして身支度をすることにした。なにしろ四六時中一緒にいるのでシオンの目を盗んで何かをする時間というものがあまりない。いつもこそこそ着替えていたのだが今日は思う存分着替えられる。
とは言いながらも寒いので手早く着替えを終え、一つだけある椅子に座って髪を梳いてまとめあげてから帽子をかぶる。目の色は仕方がないにしてもやはりわたしの髪の色は目立つので帽子をかぶって髪はその中に押し込んでいる。帽子からはみ出した髪をピンでとめて部屋を出る準備は完了だ。
着ていた服を片付けているとようやくシオンがむくりと起き上がる。
「あ、シオン様、見てください、すごくいい天気です」
「ん?ああ、」
なんだかまだぼんやりとしているシオンを急きたてて着替えさせ食堂に向かう。
というかなんで同じ位寝たのにそんなに眠そうなんだろう?
「おはよう。よく眠れたかい」
あまり愛想がいいとは言えない宿の女将がお決まりの文句とともに朝食を運んでくる。毎日朝食時に宿代を払うことになっていて、シオンは不満げな表情を隠そうとはせずに言われたとおりの金額を支払う。
「今日晴れましたけど乗合馬車の出発予定はありますか?」
「晴れたからって言ったってそうすぐには出やしないよ」
屋敷から乗ってきた馬は王都を出て次の街ですぐに売ってしまった。連れ歩くのが面倒だし世話も大変だからという理由で。そのあとは乗合馬車を使って移動していてこの町にも乗合馬車で来た。
そっけなく言い捨て去っていこうとした途中で女将が足を止める。
「そういやあんた。雪かきの手伝いしてくれるなら宿泊料金もまけてやるよ」
「雪かき?」
「そうさ。ここいらは冬になったら男どもは出稼ぎに出てしまうからね。あんたみたいに若い男は貴重な働き手だよ」
「ふうん」
シオンは少し考え、一体いくらまけてくれるのか交渉し出す。
言われてみればこの宿を切り盛りしているのは女将だけのようだし宿に宿泊しているのは老人ばかりだ。その老人たちも一体何をしに来ているのかよく分からないのだが。
交渉がまとまったようで朝食を食べ終えて早速シオンは雪かきなるものをやるために外に出る。勿論わたしも一緒に行く。
町は一面の銀世界。
人が歩いている場所は踏み固められているが、歩かない場所は膝小僧の下のあたりまで雪が積もっている。
「宿の周りと向こうの山道に続く小道をかいとくれ」
「山道?」
言われてみれば宿の裏にある山に続く小道がある。そして何故か山のほうにはあまり雪がない。
「ちょっと待て。宿の周りはともかく山道までの小道の雪かきなると相当なものだ。さっきの値引き具合では割に合わん」
「なんだって?話はさっき付いたはずだよ」
「いいや。話が違う。先程の話は宿の周りまでだ」
またもや喧々囂々と値引き交渉が始まった。
なんというかわたしが入る隙もないくらいの勢い。シオンのこういう面は初めてみるので改めて驚く。ほんの一月ほど前にはお屋敷のお坊ちゃまだったのに。
もしかしてよっぽどお金がないのだろうかと不安になる。
エミリアにもらった高価そうな宝石はまだ売らずに持っているがあれを売る日も近いのかもしれない。
「あの山には何があるのですか?」
ようやく話がまとまったところでわたしが聞くと、
「あの山には温泉がわいてるんだよ。山全体があったかいからあそこにはあんまり雪が積もらないのさ」
木で出来た雪をかく道具をシオンに渡すと女将は寒そうに大きな身体を縮こまらせながら宿に戻っていく。
「聞いたか?温泉か。道理で宿の宿泊客が年寄りばかりだと思った。ちっ。もうちょっと早く聞いとけば……」
「温泉、て何ですか?」
「温泉とは外にある浴場だ。湯浴みが出来るところだ」
「えっ。そんなものがあるんですか?」
「これは行くしかないな」
「行くって……。でも外で湯浴みなんかしたら丸見えですよ?」
「一緒に行けばいいではないか。チルリットが入ってる間僕がちゃんと見張っていてやる」
「…………」
何となくシオンが見張るというのも不安が残るがわたしだって湯浴みが出来るものならもちろんしたい。シオンは屋敷を出てから大きな街で何度か公衆浴場に入ったりしていたがそのときわたしは宿で一人盥を使って体を洗っていた。たっぷりのお湯に身体を丸ごとつけてジャブジャブしたい。
「では僕はさっさと雪かきとやらを片づけてしまおう」
「あ、わたしも手伝います」
サクサクと雪をかいているシオンを見てわたしも一度宿に戻り女将にもう一本雪かきの道具を借りてくる。道具を借りにきたわたしに女将があんたもやるのとすごく意外そうな表情をして見せたが道具は貸してくれた。
「じゃあわたしはこっちからやりますね」
「別に見てるだけでいいぞ」
「平気ですよ」
シオンがやっている様子を見ると簡単そうだしこれくらいならわたしにもできると朗らかに笑う。
ぜーぜーぜー。
肩どころか全身で息をつく。
流れ出る汗に上着は脱いだ。帽子もぬぎすてたいが人目もあるのでそれはしない。
まさか雪かきがこんなに疲れるものだとは。
わたしがやったところはシオンの半分もないが、腕が痛くておまけに雪に反射する日差しで頭がくらくらする。夏だけでなく冬ですらわたしは満足に活動できないのか。
「無理するな。お前は陰で休んでいろ」
「はい……」
ちょっと落ち込み気味に建物の陰に入ってうずくまる。
シオンはあれだけ雪かきして息を弾ませてはいるものの疲れた様子も見せずに建物の周りの雪かきをあらかた終えて小道の雪かきをやっている。
空は昨日までの曇天が嘘のように晴れ渡っているが、空気は刺すように冷たい。雪かきをやめてしばらくすると汗がひいてきて寒くなってきたので上着を羽織る。
久しぶりに晴れ間がのぞいたからか昨日まではひっそりしていた町も少し活気づいていて子どもたちが積もった雪で遊んだりあちこちで嬌声が聞こえる。どうやって遊んでいるのかと思ったら雪玉をぶつけ合ったり木でできた箱のようなものをお互いに引っ張りあいっこしたり雪で像のようなものを作ったりと実に楽しそうだ。
別に仲間に入りたいとは思わないのだけれど、しばらく休んで眩暈が収まってくると手持無沙汰になったわたしは一人でもできそうな像作りをやってみることにした。
その辺の雪をかき集めて膝小僧位までの高さのある像と少し小さめの像を二体作る。崩れないようにしっかりと固めるとかなりの雪が必要だったが夢中で作り続ける。
出来あがった二体の像をそうっと運び溶けないように陽の当らない場所に移動させた。
寄り添うように並べてシオンに見せようと建物の陰からのぞいてみると。
すでに雪かきを終えて小道の端のほうで楽しそうに会話しているシオンと女の子二人が見えた。
--え?