ベッドの中でふたり
雪を見てみたいというわたしの希望で王都から遠く離れたこの町に来たのは三日前のこと。
石畳にうっすら降り積もる雪を踏みしめ靴の跡を付けるのを楽しんだのも束の間。到着したその夜から降り続いた雪のせいで身動きが取れないまま町に一軒しかない古い宿に足止めを食らっていた。
「は?」
シオンが眉をひそめて料理を運んできた宿屋の女将を見上げる。
宿の一階にある食堂兼酒場はやはりこの町でただ一軒だけあるそれで、わたしたちのほかにも何人かいる宿泊客が食事をとっていた。
「だから、明日の朝の分から宿泊料が大雪特別料金が発生して二割り増しになるから」
「そんな話聞いてないが」
「今言ったろう。いやなら他に行っとくれ」
シオンの抗議などモノともせずに平然と言い放つ女将。
「…………」
他に行けと言われても宿はここしかないのでそう言われては引き下がるしかない。
女将は肉付きの良い身体を揺らしながら同じことを他の宿泊客にも告げに行く。
「あんの強欲婆……」
部屋に戻ると歯ぎしりでもしそうな勢いで悔しそうに枕を壁に投げつけるシオン。
「シオン様、すみま、わっ」
床に落ちた枕を拾おうと屈みこんだらシオンに羽交い絞めにされてベッドに押し倒される。
古いベッドが衝撃で大きくきしむ。
「すみませんはもう言うなと言ったはずだ」
ここに足止めされてから何度も謝ってばかりいたら今朝シオンにその言葉を使うのを禁止されたばかりだった。しかしわたしにしてみれば元はと言えばわたしが雪を見たいと言わなければこうはならなかったのだからという気持ちからつい謝ってしまう。
「すみ」
「今度言ったら胸をもむ」
シオンの言葉にわたしは喉元まで出かかっていた言葉を気合でひっこめる。
「…………」
「…………寝るか」
「はい」
部屋の中はベッドと小さな椅子があるだけ。ランプの油はいつも切れている状態で、油をもらうのはお金がかかる。暖をとる物もなく日が暮れるとともに眠り朝日とともに目覚めるというような生活。
寒いので借りている毛布を何枚も重ね合わせて抱き合って温め合いながら眠る。
すでに外は薄闇だが明りとりの窓から入ってくるぼんやりとした光で部屋の中も真っ暗ではない。
雪というものがこんなに明るく辺りを照らすのを初めて知った。
「なんで向こうを向いているんだ」
「いえ、あの。別に」
ぴったりとくっついて眠るので常に至近距離で寝顔を見られていると思うとなんだか恥ずかしい。特に屋敷を出てからわたしは自分の顔を鏡でじっくりと見たことはなくて、もしかしたらいろいろ難があってそれをシオンに見られているかも、と思うとなんとなく顔を見られたくない乙女心からわたしはシオンに背を向けている。
「ならこっちを向け」
「い、いえ、そんな。特にお見せするものは……にょっ、ちょ、ちょっとシオン様、胸をもまないでくださ、いやあ」
「この体勢だと丁度いいところに胸がある」
「や、は、も、わ……かりました。向きます、向きますから、も……胸をもむのはやめてくださいぃぃ」
息も絶え絶えになりわたしはごそごそと毛布の中で身体の向きを変える。
「なんだその目は」
「シオン様、結局いつもなんだかんだ言って胸をもんでるじゃないですか」
「構わないではないか。減るものじゃあるまいし。というか減ってないか?ちょっと見せてみろ」
「い、嫌ですよっ。それに、ちゃんと成長してます」
たぶん……。
「それにしても今日は寒いな」
「そうですね」
「手が冷たくて悴んでる」
「擦れば少しは暖かくなりますよ」
「…………」
「…………」
「手が冷たいと眠れないな」
「毛布の中に入れてじっとしてたらあったかくなって眠れますよ」
「お前、嘘つきだな」
「なにがですか」
「手が冷たくて眠れないときは呼べと言っていたくせに」
「だ、だってシオン様、太股にはさんだら動かすじゃないですか。ごそごそごそごそ、なんていうか、すごくいやらしい感じで」
「いやらしい?お前、あの程度でいやらしいなんて言ってたらこの先どうするんだ」
「こ、この先って……ど、どういうことですか」
ごくりと何となく唾を飲み込む。
なんだか意味ありげに小さく笑うシオン。
「さあな。どういうことかな」
「ひゃっ。だからシオン様、服の中に手を入れないでください。冷たいじゃないですか」
「うーん。寒いと露出が少なくて面白くないな。やっぱりあったかいところのほうがいいな。今度は南に向かうか」
「暑いところはわたしはちょっと苦手です」
「ふむ、まあ寒いからこそくっついていられるしな。というか要するにお前が服を脱げばいいんじゃないか」
「なんでわたしが服を脱ぐんですか。風邪ひくじゃないですか」
「大丈夫だ。僕が抱いていてやるし寒いところはさすってやる」
「嫌です。露出が少なくて面白くないならシオン様が脱がれたらどうですか」
「……その場合お前が抱いていてくれて寒いところは擦ってくれるのか。別にそれでも構わんが」
ごそごそと毛布の中で服を脱ぎだすシオンを慌てて止める。
「シオン様、冗談ですよ、じょーだん。風邪をひかれては大変ですからやめてください」
「ではもっとくっついていろ」
ぎゅうっとシオンの腕に抱かれてわたしは身体の力を抜く。
狭い部屋で二人。
特に何もない小さな町の小さな宿屋の一室でやることは何もなく日暮れとともにベッドに入るがなんだかんだ毎夜毎夜二人でごそごそやっているので実際に眠るのはいつも遅くなっていた。