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第八話:籠の中の焦燥

「―― ……それで、どうするんだ?」


 一通りの話を終え、お願いします。と、念を押してレムミラスさんは退席した。途中から合流したカナイに問い掛けられ、私は唸る。


「まだ考え中」


 あの、レムミラスさんが……嫌味で皮肉屋で、私とは絶対相容れない感じなのに、頭を下げた。建前とかとりあえずとかそいうのではなくて、きっと本気で頭を下げていた。あの白猫――名をルカというらしい――を護ってのことだと思う。彼本人にとってあの少年がどんな位置に居るのかは知らないけれど……私にこいねがうだけの価値のある人材なのだろう。


「今夜はどうする? 城に部屋を用意しようか? それとも馬車を用意しようか?」


 話し始めた時間も遅かったけれど、結局終わったら日はとっぷりと暮れてしまっていた。 だから、そういってくれたエミルはカナイに「大丈夫だったんだよね」と確認を重ねた。カナイは先にした報告と同じように頷いて、大丈夫だと重ねる。


「アレもいってた通り、店のほうは何事もなかったように元通りだ。薬瓶は空が並んでるけどな……」


『私共が用意したものではご不安でしょうから』


 それが空の瓶の原因だ。


「シゼも暫らく派遣するよ」


 いってくれるよね? と穏やかに問われればそうでなくてもラブエミルのシゼが断るわけない。問題ありませんと頷いてくれた。私はありがとうと二人に礼を告げ、馬車の手配を頼んだ。




 帰りの馬車は、心配だからとアルファを共に付けてくれた。カナイは状況報告がまだ残っているからとエミルと何やら難しい顔をつき合わせていた。

 挨拶と迷惑を掛けてしまったお礼もそこそこに私は帰路につく。

 アルファたちが引き返していく馬車を窓越しに見送って、元通りだけど、がらんとした店内を見回し嘆息。


 明日から暫らくは暇をしなくてすみそうだ。


 私は一階部分のお店に明かりを点けることもなく、ぐったりと疲労感募る身体を二階へと上げた。

 はあ、と嘆息して寝室等に繋がる書斎の扉を開ける――直接寝室へも入れるけれど私のいつものルートだ――と、暖炉の前にあるカウチソファの上で黒猫が丸くなっていた。


 私がそっと扉を閉めて、部屋の中へと踏み入れば、猫はふっと頭を上げて身体を起こし、絨毯を踏みしめるときには私の見慣れた姿に戻っていた。


 歩み寄ったブラックは片腕で私の背を抱き、開いた手で私の左手を取ると、指輪に軽く唇を寄せた。そして疲れてしまっている身体を労わるよう包み込むように抱き締めたブラックは、そっと包帯に唇を添えて「どうしたんですか?」と当然の問いを掛ける。


「―― ……酷い寝違い方をしたの」


 すらりと口から出た台詞に、ブラックは音もなく笑う。


 ―― ……僕なら絶対に嫌だ。


 そういったエミルの言葉が脳裏に過ぎって胸が苦しくなる。私は嘘を吐き通すか、事実を口にして説得するか悩んだ。

 そのせいで次の言葉が出なくなってしまっている私をブラックは両腕に力を込めて、ぎゅっと抱き締める。


 すりっと頬を寄せ、耳元に唇を添えるとそっと囁く。


「我慢します」

「え?」


 問い返せばより強い力を腕に込められる。


「我慢しますから、マシロの口から事実を聞かせてください。今日……何があったんですか?」


 懇願されれば私は答えないわけにはいかない。この世界で生活するようになって、私には沢山の大切なものが出来たが、一番大切なものを問われれば――口にするかどうかは別にしても――迷いなくブラックと答えると思うから……。


 だから私は彼の腕の中で大きく深呼吸し


「あの、ね…… ――」


 ブラックの背に回した腕に力を込めて、私は覚悟を決めてゆっくりと話し始めた。

 人は変われるはずだし、ブラックだって少しは丸くなった、はずだ。突然発砲したりも少なくなったし、きっと……きっと大丈夫。




「消しましょう」

「いやいやいや、待って、我慢するっていったよね?」


 ―― ……甘かった。


 立ち話もなんだからとソファを陣取っていたが、すっくと立ち上がったブラックに合わせて私も腰を上げる。


「マシロに手を掛けるなど許されません。確実に私は喧嘩を売られています。しかも、とても卑怯で有り得ない手段を持って……」

「我慢するっていったよね!」

「いーましたけれど、許して良いレベルの話ではありません」


 憤慨するブラックに眉を寄せた。

 ブラックの胸元をぎゅっと掴み、厳しい顔で睨みあげれば僅かな沈黙が支配する。

 部屋の隅にある柱時計の振り子が揺れる音すら大きく聞こえるほどの静けさのあと、先に視線を逸らしたのはブラックだ。


 ん? 何気に頬が赤い気がするけど、どうしたんだろう? 私がそれを問うより早くその理由は分かった。


「―― ……誘ってます?」


 誘ってません。全く誘ってません。


 今日は体力の限界まで頑張りました。無茶いわないで下さい。そして、この流れのどこでそんな話に持っていけるのか、相変わらず貴方の掴みどころがさっぱりです。


「そ、そんな全力否定しているような顔をしないで下さい。軽く凹みます。いえ、凹みました。慰めてください」

「……誘ってる?」

「誘ってます」


 はぁぁぁぁ……私の盛大な溜息。


「兎に角、今日は外出禁止! 蒼月教団とか財団の本部とか、いっちゃ駄目だからね! ルカくんに手を出したら駄目だよ!」


 私の剣幕にブラックは、はぁと短く嘆息し肩を竦めると「仕方ないですね」と零した。まだ怒り覚めやらぬという感じではあったものの、ブラックはソファに腰を降ろし、ぽんぽんっとその隣を叩いた。私に座れといっているのだと思う。


「包帯解きますよ」


 腰を降ろした私に直ぐ掛かった言葉に頷いた。


 まだ、痛みの残る部分を治してくれるつもりなのだろう。シゼもブラックが施せばきっと痕は残らないとお墨付きだった。

 互いの息遣いも聞こえてくる距離で、そっと首筋に掛かる指の動きは心地良くもくすぐったい。


「ルカの……」

「え……」


 軽く瞼を落としていた私はブラックが紡ぎ出した名に瞼を持ち上げた。ブラックは私の絞首痕を見ながら独り言のように続けた。


「彼の気持ち……苛立ちが分からないわけではないです」

「ブラック?」


 私の疑問に気がついたのか、ブラックはふふっと笑いを零して「意外ですか?」と口にした。


「マシロに危害を加えたのは正直許せません。私の前に姿を現すようなことがあれば消します。ですが、まぁ……そのことだけをいうのなら、私がここの結界を緩めていたのも良くなかったです……」

「それはブラックのせいじゃないよ」


 監視されているようで嫌だと、結界を緩めさせたのは私自身だ。毎日が平和そのものでこんなことがおこるとは微塵も思っていなかったから……ではあったのだけれど。

 間髪居れずに口にした私にブラックは微笑み、ありがとうございます。と添え、脱線しそうだった話を戻した。


「ルカは生まれるのが早すぎたんです」

「どういう意味?」

「言葉のままです。彼は種屋になるべくしてその素養を持って生まれた。ですが、私はこの座を安々と手放す気はありません」


 そんなの当然だ。ブラックが種屋をやめるときはこの世界にはもう彼は存在しない……。私もきっとその存在意義をなくし消えてしまっているだろう。


 塞ぐ気持ちを悟ってか、ブラックはそっと私の頬を撫でて微笑む。


「役目にはそれほど執着していませんが、今の私は生には執着しています。それに、ルカと私には埋めることの出来ない決定的な差。経験という大きな溝があります。ルカにはそれを超えることは出来ない。この経験は種屋に就かないと、きっと身につかないでしょうから……」


 シゼもそのお陰で助かったのだといっていた。


「ようするに、彼は種屋になるべくして生まれ、幽閉に近い形で囲われているにも関わらず、種屋に就くことなくその一生を終えるのです。サーカスの檻の中の猛獣のように扱われ、来るはずのない出番を待つ」


 それはとても虚しく、そして長い時間でしょうね……と、締め括って私の目じりにキスをした。くすぐったくて横に首を傾けたが、もう、痛みはなくなっていた。


「自由にしてあげれば良いじゃない。彼の人生を……」

「ルカの人生は種屋になることです。申し訳ないですが、直接、彼がその目的で私のところへ来ようものなら、迷いなく私は彼を種に還します。……そんな自殺行為も彼には許されないのでしょうけれど」


 いって笑ったブラックは泣き言をいっているようで、私は胸がチクチクと痛んだ。

 だからいい子いい子と頭を撫でるとふにゃんと頭頂部の猫耳が左右に垂れる。可愛すぎる。

 そんな私に慰めてとばかりに擦り寄ってくるブラックを制止して、ふと……。


「お腹すいた」


 色気も何もないことを口走った。

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