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―3―

 ***



「本当にごめんね? 本当にごめん」


 もう何度目の謝罪だろう。

 その日のうちに、うちへやってきたエミルはずっと私に謝り続けている。


 私の傷は、ルカが丁寧に治療してくれたし、痕に残るようなものはなかった。だから、そんなに気にしなくても良いのに。


「大丈夫だよ。なんてことないし、私別に恐い思いしてないし」

「心臓に毛が生えてるからな?」


 揶揄したルカを睨んだけど、ルカは軽く肩を竦めただけだ。

 可愛くないなーもぅ。


 そう思って眉を寄せたけれど、次の瞬間には、猫の姿になって、私の膝にぴょんっと飛び乗った。

 可愛いなーもぅ。


 単純だ。


「全く、あいつらも、もうちょっと早く王宮に来てれば、僕がマシロちゃんを助けに行ったのにー」

「俺も行くぞ?」


 ねー、なー、とカナイとアルファが仲良しさんだ。こいつら、人の誘拐事件を愉快事件と勘違いしている。楽しそう過ぎる。


「そういえば、私の身代金っていくらだったの?」


 興味本位で問えば、エミルは気まずそうに顔を逸らし、カナイとアルファは顔を見合わせて噴出した。失礼過ぎる。


「金貨百枚だったんですよ」

「え?」

「そうそう、それで、今みたいに、え? って聞いたら八十枚にまけてくれました」


 アルファがお腹を抱えて笑う。

 そーかー……私は、値引き交渉にまで応じてもらえる程度なのか……しかも金貨八十枚って……


「もう一回、え? って聞き返したら七十まで下がったぞ?」


 カナイまで口元を押さえて肩を揺らす。酷い、酷すぎる……。私の適当な脳内換算だけど、円にしたら、六百万か七百万だろう。王宮に出せといいにいく額じゃないと思う。


「身代金の額イコールマシロの価値じゃないから、ね? うん……僕なら国家予算くらい出すよ」


 がっくりと肩を落とした私をエミルは慰めようとしたのだろうけれど、墓穴を掘っている気がする。

 でも、逆にいえば、彼らの生活水準がそのくらいだったということだ。誘拐をしてお金を出させようとするのだから、彼らにとっての大金。なんだと思う。そう思うとちょっと涙ぐましい。


「それで、あの人たち大丈夫なの?」

「え、あ、ああ。大丈夫というか一応拘留中。話を聞いたら無期限で留まってもらうつもりだよ」


 にこりと口にするけどそれって、無期懲役ってこと、だよね? 実害は私と使われなくなっていた屋敷だけなのだから、それはやりすぎなのでは? と思ったけれど、この国のルールは未だに良く分からない。分からないことに意見するにはまだ、情報が足りなさ過ぎる。


「えーっと出来るだけ早く解放してあげてね?」

「相変わらず、マシロは優しいね」


 エミルはにっこりと、そういって是も非もはっきりとさせなかった。

 なんだか、それが彼らに道はないといっているようで、私は少しだけ背中が寒くなった。

 そんな、私にエミルは「ところで」と切り出す。


「さっきから、物凄く睨まれてるんだけど……」


 睨んでいる相手を見ないようにしてそういったエミルに、私は「ああ」と頷いた。


「ブラックは、何か不穏なことを口走ったら駄目だから、あそこでステイしてもらってるの」


 ステイって、犬かよ……と、カナイの呆れたような声が聞こえたが気にしない。

 何もいわなくても既に目で射殺しそうなほど睨んでる。


 もう、終わったことだから、うだうだいわないって約束したのに、どうしても納得できないようだ。私を心配してのことだということは分かっているから、あまり私も強くは出ないのだけど。


 でも、ルカにまでぶつぶついうのは間違ってる。


 圧倒的に経験値が少ないのは仕方ないんだよ。それでも、ルカはちゃんと助けに来てくれたと力説しても、私が怪我を負ってしまった時点でブラックは納得しない。


 優先順位を履き違えていると怒るのだ。

 あのブラックが、優先順位って……。


 それを聞いたときは嬉しいやら笑いが零れそうになるやら。

 本人はいたって真面目に口にしているのが、また可笑しい。


 本当、ブラックは私のこととなると大人気ない。

 はあ、と、自然に溜息が漏れる。


 そんな私に苦笑して、エミルは席を立った。


「まだ、やることが残っているから……マシロに大事無くて本当に良かったよ」


 同じように立ち上がった私にそういって微笑む。エミルは責任感じすぎ。


「今度攫われたら是非とも一番に教えてくださいね」

「俺にも知らせて」


 こっちは軽すぎ。

 そんなに度々攫われては堪らないっ。


 私は眉を寄せたけど二人は一切そんなこと気にしない。気にするほど短い付き合いじゃないから。


 どうでも良いことをいいながら、戸口に立つ。玄関――店の出入り口になるけど――まで送るといったのだけど、遠慮された。

 最後にリビングから廊下に出たエミルが、ふわりと私を包み込み「本当に大したことなくて良かった」と腕に力を込めた。


「シゼを寄越さなくても平気?」

「ん。大丈夫だよ。直ぐに治るから」

「本当にごめん」

「気にしないで」


 もう何度目だ。

 苦笑して告げれば、うん、と弱々しい声で頷く。そして、そっと頬にキスを落として、離れた。

 離れたはずなのに、私の身体の拘束は緩まない。その原因はもちろんステイを守れないブラックで、私を背後から掴まえてしまっていた。


「あまり気安く触れないでください」


 不機嫌そうにそう告げて、私の髪に頬を寄せる。

 気持ちは良いけど、くすぐったい。


 ほわりと頬が熱を持つのが隠せたか自信はない。その様子にエミルは、軽く肩を竦めて苦笑する。


「心が狭いな。親愛のキスくらいするよ」

「まあ……構いませんけど」


 あれ? 良いんだ?

 私たちは結婚してからもあまり変わらない。変わらないのだけど、エミルは前よりも遠慮なくさっきみたいなキスをするようになった。

 そして、ブラックはそれに過剰な反応はしなくなった。一応、文句はつけるけれど、以前のようにいきなり発砲したり、その辺破壊したりはしない。ほんの少し寛容になった。


「それから……」

「分かってる。分かってるよ」


 ブラックが何かいいかけて、エミルはそれを遮った。

 私はその瞬間、分からなければ良いことを分かってしまった。彼らの処遇。私は知らないほうが良いだろう。


 階下から「へーかー、まだですかー?」というアルファの声が聞こえる。今行く、と答えたエミルは、じゃあ、と廊下を歩き出す。

 それを見送れば珍しくブラックが直ぐに私を解放して、新しくお茶を淹れましょう。と切り出した。それに促されるように扉に手を掛けたら、階段を降りたエミルが、ばたばたとあがってくる。

 私は、何か忘れ物? と手を止めた。


「えっと、聞き忘れがあったから」

「うん、何?」

「次はもっと気をつけるから、また、ここへ来ても良い?」


 なんでもない質問に、エミルの瞳は不安そうに揺れている。変なの。私は笑いが零れそうなのを堪えて「もちろん」と頷いた。


 ―― ……パタン


「エミル、なんだったんですか?」

「ううん。大したことじゃないよ、また明日って」

「明日も来るんですか? 王陛下って暇なんですね」


 ブラックが柔らかな香りを点てているのを眺めつつ、私はもう一度椅子に座って、ルカを膝に抱いた。


 良かったと、心底ほっとしたように微笑んだエミルの顔が暫らく瞳に焼き付いていた。

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