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ふてぶてしい態度を改めない私を、ぺいっと放ったところで周りがざわついた。
彼らが向けた視線と同じほうを見れば、何の警戒もなく、ふらりと入ってきただけに見える獣族……。もちろん
「何してんの? こんなところで、これ、何プレイ」
「プレイとかいっちゃ駄目だよ、ルカ」
早いのか遅いのか。微妙なところだけれど、ルカの登場に胸を撫で下ろす。ブラックじゃなくて良かった。カナイじゃなくて良かった。こういうとき、きっとアルファよりカナイが物騒だ。好機とばかりに大きな術式を発動しそうだ。
そんなことを考え胸を撫で下ろしている間に、ルカが悪漢たちを炊き付ける。
適当に助けてくれれば良いのに……って、話の流れから魔術が使えないのか……ちょっときついのかな? 私はルカの実力をあまり知らない。
見ることもないから。
でも、ブラックが自分の代わりにと私の傍につけているんだから、弱いわけはない。そして、未熟であることも知ってる。
はたと、気がついて私は口元を拭った。
痛かったけれど、この際この人たちの身の安全の方が大切だろう。ぐりぐりと肩口に頬を寄せると、ずきりと痛む。声を殺したけれどルカには気がつかれてしまった。
好戦的に揺れていた尻尾がぴんっと逆立つ。
怒ってる。
屋敷の窓ガラスが、割れキラキラと細かい破片が降ってくる。
ルカの放出した力に恐怖した男は、私の胸倉を掴み上げて抱え込んだ。この人、とても怯えている。手にしている短剣が小刻みに震えている。
やはり、こんな暴挙に出るまでには理由があったのだろう。
視線の先にいるルカは、掛かってくる男たちを、容赦なく弾き飛ばしてしまう。年季の入った屋敷だからか、それとも魔力的な何かか……屋敷全体が微動しているように感じる。
ルカが、暴走してる。止めなくちゃ。
それにはこの腕が邪魔だと思って、がぶりと噛み付いた。
「いってぇ!!」
男の低い悲鳴が聞こえたあとは、がつっ! と、頭に鈍い痛みが走り目の前が一瞬真っ暗になった。
そんなに長い時間気を失っていたわけじゃないと思う。
私は鈍い音が響くのに頭を上げた。
こめかみが、ずきりと痛む。
もじっと身体をねじって身体を持ち上げると、ルカが男に馬乗りになって執拗に殴りつけている。もう、相手はぴくりとも動かない。
死んでしまっているのではないかと思い、一気に全身が冷えた。
私は反射的に起き上がり勢いをつけてルカにタックルする。
倒れたのはルカではなく私だったけど、それでもルカはその手を止めてくれた。
「やめなさい、って、いってるの! 聞こえないの? ルカ……ルカ!」
ルカが私のせいで人を殺めてしまう。
そう思ったら涙が止まらなかった。それをなんとか首を振って払うと、落ち着いてきたルカが軽口を叩いて縄を解いてくれる。
手が自由になったところで、足首の縄を解こうと手を掛けたら、かなりキツイ。駄目だ。と、思って早々にルカに突きつける。
ルカはぶつぶついいながらも、縄を解いてくれた。
やっと自由になって、へらへらと笑ったら、まだ残っていた涙が頬を伝ってしまった。
ルカがたどたどしく、拭ってくれるのがとてもくすぐったい。
「え」
そして、そのまま唇の傷口を舐められて私は少し固くなった。
無意識だったのだろう。
根はとても優しい子だから……。
はたと自分のしたことに気がついたのか、ルカは真っ赤になって私から離れる。
あー、とか、うー、とかいってるルカを放置して、私は後ろで伸びている男の人ににじり寄った。
「生きてるかな……?」
肩を軽く揺すってみる。
う……っと唸り声が返ってきた。生きては、いる。でも頬骨とか陥没してるだろうな……鼻の骨とかも多分折れてる。よっぽど良いお医者様に掛からないと、命に関わりそうだ。
「シゼにお願いできないかな……」
「は? ほっとけよ、そこまで面倒見ることないだろ」
「駄目だよ、駄目。死んじゃう」
「死ねば良いんだよ」
「ルカっ!」
私がぴしゃりと声を上げたらルカは黙る。
そして、ルカはちらりとだけ、彼と私を見て「一応、連絡する……」と床に転がっていたガラス片を、七色の小鳥に変えて外へと放った。
そのあと、ひとところに伸びてしまった彼らを集める。私は出入り口に背中を預けて、それを眺めていた。まだ、頭はくらくらしているし、そうでなくても男の人を何人も担いで運ぶことなんて出来ない。
ルカは見た目に反して力持ちさんだった。
「―― ……くそっ……」
苦々しく履き捨てた男にルカは冷えた視線を落とす。子どものする顔じゃない。
「理由は興味ないけど、あんたらにはもう永遠に“美しいとき”は見えねーよ……」
「そんなもの、あるわけない、あるわけ……」
ルカと何事かぼそぼそ話していた男は、ちらりとこちらを見た。私は良く分からなくて首を傾げる。
「あの方が……、まさか聖女様は白銀狼の使いを残して月に帰ったと……」
「どうせ、得られないんだ。あいつがなんであろうと、そんなこと、どうでもいんじゃねーの?」
バイバイ。と彼らに片手を振ったルカは、私のところまで小走りで寄ってくると、ほらと腕を取って肩に掴らせてくれた。ありがとう、と口にすれば、別に、と顔を背ける。
「これで、あとは城の連中がなんとかするだろ?」
「そうだね」
扉を閉める瞬間、中の男の一人と目が合った。泣いていたような気がした。