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―1―

 最後の配達――といっても二件だけど――を終えて、今日のお昼はなんにしようかなー? とか、かなり平和なことを考えつつ、私は家路を急いでいた。


 もう、住み慣れた王都だ。

 細い道の到着先だって大抵把握出来ている。私は店までの近道を選択し、昼間でも薄暗い路地を急いだ。


「すみませーん」

「はい?」


 呼び止められて振り返る。

 見たことない人だけど、ここら辺の人かな。それとも、迷子。


 首を傾げつつも、無視をするつもりもない。


「この先の薬剤店の女店主ってあんた?」

「え? ああ、はい。そうですよ。店までもう直ぐですから、お客様なら一緒に戻りましょうか?」


 にこりと板についた営業スマイル。

 目の前の人が不健康そうには見えなかったけれど、見ただけでは分からないし、それに家の人が誰か病気なのかもしれない。お遣いというヤツだ。


「俺がお客じゃなくて、あんたがゲストになるんだけどな?」

「はい?」


 意味が分からない。

 意味が分からなくて、首を傾げたと同時に、背後から口元を布で覆われた。この臭いはクロロホルムとかそういった類と同じような効果のある薬液だ。ということは吸っちゃいけないと思ったけど、とき既に遅し。

 くらりと、目の前が揺らぎ、私は閉じようとする瞼に逆らえず、ずるりと地面に膝をついた。



 ***



「―― ……は、ちゃんと張っとけよ? 面倒なのが来たら拙いからな」


 ぼんやりと意識が戻ってくると、私は床の上に転がされていた。

 身体を起こそうとしたら、身動きが取れなかった。手首と足首を縛られてる。しかも、最低……かなりキツイ。

 女の子相手にここまでする必要ないと思う。


「お、お姫様のお目覚めですか?」

「―― ……えーっと、誘拐?」

「ん、まあ、そんなとこ」


 リアルに頭がついていかないから、あっけらかんと口にしてしまった。問い掛けた相手もあっけらかんと答える。


「あの、凄く、申し訳ないんだけど……うちの店あんまり流行ってないから、お金はないんだけど」


 経営に困らない程度しか私にお金はない。

 ブラックが何でも用意してしまうから、ありがたいことに、実質あまり現金というものが必要ないのだ。


「いーよ。あんたになくても、王宮にはたんまりあるだろ? アノール神ならいくらでも出すさ」


 アノール神、か……エミルのことを面白く思わない人たちが、裏で揶揄して使う呼称だ。人を簡単に神格化させて軽視して呼ぶなんて、気分の悪いことこの上ない。

 この人たちがどんな境遇の元にいるのか知らないけれど、器が知れるというものだ。まぁ、誘拐なんて考える時点で器なんて壊れてる。


「どうして、王宮が私のためなんかに大枚叩くのよ。馬鹿じゃないの」


 ―― パンッ


 いった……。目の前に、光が散った気がした。


「馬鹿じゃねーよ。あんたにはそれだけの価値があるんだろう?」


 やることが汚いだけじゃなくて、礼儀もなってない。ちょっと反発した程度で手を挙げるなんて、気が短い。常に苛々している。こういう人は薬湯などを長期間服用してゆっくり改善していったほうが良い。

 それに、いわれて怒るということは、ある程度自覚症状があるということだ。


「ないよ。あるわけない」


 口ではそういいつつも、あるだろうなぁ……エミルだったらいくらでも出しそうだ。いやそれよりも……


「正直、貴方たちの身の安全の方が心配だけど」

「は?」

「いや、うん……」


 本当に、心配です。

 死ななきゃ良いけど……ブラック辺りが一番に見つけてくれたら、きっと瞬殺だろうな。


 私が止める暇ない気がする。


 王宮になんて連絡したら……カナイとアルファが喜んで駆けつけそうだ。

 私なんて盾にもならないだろうこと、この人たち、知らないだろうな。そのくらい、この人たちと彼らの格、というか実力が違う。


 ルカあたりが見つけてくれれば、もう少しマシな気がするけど。

 はあ、と溜息を吐いただけで、またも馬鹿にされたと思ったのか、私はもう一度打たれた。


 本当に、苛々しすぎだ。

 口の中が切れて、じわりと血、特有の味が口内に広がる。嫌な感じだ。じんじんと頬も痛む。ただでさえ、ビジュアルには悲観的になりたいのに、さらに酷くなったらどう責任を取ってくれるんだっ。

 はぁ……と、溜息を落としたのを、何か勘違いしたのか男は癪に障る笑い方をして続ける。


「泣いてても構わないぜ?」

「ぶたないでー、殺さないでー、助けてー、ってな?」


 周りに居た連中までやんやと囃し立てる。あほ臭い。どこのチンピラだろう? 同情の余地がないような気がしてきた。


「あんたんところに、アノール神が出入りしてるのは知ってんだけどさ、あんたの何が良いんだろうなぁ?」


 ぐぃっと私の顎を持ち上げてマジマジと見つめてくる。好奇心だけでじろじろと見られて物凄く不快だ。友人宅を訪ねるのに、そんなに大層な理由なんて必要ないと思う。


「床上手なんじゃないんですかー?」

「そりゃ良いや」


 馬鹿な連中には馬鹿しか集まらない。


「ふーん……まあ、王宮が応えなかったら、相手してもらうか」


 自惚れでもなんでもないけど、間違いなく話があがったら、動くと思うよ。

 万が一動かなくても、あんまり遅かったらルカが迎えに来てくれると思うし。この人たちがどこまで知っているか知らないけど、本当に自惚れでもなく、私を探してくれる人は多い。そして、それはこの人たちの身の危険に他ならない……んだけど、なぁ……。


 鼻先を寄せられて、気分が悪い。

 警告してあげようかという気も失せる。


 それにしても、お金、かぁ……。

 全体的に、王都に住まう民衆の格差は少しずつ埋まっているはずなのだけど、そういうのが目に見える形で伝わるには時間がかかる。

 特に自分たちの境遇を憂いで、目の前に暗闇が落ちてしまっている人たち、国全体が潤うことの意味が分からない人たちには尚のことだ。

 如何に現在エミルが『賢王』などと呼ばれていたとしても、そんな人たちも含め、全ての国民に理解してもらうのはとても難しい。

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