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白蒼月種想譚~二つ月の望む世界(種シリーズ③)  作者: 汐井サラサ
番外編:白猫の平凡なる毎日
82/86

―3―

 ―― ……ガッ!!


 かっとなって次の瞬間には男の顔面を殴りつけていた。

 一発目でちょっと鈍い音がした。


 簡単に倒れた男の上に馬乗りになって、がんがん殴りつける。何度目かには、顔の造形が良く分からなくなった。


「やめなさいっ!」


 どんっ! と、脇から襲ってきた衝撃に苛立たしく顔を向ける。


「やめなさい、って、いってるの! 聞こえないの? ルカ……ルカ!」


 はらはらと、マシロが泣いていた……。


 口の端に血が滲むほど、殴られていたのに。

 前髪の隙間からちらりと見える額は赤黒くなっているのに。

 それでも、泣いたり叫んだりすることなく余裕を見せていたマシロが泣いている。急に頭の中がクリアになった。


「な、何、泣いてるんだよ。もう、誰も手は出さねーよ。こいつら、もう動けないし」

「そうだよ、動けないよ。だから、それ以上の必要はない。それ以上やったら死んじゃう。あとは、もう、王都警備の人たちに任せれば良い。ルカは私のロープを解くと良いの。もう、殴らなくて良い」


 こんな奴ら、死んじまえば良いのに。

 生きる価値なんてない。


 こいつら、白月に手を出したんだ。

 生きている価値なんてない。


 ここに居たのがおれじゃなくて、闇猫なら確実に瞬殺している。おれは、まだ、どこかに迷いがあって……だから……。


 きゅっと唇を噛み締めたおれに、マシロは、ほらほらと手首を押し付けてくる。さっきまで、目の前で、ぼっこぼこに男を殴りつけていたやつを恐がりもしないで遠慮のないヤツ。

 呆れるのと同時に、どこかほっとしていた自分を知りたくはなかった。


「ったく、あんたのことだから、口が災いして殴られたんだろ」

「ひ、酷いなそんなわけないじゃん」


 目が泳いだ。そうなんだな。


「大人しくしとけよ……大体、こんな状況にまで順応するな」


 おれが、はらりと腕を解くと、自分で足のロープに手を掛けたが、硬いらしい。こっちも! と足を投げ出してきた。

 もうちょっと可愛らしく“お願い”しろと思ったが、その様子を想像したら耐えられなかった。

 気持ち悪い。


 やっと自由になった手首の動きを確認するように、軽く回している。薄暗い中でも分かる程度に、手足ともにしっかりと縄の跡がついてしまっていた。

 きっと、マシロが特別な何かを持っているかもしれないと、どこか恐怖を感じていたんだろう。町民は馬鹿ばかりだ。無力な奴らはおれらのようなのをしらなさ過ぎる。こいつらが思うほど、おれたちはこいつらに興味ない。


「だって。別に何も心配してなかったから。ルカ、結構心配性だもんね。来るだろうなって思ってたよ?」


 にこりと、笑う。

 笑うと目尻に溜まっていた涙が、はらりと頬を伝った。


 ぎゅっと胸が苦しくなった。

 何かの呪いを掛けられたときのように、毒を盛られたときのように……とても、苦しくなった。


 おれのための、涙だ……。

 何も考えずに、おれはマシロの頬を拭った。


「小さな手」


 くすりと笑ったマシロに眉を寄せる。ほっとけ。そのうち直ぐに大きくなる。今だって、マシロには、いうほど負けてないはずだ。


「傷……痛そうだ」



 ***



 あのとき思わず、傷口を舐めた。

 血液、特有の苦い味がした。


 戸惑いがちに「え?」と零れた唇に、ぞくりと背筋が震えた。

 迂闊にも、触れてみたいと思ってしまった。でも、その瞬間、闇猫を思い出した。


 闇猫も、こいつも、お互いにしか分からないものを持っている。そこに、おれは踏み込めない。


 闇猫なんて、死ねば良いのに。

 そうしたら、そしたら……


「何を百面そうしているんですか?」


 がつっ! と、頭をつかまれてカウンターに押し付けられた。全然気がつかなかった……。目の前に立ち、頭に触れられるまで一切分からなかった。


「あんたが死ねば良いと思ってたんだよ!」


 情けなくカウンターと仲良くしつつ、腕の間から睨み上げる。

 その先に居るのはもちろん、闇猫だ。闇猫は、ふーん……と交戦的な笑みを浮かべて「それはそれは」と嘲笑する。


「頑張ってくださいねー。精々、自分が返り討ちにあって消えないように」


 苦い思いで睨みあげていると、階段のほうから怒声が響いた。


「ちょっと! ブラックっ! 何で、ルカ苛めてるの!」

「苛めていませんよ。可愛がっていたんです」


 いって、ぐりぐりぐりぐりおれの顔面をカウンターに擦り付ける。

 く、くそぉ、な、なんて馬鹿力なんだよ。う、ごけ、ないっ!


「それを、やめろっていってるの!」


 バキッ! とマシロのぐぅは上手いこと闇猫の腹に入った。闇猫はワザとらしく、うっとおれから手を離したけれど、その手を直ぐにマシロに掛けて引き寄せる。

 そして、まだ怒ったままのマシロの額と頬に口付けた。

 いつものことなのに、胸の奥がぎゅっとする。見ていられなくて、顔を逸らした。


「エミルが来ているのではないですか?」

「うん、来てるけど、お昼寝中」

「「城ですれば良いのに」」


 不本意にも闇猫とかぶった。


「城じゃ何かと気が休まらないんじゃない? 良いじゃない、近くにあるんだから」


 店番ご苦労様とおれに笑いかけて、闇猫とは正反対の力加減でふわふわと撫でていく。ぶすっとカウンターに顎を乗せたままだったおれが、店番でも飽きたと思ったのだろう。


「いーよ、おれ店番してる」


 ったく、その可愛いものを見る目でおれを見んな! ふんっと顔を逸らしたおれに「そう?」と答えて、じゃあ、夕飯の買い物にでも……と、再び外へ出る。


 その後姿を見送って、ちらりと闇猫を見た。カウンターに体重を預けて、出て行ったマシロを見送っている。暇なら、大抵ついて行ってしまうのに、珍しい。


「永遠に貴方は可愛い弟ですよ? 誰かと同じように、ね?」

「弟じゃねーよ。それに、何、警戒してんの? おれがあんなちんくしゃに興味もつと思ってんの? 馬鹿じゃねー」

「思ってますよ。思っています。貴方が、わざわざマシロを“店長”なんて呼び始めたときから……そして、私に敵意ではなく、殺意を向けるようになってきたときから」


 ゆるゆるとそう告げて、ちらりとおれを見下ろし口角を引き上げる。


 本当に、嫌な奴だ。


 むすっとして、それ以上の話をするでもなく、顔を逸らしたおれを闇猫は音もなく笑い、ふらりと二階へとあがっていく。なんだ、王陛下に用事だったのか……。


 結局、マシロは知らないだろうけど、あいつらは王宮に着くまでにさっさと始末された。

 白月を傷つけたことを、太陽も青月も許しはしない。


 絶対に。


 まあ、あいつらがどっちに用事があったのか知らないけど、闇猫にわざわざ喧嘩売るようなヤツ居ないだろうから、王宮のほうだろうなぁ……。

 そんなことを考えつつ、カウンターに頬を寄せる。冷たくてちょっと気持ちが良い。ゆるりと細めた瞳をそっと閉じ、ふぅと嘆息する。


 おれは、絶対にあのとき湧いてきた感情に名前なんて付けない。

 知らないままが良い、きっと、絶対に。

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