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白蒼月種想譚~二つ月の望む世界(種シリーズ③)  作者: 汐井サラサ
番外編:白猫の平凡なる毎日
81/86

―2―

 ―― ……全く、あの女がなんだっていうんだ。ただの非力な人間だ。


 開いた手のひらを、じっと見る。

 あんなヤツこの片手で直ぐに殺せてしまう。実際、そうしようとしたことがあった。あったのに、そんなヤツを受け入れようという馬鹿はアレぐらいだと思う。

 ぎゅっと開いた手を握り、自嘲的な笑いを零す。そして、首に掛かったチョーカーをこつんと弾く。こんなもの……。

 もし、おれがもう一度マシロの首に手を掛けたとしても、マシロはおれの首を絞めないだろう。そんなことくらい、闇猫だって分かっているはずなのに……。


 どうも、マシロの馬鹿は伝染するらしい。

 きっと、おれにも伝染している。特に、あのときのことがあってからは……


 そう、あの日も、店番を頼まれていて誰も来ない店で暇を持て余していた。



 ***


 

「遅いな……」


 壁に掛かっている、振り子時計をちらりと見て溜息。別に帰ってくるのが待ち遠しいわけじゃない。そういうわけじゃなくて……。


「くだらねぇ」


 自分自身にいい繕っていることに気がつき、馬鹿馬鹿しいとやめにした。でも、この日はとても嫌な予感がした。

 それから、十分程我慢して、店のプレートをクローズに返す。どうせ客なんて来ない。問題ないだろう。それよりもあの馬鹿はどこをほっつき歩いているんだ。


 気配を探っても、近くにはいないのかさっぱりだ。

 普段から、闇猫には耳にたこが出来そうなほど、注意するようにいわれている。その上でこれでは、知れたら何をされるか分からない。闇猫の意地の悪さを思い出し、背筋が寒くなった。


 ―― ……。


 おれは意識を集中して、マシロが残している気配を辿る。気配を感じる程度しか出来ない奴なら、こんな雑多な場所で、たった一つの気配の軌跡なんて到底無理だろうけど、おれには問題ない。

 それがなくても、今日の配達はたった二件だ。

 行き先も分かっているし、時間帯から考えて、マシロが選びそうなルートも大体想像つく。

 そう思いながら、恐らく数刻前にマシロが歩いただろう道を辿る。


「あれ?」


 その途中で、ぷつりと気配が消えている。

 マシロが気配を消すような芸当出来るはずがない。気配というのは意識に追随する。ということは、何かに巻き込まれて……意識を手放してしまった。と、考えるのが妥当だ。

 面倒なことになったなと思い、溜息。


 とんっとんっと塀に飛び上がり、屋根の上まで出た。

 もう少し高いところに行けば王都が見渡せる。


 要の場所に監禁とか有り得ないだろうから、最初から場所も、ある程度絞ることも出来る。


「何してんの? こんなところで、これ、何プレイ」

「プレイとかいっちゃ駄目だよ、ルカ」


 そして、やっと絞りだして見つけたと思ったら、これはなんだ? 状態だった。

 スラム街の一角にあるボロイ屋敷の一室で、マシロは悪漢風の男に捕まっている。数は、ざっと数えて六人。予想通り、面倒臭いことになっている感じだ。


 それなのに、マシロの返答は緊張感が一切ない。

 いや、だからといって、泣き叫んでいるマシロ……想像できないからパスだ。


「こんな所に獣族ねこのガキが何の用だ!」


 マシロに一番近い場所に居た、リーダー格かと思われる男が声を張る。

 馬鹿だ。

 子ども相手にあんなに大声を出したら、虚勢を張っていることがバレバレだ。見たところ多少、武術素養が立っているが、おれの比じゃない。小物も良いところだ。


「別に、そこにぐるぐる巻きにされてるのを、引き取りに来ただけ」


 指差して告げれば「人を指差すもんじゃないわ」と聞こえる。だから、緊張感持て。


「じゃあ、お前もお姉ちゃんと一緒に、仲良く捕まっとけよ。いっとくが、ここは魔術防壁がしてある。獣族のチビちゃんに、どんなことが出来るか知らないがここでは無効だ」


 知ってるよ。おれがどうしてここに辿り着いたかも分からないのか。

 馬鹿だ。

 こいつ本当に馬鹿だ。


「先行投資ってヤツだよ」


 重ねて気分の悪い笑いを溢すが、それは投資先を間違っている。


「あんたさ、こんなところで魔術防壁とか掛けてたら、ここに隠れてますーっていってるようなもんだぜ? 頭悪いだろう? 建物にこんなもん施すくらいなら、ばれないように個別に防壁は張るもんだ」

「っ! ガキがっ!」


 絵に描いたような悪役。

 有り得ない。


 こいつらが悪なら、正義はおれになるのか? 

 それこそ有り得ない。

 寒くなる。

 勘弁してくれ。


 そんなとき、マシロがこそこそと何かしているのが、視界に入った。手足は縛られている芋虫状態で、頑張って肩口に顎を寄せている。何やってるんだ? そして、気がついた。


「……い、」

「あ?」

「おい、あんたら、そいつ殴ったのか?」

「は?」

「そいつに、怪我させたのかって聞いてるんだよ!」


 身体の奥から、かっ! っと熱が湧いてきた。自分でもわけの分からない感情が、力を暴走させる。

 ぱんっと屋敷全体の窓が割れた音がした。


 おれの前で、町で手に入るような魔法具による防壁が役に立つわけない。


 ずんっと、屋敷が歪み、それに恐れを感じた馬鹿な男が、マシロを引っ張り上げ、抱え込んだ。

 同時に、周りに居たやつらが、襲い掛かってくる。


 馬鹿だ。

 馬鹿だこいつら。

 クズ。害虫以下だ。


 熱くなった身体が、すぅっと冷える。そして、心が薄っぺらになりこんな奴ら死ねば良いと思った。


「駄目っ! ルカっ! やめなさいっ!」


 無造作に振り下ろされる、剣戟を避けて手の届く範囲に入り込んだ男を、一人、二人と弾き飛ばした。男たちは悲鳴を上げる隙もない。


 そんなもの、必要ない。


 ―― ……死ねば良い…… ――


「やめなさいっ! やめるのよっ! ルカっ!!」


 マシロの悲鳴のような声に、顔を上げる。突然暴れたマシロを押さえ切れなかったのか、男は持っていた短剣の柄でマシロの頭を殴って床に弾いた。


 どさっと床に転がったマシロは動かない。じわりと、血が流れる。マシロが死ぬ。

 頭から冷水をかけられたような気がした。


 死ぬのはこいつらだっ!


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