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白蒼月種想譚~二つ月の望む世界(種シリーズ③)  作者: 汐井サラサ
番外編:白猫の平凡なる毎日
80/86

―1―

※ルカ視点になります※

 朝から店番を任されている。

 客は一人も居ない。相変わらず閑古鳥が鳴いている。その理由はいくつかあって、そのどれもそう簡単には改善されるようなものではない。


 まず一つ目は、主が女だということだ。


 薬師の免許を持っているのは、間違いないが、女がその階級を取ることは珍しい。そして、そんな身の上で店を構えているのなんて、ここの店長だけだ。

 都の人間からの信用が薄い。それでも、僅かな噂を聞きつけて、常連となってしまっているような稀有な連中も居るから、結婚したあとも店を畳むことはしない。


 そして、二つ目は……


 ―― ……カランカラン。


 ドアに掛かったベルが鳴る。


「あれ? ルカが店番?」


 こいつだ。

 頭からすっぽりと被っていたフードを降ろしながら、カウンターに歩み寄ってくる優男は、今現在の国王陛下だ。


「マシロ、戻らないの?」

「戻るんじゃないっすか? おれ知らないです」


 面白くない。

 こいつが頻繁にこの店に出入りするものだから、その眷属も頻繁に出入りする。顔を隠す必要のあるような連中が、そんな頻繁に……って、妖しいだろう。どう考えても。

 この店は、本当に薬剤店なのか? と、思われているに違いない。明らかに客足に影響している。


 王宮の馬車がこんなところに止まったりするのだって、普通に考えればないことだし……まぁ、この人は一応、気を使って――と、マシロならいう――徒歩で来ただろうけど、結局、職務から、こそーりと逃げ出してきた口だと思う。


「そっか、残念」

「そのうち帰ると思いますよ」


 目もあわせずに、カウンターに肘を突き顎を乗せたまま答える。


「じゃあ、上で待たせてもらおうかな? 上、良い?」

「いいっすよ、どーぞ。どうせ、店長がそう伝えろっていってましたからー……」


 マシロもこんな連中追い返せば良いのに。誰でも彼でもウェルカムだ。


「そう? ありがとう」


 国王陛下殿にこんな態度普通取らない。

 おれが子どもだという点を除いても非礼過ぎるだろう。と、マシロが居たらいう。確実にお説教モードに入る。

 それなのに、王陛下は穏やかに答えて、気分を害したようなことは微塵も見せない。大人の余裕? だったら、癪に障る。

 なかなか立ち去らない王陛下を無視していると、くすりと笑い声が聞こえた。むっとして顔を上げれば「ごめん」とお上品に口元を押さえて笑っていた。


「なんすか?」

「い、いや……お姉ちゃんっ子ってこんな感じかなーと思って。大好きなお姉ちゃんの男友達って面白くない? 盗られちゃうみたい?」

「はぁ?!」


 がたんっと立ち上がっても、まだまだこの人には見下ろされる。


「ごめんごめん。だから、悪気はないんだよ。可愛いなぁと思ってね」

「かわ……っ!」


 かぁっと顔が紅潮するのが自分でも分かる。闇猫には、いつでも平常心は大切だと冷やかすように口にされる。だから、保てるように努めているのに直ぐに崩れる。


「ルカは可愛いよ」


 良い子良い子。と頭を撫でられる。


「触るなよっ!」


 ぱんっと手を弾いても、ごめん、ごめんと、王陛下はにこにこを崩さない。

 苛々する。

 誰も居ない今のうちに、消してしまおうとか思ったらマシロの気配が近づいてきた。本当に悪運の強い奴だ。


 ―― ……カランコロン


「あ、エミル。いらっしゃい。今日はどうしたの? ちゃんと仕事してきた? あとから半べそかいたカナイが迎えに来ても知らないよ?」


 おれの察した通り戻ってきたマシロは、カウンターに歩み寄りながら口にする。


「え、あ、あー、もちろんっ。大丈夫だよ。カナイは泣かない」


 程度、には……と、小さく添えられた台詞までは、マシロは拾えなかっただろう。それなら良いんだけど、と微笑んで、おれに店番中の確認を取る。


「閑古鳥しかこねーよ」


 嫌味ったらしく口にしてもマシロはにこりと微笑み「そう?」と答えるだけだ。


「もう少しだけ、店番してて、エミルにお茶を出したら降りてくるから」

「いーよ、別に誰もこねーし」

「ルカ、何度もいうけど」

「薬屋は繁盛しないほうが良いんだろ?」

「分かってれば宜しい」


 ぴんっと人の額を人差し指で弾いて「じゃ。どうぞ」と、いつもと全く変わらない調子で、王陛下を階上へと案内していった。去り際に「お姉ちゃん借りるね」とこそりと口にしたエミルに本気で殺意が湧いた。


 あれでいて『賢王』と呼ばれているのだから有り得ない。

 一般国民は、王陛下の実態を知らない。

 世の安寧も一人の女のためにやっているだけであって、ほぼ確実に国民のためにとか思って居ないと思う。


 いや、絶対思ってない。

 マシロが交戦的な女だったら、国は乱れていた。確実に。


 王宮、大聖堂、図書館。その間を縫うように存在する、蒼月教団にマリル教会。それらの争いを一切禁止し、抑止力を引き、それらを現実としたシル・メシア始まって以来の『平和』をもたらした王。

 大きな勢力の息の掛かった領土の力も均一化させ、安定させた。それに一枚も二枚もかってでたのは闇猫だ。

 今の種屋は誰にも従わない。どこかの勢力にも属していない。だから、表立っては動かないが、均一化に必要となった種の殆どは、ほぼ無償に近い形で提供したのだと、教団のおっさんに聞いた。


 それだって、全て“マシロ”のためだ。


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