―5―
「マシロさんのために受けただけですから」
「ええ、問題ないですよ。見せ付けたかっただけなので」
司祭と新郎の、にこやかで寒々しい会話に私は溜息を落とす。
良いんだよ。
こんなもんだ。
緊張してしまったのが馬鹿みたい。
ちらと、パイプオルガンのほうを見れば、ユイナちゃんたちとほか数人が弾いていてくれた。弾き終わり椅子から、とんっと降りたところで小さく手を振れば、無条件に駆け寄ってきて抱きつかれる。
うわっと……と下がりそうになれば、ブラックが支えてくれる。
「ユイナ、駄目ですよ」
「えー、どうしてー、まだ、おめでとういってないのにー」
レニさんの注意に、むーっと眉を寄せたユイナちゃんのお陰でちょっと場が和んだ。
「マシロさん、今なら止めても良いと思いますよ」
この期に及んで、なお付け加えたレニさんに苦笑して、私は首を振った。レニさんはその様子に大きな溜息を一つ。そして、仕切りなおしたように立ち居を正す。
「では、誓いを……」
「必要ありません」
―― ……え?
「私は別に白い月も青い月も」
ちらと後ろも見て「太陽も」と付け加え続ける。眉をひそめたのはエミルだ。
「崇め奉っていませんから、あんなものに誓うのはごめんです。誓いならマシロ本人にのみ、立てます」
折角、宣誓をしようとしたレニさんの声を遮って、そういったブラックに私も戸惑う。そして、ブラックに同意を求められ、頭に山のように疑問符を浮かべながらも答える。
「え、あ、まぁ、私はこの世界の人間じゃないから……月にどうのというのはないけれど……」
「では問題ないですね」
「だったら、私の必要はなかったのではないですか」
「だから、先程もいったじゃないですか、マシロは私のものだと、見せ付けたかったんです」
にっこりとそう告げたブラックに、目の前のレニさん含め背後が固まった。
分かってたけど、分かってたけど、自らの挙式に水を差すとは思わなかった。私は真っ赤になってしまう顔を隠すと同時に、がっくりと肩を落とす。
「私こんなに殺気だった結婚式は始めてよ」
「マシロが可哀想だわ」
素直に同情してくれるメネルとアリシアの二人に泣きつきたい気持ちになる。
はあ、と溜息を重ねれば視界の隅で、キラリと何かが光った。
最早、聞きなれてしまったといっても過言ではない。アレが空を切る音に私は身体を縮める。まさか、こんなところでと、恐る恐る反射的に閉じた目を開けば、目の前にはブラックと大人しくしていたハクアの背があった。
ブラックは持ち出していた杖をくるりと回して、不要と判断したのだろう、すっと消した。
「ちょ、もう、司祭出てくるところ違うー。危ないじゃないですか」
そして、響くのは場にそぐわないアルファの妙に明るい声。
ちびっ子たちの「先生カッコイイ」が重なった。
事態の把握をしたくて、二人の間から前を覗けば、アルファが剣を引いたところだった。
「もう、僕じゃなかったら司祭二枚におろされてましたよー」
「貴方でなければこのようなところで抜刀する人は居ません」
アルファも苛々してたのは肌で分かってたけど、何もここで抜刀しなくても、そして、みんな普通に落ち着きすぎだよ。
カナイとエミルなら止められたはずなのに……止めてはくれなかった。ちらりと、カナイたちの方を睨み見れば、目を合わせてはくれなかった。確実に、ワザとだ。
分かっていることだけれど、望まれない。認められない。というのはとても悲しい。益々私の気分は下降していく。
レニさんは、アルファの剣をブラックの変わりに受け、少し切れ目の入ってしまった経典を、パンパンと叩いて持ち直すと続ける。
「ここはマリル教会です。武器一切の持ち込みは禁止されています。貴方が、エミリオ陛下の護衛についている関係上、帯刀を許しているということを忘れないでください」
「―― ……」
「重ねます。ここはマリル教会です。美しいときを紡ぐ場です。聖女の御前での愚行お控えください」
きっぱりとそう続けたレニさんは、聖域にあった白い木のように悠然としていて、司教の風格を持っていたと思う。そんなことを考えながら、ぼんやりしていた私にブラックがそっと囁く。
「もうここは心配要らなさそうでしょう?」
「え。あ……うん」
ふわりとなんだか心の中が暖かくなった気がした。
私がここを気にしていたことも、気がついてくれてたんだと思うとちょっと嬉しい。吹っ掛けかたは、正直、極端すぎると思うけど……。
「全く、度々中断される式ですね。ハクアも下がってください」
こつっと教壇に戻ったレニさんは壇上に経典を乗せ掛けて、ふとやめた。
「要らないんでしたね。どうぞ、誓いたいことがあればご自由に」
人前式といってしまったので良いのかどうか、どこまでも形式のない流れだ。崩したのはこちらだけどね。そんな複雑な思いの湧いた私の手を、そっととって、ブラックは中央に戻る。
「怒ってます?」
向かい合って、そう訪ねてきたブラックに私は首を振る。
怒っても良いところだと思うし、退席したって許されそうなくらい、ぐだぐだだと思うけど、でも、それもやっぱりらしいのかもしれないし……何より……
「ブラックが嬉しそうだから良いよ」
今日一番、ここで浮き足立っているのはブラックだと思う。
私以上に浮かれているといっても過言じゃない。
私の台詞にブラックの頬が僅かに朱に染まったことは、きっと私にしか分からないだろう。ブラックは、私にとってそのくらい素直で可愛い。そして、私の両手を軽く取って一つ深呼吸。目が合うとにっこりと微笑んで誓いを宣言した。