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 ***


 そこからあとは驚くほど早かった。

 特に盛大に式をやることはもちろんなく、私たちらしく両手に納まる程度の知人だけを招待して、マリル教会を借りた。どこから話を聞きつけたのか、ヴァジルさんは大聖堂でと騒いだけれど、私もマリル教会が妥当だと思う。


「ねぇ、マシロ。本当の本当に、僕が立会人なんてやらないと駄目?」

「往生際が悪いわ、お兄様。私は出戻りだけど喜んでやるわ」


 私は別に必要ないんじゃないかと思ったけど、ブラックが是非にというのだ。確実にエミルに対しての嫌がらせだと思うけど、でも私もエミルが立会人になってくれるとしたらとても嬉しい。


「出来れば、お願いしたいけど、無理はしないで。ただの私の我侭だから」


 そう告げれは、エミルは物凄く唸ってから、長い長い溜息を吐く。


「分かったよ」


 エミルがそういってくれるだろうというのは分かってた。分かってて口にした私はやっぱり悪い子だとも思う。


「ねぇ、マシロ。このまま僕のところにおいでよ。綺麗だよ、とても」


 エミルはそういって、そっとグローブの上から口付ける。曖昧に微笑んだ私が答えるより先にメネルが「お兄様っ」とエミルを小突いた。エミルは「メネルには、僕の気持ちなんて分からないよ」と不貞腐れて叩かれた部分を擦る。そんなエミルをあっさり無視してメネルは私に向き直る。


「でも、本当に綺麗。本当に御伽噺の白い月の少女みたいね」

「ありがとう、でも、少女って年齢じゃないよ」

「それをいうなら、種屋さんだってそうでしょう?」


 にこりと笑ってそう告げるメネルに私も、確かにと笑って頷いた。そうしている間に、控え室の扉を叩く音がして、アリシアが顔を覗かせる。


「こっち準備出来たけど、ああ、マシロ可愛いわ。やはり貴方には白が似合うわね」


 アリシアは呼びに来た理由も忘れて、中へ入ってくるとまっすぐ私に歩み寄って、ぎゅっと抱き締めた。いつもの華やかな花の香りが私を包む。


「本当に心配していたのよ。あんなに愛している人が居るのに、ずっと一人で居るというのだから……それも、貴方が選ぶなら否定はしないつもりで居たけど、本当に、本当に心配してたの」


 幸せそうで良かった、と溜息混じりに告げたアリシアに思わず泣きそうになった。それを察したのかアリシアは、もう一度だけ腕に力を込めたあと、すっと離れて「泣いちゃ駄目よ。お化粧が崩れちゃうわ」と笑った。

 そして、そこでやっと気がついたのかエミルにも恭しく腰を折った。

 まぁ、図書館に居たころとあまり変わらないメンバーでいれば、それが王様という実感はないだろう。エミル自身そんな瑣末なことを鼻にかけるようなことはしない。


「それより、花嫁を呼びに来たんじゃなかったの?」


 くすくすと笑ったエミルに、アリシアはそうよ! と手を打った。


 扉の前では、陽だまりの園の子どもたちが、扉を開くために待ち構えていた。にこにこと嬉しそうに迎えてくれる。


「一人でも平気だよ?」

「大丈夫ちゃんと送り届けるよ」


 私はここに親は居ないし、身元引受人である人はブラックだから、一人で入るつもりだったけど、なんだかんだといいつつもエミルが介添え人も引き受けてくれた。


 厳かにパイプオルガンが鳴り響き、扉が開けば私は緊張に息を呑む。

 隣に居るエミルが「大丈夫だよ」と囁いて、そっと手を取ると自分の腕に掛けてくれた。私よりも深く長く深呼吸して、エミルは「行こう」と切り出した。

 こつっと踏み出した一歩に合わせて私も礼拝堂に足を踏み入れる。


 私はここで初めて、本当のマリル教会の姿を見た気がした。


 私たちが選んだ時間は夜。

 二つ月が真上に来る時間帯だ。


 聖堂の最奥を飾るステンドグラスの天井からは、ちょうど二つ月の場所だけが開いていて、本物が姿を映し、聖堂内に月明かりを注いでいる。

 それ以外の明かりは全て取り払われ、ステンドグラスから降り注ぐ光は星が降るようだ。とても美しく幻想的で、元の世界であったなら、決して見ることの出来ないものだった。


 中央を進みながら、ふと、つまらないから行かない、といっていたルカと目が合う。ルカは私と目が合うと、直ぐに逸らしてしまうが、頭頂部の耳が所在無さ気に、ぴるぴる動いていた。

 それがとても微笑ましく、やっぱり来てくれていたと思うと、ちょっと嬉しい。それに、ルカは何もいわないけど、きっとブラックの背を押したのはルカだと思う。


 エミルの手を離れ、終始不機嫌そうなレニ司祭の前に立つ。私の隣にはもちろん、ブラックが居るけれど、ふと天井を仰いで「綺麗」と漏らしてしまった。

 その声に釣られるように、レニ司祭も一度だけ天井を振り仰ぐ。背にした大きな十字架の両端にある宝石がきらりと光る。


「マシロのほうが綺麗ですよ?」


 忘れないでというように掛かった声に私は苦笑して、隣を見上げた。


「―― ……ブラックは、月明かりが良く似合うね」


 溶け込んでしまうのではないかと不安になるほど、本当に夜の闇が良く似合う。

 月明かりにその姿は映える。

 本当に、消えてしまいそうな恐怖が湧いてきて、思わず伸ばした手を、ブラックはそっと取ってくれた。ちゃんと繋いだ手は温かい。私の目の前に居るブラックは、本当にそこに実在する。夢や幻ではないと実感できて、私はとても嬉しくなった。


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