第六十四話:続・私の平凡なる毎日
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今日もいつもと同じ時間にオープンのプレートを返す。雨季はすっかり終わりを告げて朝から良く晴れた日がまた戻ってきた。
店沿いに並べたプランターに水を上げていると膝に突然衝撃が走る。
「うわっと!」
「マシロー」
そんな低い位置から攻撃出来るのは私の知る限り一人だけだ。
「ナルシル。いらっしゃい……今日は一人……?」
振り返りしゃがみ込めば、最近ようやく話し始めたナルシルが「はい!」と力強く頷く。そんなはずは……と思っていると、視界に靴先が入り「そんなわけないですよ」ところころと楽しそうな声が降ってくる。
「レニさん」
当然の付き添い人の姿を見上げ、私はナルシルを抱き上げて立ち上がった。
「随分ご無沙汰に感じます。王宮から連絡があったきりだったので心配していたのですよ?」
「あ、えっと、すみませんでした」
反射的に謝罪すると木漏れ日のように穏やかな笑顔で、構いませんよ、と口にしてくれる。
「雨も続いていましたからね。雨季はそれだけで気持ちが沈みます。全て明けましたか?」
やんわりと問い掛けられ私は「全て……」と口内で繰り返したあと
「はい。いつも通りです」
と、笑顔で頷いた。いつも通り。何の変哲もない毎日。改めて考えると、とても久しぶりのような気がする。そう実感すると、ふんわりと心の中があったかくなった。
そんな私にレニさんは瞳を細めて微笑むと「それは良かった」と、頷いてくれる。本当に心配を掛けてしまっていたようだ。連絡しなくて申し訳なかったなと、少し影が差したがそれが表情に出るまでにレニさんは続けた。
「私のほうもマシロさんにとっては朗報ですよ」
にこにこと口にしたレニさんに、なんですか? と首を傾げる。
「私への監視が解かれました」
「そうなんですか? 良かったじゃないですか! というか、なんで私にとっての朗報?」
「私としては体よく使える人だったので居てもらっても問題なかったのです」
この人も人使いが荒い系だった。
「それに伴って、ハクアの件でご相談に上がったのですが……」
「え、ああ、でしたら本人の希望で、私のところに戻りたければ」
いいかけてちょっと止まる。うちには猫が増えた。毎日ではないとはいえ大きな猫も居るし……ハクアにはシラハが居る……部屋あるかな? その心境を悟ったのかレニさんはにこりと微笑んで提案する。
「もし、宜しければ現状どおりマリル教会のほうに居ていただけると助かります。子どもたちも懐いていますから」
「レニさんさえ良ければ」
会話の意味が分かったのか腕の中で大人しくしてくれていたナルシルが「わんわん、かーいっ!」と声を上げて笑った。犬ではない。とか真顔で答えているハクアの姿が思い浮かんで思わず微笑ましくなる。
「とりあえず、中に入りませんか? お茶でもどうぞ」
いって方向転換しようとしたところで私は新たな衝撃に襲われる。ぐぇっ
「マシロ助けて、匿って」
「エ、エミル……くるし……」
突然ナルシルごと抱き締められて声を潰した私にエミルは慌ててその腕を緩める――でも離さないんだね?――とふと腕の中へ目を落とす。
「ごめん、あ、こんにちは、ナルシル。ねぇ、マシロ。とりあえず、中に入れて?」
「こんにちは、王子、いえ、陛下」
「あ、レニ司祭もいたんですね?」
気がついてたよね? レニさんそんなに存在感薄くないよね? それより匿うって……エミル、ここしか逃げてくるところないからバレバレだと思うけど。私の考えを読んだのか「気にしない気にしない」と背中を押す。
私は少し呆れたような笑みを浮かべてから、からころと可愛らしいベルを鳴らして扉を開く。どうしてこの店は健康な人の来店が多いんだろう。
みんな忘れてるかもしれないけど薬屋さんなんだけど。
小さく溜息。
ナルシルも降ろして中へ促す。レニさんが入ったところで扉を閉めようとしたら、しなっとアルファとカナイが続いていた。
―― ……まぁ、もう、これもいつものことだろう。
ふふっと零れる笑みをそのままに、もう誰も来ないことを確認して私は店の扉を閉めた。
私の目に映る世界は今日も変わることなく色鮮やかだ ……――
※ 長い間お付き合いありがとうございました。
一応、ここで一区切りです。次回、更新日にはエピローグ(終章)を予定していますがR15くらいの指定内容になる部分がありますので、全年齢(それでもR12くらいかもしれませんけど;)対象はここまでです。
まだ人気投票からの、番外編などもありますし、ちまちまと更新していくとは思いますが、節目のご挨拶とさせていただきます。
※ 終章は
裏無し(R15)は、そのままこちらこちらをご覧ください。
裏アリ(R18)は、ちょこちょこ入るので、一々頁切り替えは面倒だと思いますので、終章のみ切り離してアリも組み込んだものをアップします。
4月30日(時間未定)にこちらからどうぞ。
http://www11.plala.or.jp/sshappy/been/○○○02.html
○○○はパスワードに置き換えてくださいね。