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第六十二話:一箇所集中の視察

「それで、陛下はいつまで仕事をサボっている気なんですか?」


 私とシゼが戸口で話し込んでいると、その奥から、にゅっとラウ先生が現われた。びくりと肩を跳ね上げた私とシゼを気にすることもなく、少し避けたシゼの間からつかつかと家主の了承もなく入室してくれた。


「視察に出るってどこを視察しているんですか」

「うわぁ……ラウ来たよ。こんなところにまで来たよ」


 エミルがうんざりという風に頭を抱えた。そうか、陛下は王都視察の名目で出てきていたのか。


「それにしても、ここ面倒臭いですね……部屋に割り込めませんでした。仕方ないので店から入れば誰も店にいませんでしたよ。いくら閑古鳥が鳴くとはいえ、吃驚です」


 入り口から入るのは普通ですから。それを面倒とか、仕方ないとかで済まさないでください。失礼なこともいわないでください。先生……――


「あ、私はストレートで良いです」


 そしてお茶飲むんですね。なんてマイペースな人なんだ。

 私は肩を落としつつ、分かりました。と、お茶の準備をする。ラウ先生は、にっこりと気を遣わせてすみません。と、微笑むが悪いと思ってないならいっそ何もいわないほうが良いと思う。それを分かって多分いってるから、ラウ先生って……怖いんだよねぇ。


「そういえば、使用人が何名かカナイを探して廻っていましたよ?」


 カナイは結局ルカに触れることを許されず、がっくりと肩を落とし、お茶を飲んでいるところに声を掛けられて「何で?」と首を傾げる。


「猫の出産が近いそうです」

「俺、帰るわ」


 間髪居れずに答えたね。というかあの使われていなかった礼拝堂の猫かな? お腹大きい仔いたもんね。だから昨日シゼが売るほどくれるっていってたのか。


「カナイ……里親探しなよ」


 はあと呆れたように嘆息してエミルが釘を刺すと、カナイは分かってるよ、と答えながら一気に残りを飲み干して、サイドボードの上に乗っける。


「またな」


 と、私の肩を叩いて鼻歌でも歌いそうな勢いで、出て行った。

 どうぞ、と私がラウ先生にお茶を出すと、先生はにっこりと受け取って「お茶菓子はみんなアルファのお腹の中です」と加えた私に構いませんよ。と、笑みを深める。


 ぐるりと部屋の中を見渡すと、またシゼが居なくなっていた。多分、店番に戻ってくれたのだろう。真面目な良い子だ。


「大体、僕、真面目に仕事してるよね? どうして減らないの? 本当にハスミとキサキにもやってる?」

「もちろんですよ。多分やってらっしゃると思いますよ?」

「……多分って」

「私はエミルが好きなんですよ。だから、是非良き王になって欲しいのです」


 どうして、ラウ先生の台詞って白々しく聞こえるのだろう? でも、いつもいってることはいってるから、きっと本心でもあるのだと思うけど……なんというか真実味に欠ける損な人だ。

 きっと同じことを感じたのだろう、エミルが「そうなんだ、嬉しいな」と棒読みになってしまっていた。


「アルファ、そこにあるの食べたらシンクに置いといてね? 私、店に戻るから」


 キッチンから出てこなくなってしまったアルファにそう告げて、卓を囲んでいた三人にも声を掛けてから私が戸口に立つと「おれも行く」とルカが猫の姿に戻ってするりと抜けていった。


 ―― ……パタン


 と扉を閉めたところで声が漏れる。ルカはさっさと下に降りてしまった。


「まるで子どものようですね」

「あんな大きな子どもいきなり要りませんよ」

「小さい子ならどうなの?」

「―― ……分かりません。ですが、正直いえば困ります」


 困るんだ。そっか、そーだよねぇ? 別に結婚しているわけじゃないし……一緒に住んでいるわけでもないし。

 そうだよね。と、浮かんでくる疑問を押し込めて納得すると廊下を進んだ。


「マシロさん。ルカが降りてきたんですけど」

「うん。シゼ、上に居て良いよ。お茶でも飲んで休んで? 私降りるから」

「え、あ、はい……」


 シゼと廊下で擦れ違って私は階段に足を掛けた。掛けた、つもりで……落ちた。ガタガタガタンっ! と派手な音を立てて。


「っ!」


 声にならない悲鳴を上げ綺麗に一番上から下まで落ちた。


「マシロっ! 大丈夫ですか?」


 もちろん一番に駆けつけてくれたのは階上に居たシゼでも、落ちた先に居たルカでもなくブラックだ。


「ご、ごめん。ぼーっとしてて、平気」


 立ち上がろうとしたら、ブラックに押し留められ、頭とか身体をぺたぺた触られる。まだ頭の中がすーっと冷える感じがする。身体を流れている血液が冷水に変わってしまったような、妙な感覚だ。


「少し打ち身が残るくらいですね……このくらいなら直ぐに治りますよ」


 いいながらそっと抱き上げてくれる。

 足元が地面から離れても不安を感じないのは、きっとブラックが抱き上げてくれたからだと思う。いつだって、ここは居心地が良い、私の特等席だ。


「貧血ですよ。薬も飲んでいるようだったので黙っていたのですが、もっと気をつけるべきでした。すみません」

「へーき」


 直ぐに謝罪してくれるブラックに、別に何も悪くないのになと思いつつ、ブラックの首に腕を絡めて肩口に顔を寄せてしがみ付く。大丈夫? と、エミルたちが声を掛けてくれるのにも答えられなかった。


「ルカは店番。皆さんは仕事に戻っては如何ですか? 邪魔です」


 きっぱりとブラックにいい捨てられて、みんなそれぞれに散っていくのが分かった。またね? と声を重ねてくれたエミルに「うん」と頷くのがやっとだ。明らかに私の甘えだけど、きっとこんな失礼な態度であったとしても、次に会うとき、エミルはまたにっこりしてくれると確信している。私はちょっとズルイ。

 そんな私をブラックは、全員が散ったのを確認してからかどうかは分からないけれど、二階の寝室に運びそっと寝かしつけてくれる。


「少し眠ってください、マシロ。疲れが蓄積されてしまっているんですよ」


 ぼんやりとした意識の中で、私はブラックを見詰めていた。ブラックはその視線に口角を引き上げて「どうかしましたか?」と柔らかく添えてくれる。みんなと話しているときと、こうして二人きりで話をしてくれるときのブラックは全然違う。とても柔らかくて、とても優して、何より甘い。


「ブラック……」

「はい?」

「好きだよ。そこにいて……帰らないで……」


 上掛けから手を出してブラックの手を掴む。ブラックは少しだけ驚いたような顔をしたけれど、もちろん構いませんよ。と微笑む。断られないと分かっているから、口に出来る我侭だ。


「大丈夫、ちゃんと居ますから、目を閉じてください」

「―― ……うん」


 本当は、どうしても閉じたくはなかったけど、それ以上心配してくれているブラックに我侭をいうことも出来ず、私は大人しく瞼を落とした。静かに、優しく頬を撫で髪を梳いていく指先が心地良い。


 こんなに好きなのにその証は望まれないんだな。

 ちょっと……哀しい? 寂しい? 苦しい?


 そのどれとも違う曖昧で、でも良い気持ちではない変な気持ち。


「マシロ。マシロ」


 寝ろといったり起こしてみたり……ブラックも忙しい。

 頭の中が朦朧としていて、目を開けるのがだるくなっていた。それでも瞼を持ち上げれば、ブラックが凄く不安そうな顔をして顔を覗き込んでいる。


「泣いています。どうして泣いているのですか?」

「気のせいだよ……別に哀しくないから」

「では辛いのですか? 痛いのですか?」


 重ねつつ身を乗り出してぺろりと目じりを拭う。くすぐったくて笑いを零すとブラックは困ったような顔をしていた。やはり、哀しいのでしょう? と重ねられ、私の頭に疑問符が浮かぶ。


「哀しいときの涙はしょっぱいんですよ?」

「え、そう、なの?」

「はい」


 いい切った。

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